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なつかしの再会~千里~(7-5)
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「ふうん……。じゃあ、じいちゃんはお前が置物になったこと知ってんの?」
「いや。じいちゃんは疑り深い人だったからな。おいらが目の前で動いてみせたって、信じやしなかったぜ」
「そっか……」
どうやら、タヌキはこの置物を依り代にして、一人暮らしになってしまった徳治を、密かに見守り続けていたらしい。千里はふと気になって、タヌキが出てきた段ボール箱の中を覗く。すると、そこには明らかに婦人用と見える古いマフラーや洋服が数枚重なって入っていて、ちょうど真ん中の辺りがわずかに窪んでいた。おそらくここに入っているのは衛人の祖母のものだろうが、もしかすると、この段ボール箱は長く、タヌキのねぐらだったのかもしれない。
「だけどよう、この前、じいちゃんも死んじまったろ。おいらもいよいよお浄土に行こうかと思ってたんだが、この体が案外気に入っててさ。顔なじみもいることだし、もうちょっと遊んでからでもバチは当たんねえだろうと思ってたら、衛人がここに住むっていうじゃねえか。おいら、衛人が来るのを楽しみに待ってたんだよ」
「なるほど……」
「ところが、どっこい。衛人よか先に、そこの半妖さんがここへ転がり込んできたってぇわけだ」
そう言ったタヌキの視線が、衛人から千里に移される。千里は一瞬にして、この家へ忍び込んだ嵐の夜のことを思い出し、肩を窄めた。あの夜、おそらくタヌキは千里を見ていたのだ。
「す、すみません……」
「いいって、いいってぇ。もっとも悪さでもしようもんなら、とっとと追い出してやろうと思ったけどよ。なんだか部屋の隅っこでめそめそして、しめっぽいもんで……。どうも追い出す気にならなかったんだわ」
たしかに、千里はこの家へ入り込んで、寝起きするようになってからも、ひとりぼっちでこの先どうやって生きていったらいいのか途方に暮れて、夜になると決まって泣きべそをかいていた。それを衛人に知られるのは恥ずかしかったが、それも今さらではある。
「しかし、おめえさんよ……。おかしいじゃねえか」
「え……?」
「妖力はどうしたんだ、妖力は。どっかに落っことしてきたのかい?」
そこまで話したところで、タヌキは千里の異変に気付いたのだろう。これは妙だ、とばかりに首を傾げ、千里のすぐそばまで近づいてきた。それから鼻を上にして、スンスンと匂いを嗅ぎ始めると、ほどなくして、ため息混じりに訊ねた。
「おめえさん……。さては、九尾さまんとこへ行ってきたな?」
それを聞いて、千里はぱちぱちと瞬きをする。やはり、犬だった名残だろうか。匂いを嗅いだだけなのに、タヌキはそう確信すらしている、と言わんばかりだった。
「どうして、それがわかるんですか……?」
「そりゃあな。おいらだって、今となっちゃ妖のはしくれだ。この辺で半妖といえど、妖もんの妖力を根こそぎ吸い取っちまうなんて、九尾さまくらいしかやらないってのよ。そもそも妖力ってのは、みんな、それぞれ特徴があるんだ。重いとか軽いとか、いい香りがするとか臭いとか、相性がいいとか悪いとか、いろいろある。そう簡単に、ほかの妖の妖力を吸い取るなんて、できやしねえんだ」
「へえ……」
「自覚があるんだかないんだか知らねえが、おめえさんの妖力は、ここいらじゃ珍しいタイプだし、力も強い。力が強ければ強いほど、その妖自身に受け留める力がないと、吸い取るなんてこたぁできない。まぁ、九尾さまが欲しがりそうなこったな」
つまり、それだけ九尾は強い妖力を持っているということだろうが、千里は自分の妖力が強いなんて、露ほどにも感じたことはなかった。むしろ、ほかの妖ものと比べても、妖力は低く、未熟者でもあるせいで、コントロールができないのだと思っていた。今だってこうして、半妖のくせに妖力を吸い取られ、丸腰状態である。
