【完結】つやめきの半妖には抗えない

いなば海羽丸

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九尾の狐~千里~(6-5)

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 千里にとって妖力はエネルギーのようなものだ。一時的に失って回復できるようなものなのか、そうでないのかはわからない。ただ、今、この場で、九尾に大人しく渡してしまえるもので、千里に思い当たるのはそれくらいしかなかった。

「僕は、やっと大事な人を見つけたんです。衛人さんのそばにいられなくなるくらいなら、妖力なんか要りません……!」

 千里の言葉に、九尾は再び嬉しそうに目を細める。そうして、千里の妖力の玉をうっとりと眺めながら言った。

「いやはや、まったく美しいな……。気に入ったぞ、千里よ」
「だ……っ、だめだって、千里! 九尾さま。頼む、今のはナシだ! 千里に妖力を返してやってくれ……!」
「できぬ。千里自ら望んでいるのだからな。もしも返してほしくば、これよりも美しいものを持ってくるがいい」

 そう言うなり、九尾の姿は一瞬にして煙のようになり、社の中へと消えていき、ひとりでに扉は閉まってしまった。直後、境内には強い突風が吹き、辺り一面に揺らめいていた狐火が一瞬にして消えていく。真っ暗になった境内で、千里は力なくため息をいた。妖狐へのあいさつは、なんとか終えることができたようだ。だが――。

「千里!」
「はい……?」
「なんでお前……、アイツに妖力あげちゃうんだよ! 死んだらどうすんだ!」

 衛人はひっくり返った声を上げ、千里の肩をつかんで揺らした。その様子は怒っているのとは少し違うのだろうが、明らかに喜んでくれてはいない。きっと、ひどく心配させてしまっているのだろう。千里はぼうっとしたまま、必死に笑みを作った。

「大丈夫ですよ……。妖力を取られたくらいじゃ、半妖は死なないって……、九尾さまが……」
「そんなもん、あいつが嘘いてるってことも――」
「衛人さん。探しに来てくれて、ありがとうございます……。勝手に家を出てきちゃって、すみませんでした……」

 衛人の言葉をわざとさえぎって、千里は言う。なるべく彼を心配させないように、笑みを見せて。だが、衛人はぐっと表情をゆがめたかと思うと、次の瞬間。千里の体を強く抱きしめた。

「ほんとだよ……! まったく、いきなりいなくなりやがって……。めちゃくちゃ心配したんだからな!」

 衛人の腕にぎゅうっと抱きしめられて、千里の心臓はトクトクトク……と高鳴った。だが、抱きしめて返したいのに、手にはまったく力が入らない。なんとか指先に力を込めても、衛人の背中にそっと手を添えるので精一杯だった。しかし、その時。いつもとは違う異変に、千里は目をみはる。

 あれ……、なにも感じない……。

「おい、千里。それから、衛人どの」

 不意に呼ばれて振り向けば、レンが難しい顔をして立っている。彼は石灯篭いしどうろうに寄り掛かり、ひどくあきれたような様子でため息をいた。

「……もうすぐ夜が明けますよ。鳥居の外まで送りましょう」

 千里は衛人と顔を見合わせた。レンはひょいひょいと石段を降りていって、中腹の辺りで止まり、こちらを見上げている。どうやら、千里と衛人を待っていてくれているようだ。衛人は、千里の体を離して立ち上がったが、千里はまだ足腰に力が入らず、自力では立ち上がれない。

「千里、おぶってやる」

 衛人はすぐにそれを察してくれたのだろう。そう言って、千里の隣にぴったりとくっついて、背を向けてしゃがみ込んだ。

「すみません……」
「いいって」

 衛人の肩にもたれかかるようにして、体を預ける。すると衛人は、千里の太ももの裏側に手をするりと入れて、千里の体を背負って立ち上がった。太ももの裏側を衛人の手に支えられ、千里の心臓は再び高鳴りはじめる。

 ドキドキする……。

 しかし、やはり異変を感じずにはいられない。いつもなら、衛人に触れた瞬間に流れてくる温かな熱。彼の感情と本能が、今はなにも伝わってこないのだ。おそらく、九尾に妖力を捧げたせいだろう。必死に読み取ろうとしても、ただ、触れたところから衛人の体温が伝わってくるだけ。誰かに触れているのに、心の声も感情も流れてこない。こんなにも静かなのははじめてで、千里はそれに寂しさすら感じてしまった。

「なぁ、千里……」
「はい……?」
「本当に大丈夫なのか、妖力取られちゃって」
「たぶん……、わかんないです……」
「どっちだよ……。ったく、早いとこ取り返す作戦立てねえとなぁ……」

 それでも、口を尖らせる衛人の背中で、千里は微笑ほほえむ。正直なところ、この体が今後、どうなるのかはわからない。妖力が回復するのか、否か。回復しない場合、千里の体はどうなるのかも。けれど今、千里は幸せだった。

 衛人にこれだけ密に接していても、妖力を失った千里はもう、衛人をたぶらかすことはできない。衛人からの感情を読み取ることもまたできないが、彼を無意識に誘惑できなくなったことで罪悪感が消え、心は少し軽くなっている気がしたのだ。ところが――。

「衛人どの、私はここで。道中、気を付けてお帰り下さいませ」
「お前、急に親切じゃん……。なんか企んでんのか?」
「いえ、そうではありませんが、ただ……、少し気になることが……」

 レンはそう言うと、衛人におぶられた千里をじいっと見つめ、手指であごをさすりながら、難しい顔をしてうなった。

「気になることってなんだよ?」
「半妖ならば、妖力を取られたところで、本来、たいしたダメージはないはずなのですが……。千里の症状、半妖にしてはかなり重いようですので……」
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