「僕は、強くはないと思いますけど……」
千里が言うと、タヌキはつぶらな瞳で千里を見上げた。それから、すぐにかぶりを振る。
「あんまり自覚がねぇのは危険だぞ。おめえさんの妖力は、決して弱くない。少なくとも、おいらはそう感じてた」
タヌキは自信たっぷりだ。なんだか、褒められているような気になって、くすぐったい心地がする。タヌキはさらに続けた。
「それからな、おめえさんは半妖だから、今、そうやって普通にしてられるんだぜ。フツウ、妖もんが妖力取られたら、まーず動けねえ。おいらみてえな小者はこの依り代ごと、木っ端みじんになって消えちまうかもしんねえ」
「そうなんですか……」
「そうだよ。半妖で助かったな。ご両親に感謝だ」
「はい……」
半妖で助かった。それを聞いて、千里は生まれてはじめて、自分が半妖でよかったと思った。半妖でなければ、消えていたかもしれない。動けなくなって、今頃はまだ神社で伸びていたかもしれない。もしかすると、そのまま九尾に食われてしまっていたかもしれない。
「僕……、半妖だからよかったんですね……」
千里は自分の体を撫でてみる。生まれてこのかた、半妖でよかったなんて思うことはなく、どちらかといえば、自分が生まれてきたことに意味があったのか――と悩むことのほうが圧倒的に多かった。だが、タヌキに「半妖でよかったな」と言われて、ちょっとだけ嬉しくなる。
「だけど、このままじゃ千里はずっと病人みたいに生きてくようになっちゃうじゃん。どうにか妖力を取り戻さないと……」
衛人が難しい顔をしている。千里はハッとして頷いた。そうだった。嬉しがっている場合じゃない。意外にも、妖力がこの体のエネルギー源だったということや、カンタンには回復しないのだということを知った今、なんとしても千里は妖力を取り戻す必要がある。そうでなければ、この家にいても、これまで以上に穀潰しになるだけだ。
「いや。じいちゃんは疑り深い人だったからな。おいらが目の前で動いてみせたって、信じやしなかったぜ」
「そっか……」
どうやら、タヌキはこの置物を依り代にして、一人暮らしになってしまった徳治を、密かに見守り続けていたらしい。千里はふと気になって、タヌキが出てきた段ボール箱の中を覗く。すると、そこには明らかに婦人用と見える古いマフラーや洋服が数枚重なって入っていて、ちょうど真ん中の辺りがわずかに窪んでいた。おそらくここに入っているのは衛人の祖母のものだろうが、もしかすると、この段ボール箱は長く、タヌキのねぐらだったのかもしれない。
「だけどよう、この前、じいちゃんも死んじまったろ。おいらもいよいよお浄土に行こうかと思ってたんだが、この体が案外気に入っててさ。顔なじみもいることだし、もうちょっと遊んでからでもバチは当たんねえだろうと思ってたら、衛人がここに住むっていうじゃねえか。おいら、衛人が来るのを楽しみに待ってたんだよ」
「なるほど……」
「ところが、どっこい。衛人よか先に、そこの半妖さんがここへ転がり込んできたってぇわけだ」
そう言ったタヌキの視線が、衛人から千里に移される。千里は一瞬にして、この家へ忍び込んだ嵐の夜のことを思い出し、肩を窄めた。あの夜、おそらくタヌキは千里を見ていたのだ。
「す、すみません……」
「いいって、いいってぇ。もっとも悪さでもしようもんなら、とっとと追い出してやろうと思ったけどよ。なんだか部屋の隅っこでめそめそして、しめっぽいもんで……。どうも追い出す気にならなかったんだわ」
たしかに、千里はこの家へ入り込んで、寝起きするようになってからも、ひとりぼっちでこの先どうやって生きていったらいいのか途方に暮れて、夜になると決まって泣きべそをかいていた。それを衛人に知られるのは恥ずかしかったが、それも今さらではある。
「しかし、おめえさんよ……。おかしいじゃねえか」
「え……?」
「妖力はどうしたんだ、妖力は。どっかに落っことしてきたのかい?」
そこまで話したところで、タヌキは千里の異変に気付いたのだろう。これは妙だ、とばかりに首を傾げ、千里のすぐそばまで近づいてきた。それから鼻を上にして、スンスンと匂いを嗅ぎ始めると、ほどなくして、ため息混じりに訊ねた。
「おめえさん……。さては、九尾さまんとこへ行ってきたな?」
それを聞いて、千里はぱちぱちと瞬きをする。やはり、犬だった名残だろうか。匂いを嗅いだだけなのに、タヌキはそう確信すらしている、と言わんばかりだった。
「どうして、それがわかるんですか……?」
「そりゃあな。おいらだって、今となっちゃ妖のはしくれだ。この辺で半妖といえど、妖もんの妖力を根こそぎ吸い取っちまうなんて、九尾さまくらいしかやらないってのよ。そもそも妖力ってのは、みんな、それぞれ特徴があるんだ。重いとか軽いとか、いい香りがするとか臭いとか、相性がいいとか悪いとか、いろいろある。そう簡単に、ほかの妖の妖力を吸い取るなんて、できやしねえんだ」
「へえ……」
「自覚があるんだかないんだか知らねえが、おめえさんの妖力は、ここいらじゃ珍しいタイプだし、力も強い。力が強ければ強いほど、その妖自身に受け留める力がないと、吸い取るなんてこたぁできない。まぁ、九尾さまが欲しがりそうなこったな」
つまり、それだけ九尾は強い妖力を持っているということだろうが、千里は自分の妖力が強いなんて、露ほどにも感じたことはなかった。むしろ、ほかの妖ものと比べても、妖力は低く、未熟者でもあるせいで、コントロールができないのだと思っていた。今だってこうして、半妖のくせに妖力を吸い取られ、丸腰状態である。
「僕は、強くはないと思いますけど……」
千里が言うと、タヌキはつぶらな瞳で千里を見上げた。それから、すぐにかぶりを振る。
「あんまり自覚がねぇのは危険だぞ。おめえさんの妖力は、決して弱くない。少なくとも、おいらはそう感じてた」
タヌキは自信たっぷりだ。なんだか、褒められているような気になって、くすぐったい心地がする。タヌキはさらに続けた。
「それからな、おめえさんは半妖だから、今、そうやって普通にしてられるんだぜ。フツウ、妖もんが妖力取られたら、まーず動けねえ。おいらみてえな小者はこの依り代ごと、木っ端みじんになって消えちまうかもしんねえ」
「そうなんですか……」
「そうだよ。半妖で助かったな。ご両親に感謝だ」
「はい……」
半妖で助かった。それを聞いて、千里は生まれてはじめて、自分が半妖でよかったと思った。半妖でなければ、消えていたかもしれない。動けなくなって、今頃はまだ神社で伸びていたかもしれない。もしかすると、そのまま九尾に食われてしまっていたかもしれない。
「僕……、半妖だからよかったんですね……」
千里は自分の体を撫でてみる。生まれてこのかた、半妖でよかったなんて思うことはなく、どちらかといえば、自分が生まれてきたことに意味があったのか――と悩むことのほうが圧倒的に多かった。だが、タヌキに「半妖でよかったな」と言われて、ちょっとだけ嬉しくなる。
「だけど、このままじゃ千里はずっと病人みたいに生きてくようになっちゃうじゃん。どうにか妖力を取り戻さないと……」
衛人が難しい顔をしている。千里はハッとして頷いた。そうだった。嬉しがっている場合じゃない。意外にも、妖力がこの体のエネルギー源だったということや、カンタンには回復しないのだということを知った今、なんとしても千里は妖力を取り戻す必要がある。そうでなければ、この家にいても、これまで以上に穀潰しになるだけだ。
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