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美しい供物~衛人~(8-5)
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ふん、と鼻を鳴らして見せる。だが、どんなに憎まれ口を叩いても、状況が変わるわけではない。衛人は落胆しながらも、レンの後方に続き、山道を歩いた。九尾が妖花を気に入ってくれたとしても、レンの話を聞く限りでは、結果は絶望的だし、レンが敵なのか味方なのか。信じていいのか悪いのか、衛人にはいまだにイマイチわからない。
しかし。タヌキの昔の知り合いだということだから、もし、敵だったとしても、さすがに命を取るまでは考えていないのだろう、とひとまずは彼を頼ることにする。そうして、しばらく彼の後ろを歩いていたが、やがて、レンは静かに話し出した。
「九尾さまが妖花をお好きなのは本当ですし、妖たちもそれはよく知っていますから、供物としては多く選ばれます。ただ、根がついたものははじめてですよ」
「ほんとか……!」
「はい。それがお社の近くで根付いてくれれば、きっと、九尾さまはこれまでになく喜ばれるでしょう……。衛人どのは迅速かつ、良い選択をされました。合格です」
それを聞くなり、衛人は胸ポケットで得意げに笑みを浮かべるタヌキに親指を立てて見せた。まさか、この窮地をタヌキに助けてもらえるとは思わなかったが、彼はさすが、妖になっただけのことはある。わずかに希望が見えたせいか、不思議と足取りも軽くなった。そんな衛人に背を向けたまま、レンは続けて話し出す。
「あの御方は――……本当に実体のないものがお好きですからね」
「実体のないもの……」
「目には見えないもの……ということです」
たしかに言われてみれば、九尾がえらく気に入っている千里の妖力は、彼の手に渡ったときには紫色の光を放っていたものの、あれは本来、千里の体内にあるもので、目に見えるような物質ではない。ついでに言えば、この妖花もそうだ。こんなものが普段から山に生えていたら、誰かしらがとうに見つけて、植物の図鑑に載せられて、有名になっているだろうが、この花は妖。新月の夜にしか、おそらく実体を持っていないのだろう。
「人間たちは、たいていが視覚に頼って生きていますので、九尾さまの感覚は理解しにくいかもしれません。ですが、美しいものの中には、実体を持たないものが多くあります。その儚さこそ、九尾さまの好まれるところなのです」
「ふうん……。だったら、それも今朝、一緒に教えてくれればよかったのに」
「一から十まで、なんでもかんでも教えてしまっては……、さすがに私もお叱りを受けますよ。九尾さまからすれば、千里の妖力を返すのに、ふさわしい相手かどうかを、見極めておられるのですから」
やや呆れたような口ぶりで、レンは答える。よくわからないが、どうやらそういうものらしい。試されているような、イジワルをされているような心地がして、衛人は不満たっぷりに鼻を鳴らしたが、それがこの山のルールだというのなら、従うほかないのだろうと諦める。レンはさらに言った。
「九尾さまは衛人どのに期待をしておられましたよ。あなたなら、きっと特別に美しいものを見せてくれるはずだ、と」
「なんだよ、それ。どういうこと?」
衛人は足を止め、訊き返した。特別に美しいもの。それが根っこつきの妖花だとは思えず、一気に不安感が募る。レンもまた足を止め、再び振り向き、答える。
「そのままの意味です。きっと、九尾さまは、あなたに……、見せてほしいものがあるのでしょう」
「だから……、その、見せてほしいものってなに……?」
「さぁ、そこまでは私には……」
やはり、どうもさっきからのらりくらりと躱されているような気がして、衛人は奥歯をぎり、と噛み締める。この分だと、今夜は無駄足になってしまうかもしれない。それがわかっても、妖花のほかに、代案がないのが悔しくてたまらなかった。
くそ……。こんなことしてる今も、千里の体はどんどん弱ってるんだ……。早く妖力を取り返して帰らないと……。
内心では焦りながら、衛人は必死に頭を巡らせた。だが、やはり見当もつかない。レンによれば、九尾は衛人が特別に美しいものを見せてくれることに期待しているらしいが、その理由すら、衛人にはわからなかった。
「だあー……っ、もう! 九尾さまは俺にどうしろってんだっ!」
そう喚いて、頭を掻きむしる。すると、タヌキが低く唸って言った。
「九尾さまがお前さんに期待をしてるってことはだ……、お前さんはもう、持ってるものなんだろうよ」
「え……?」
「だって、そうだろう。お前さんがそれを持ってるって知ってるから、九尾さまは見せてほしくて期待するわけだ。問題は――」
「衛人どのが、それに気付くかどうか……です」
レンが会話に割って入り、タヌキの言葉に被せて答える。その息の合い方に、衛人はハッとした。
「ちょっと待て……。九尾さまが見せてほしいものって……、まさか、タヌキもわかってんのか?」
「いや。まーったくわからん」
タヌキの軽い返事に、またズッコケそうになる。てっきりタヌキは、九尾が衛人に、どんな期待をしているのかを察したのかと思ったが、残念ながらアテが外れたようだ。
「おいらだって、そこまではわからねえよ。けど、レンは知ってんだろ? おおい、レンよう」
少し先を歩くレンの背中に、タヌキは投げかけた。すると、レンは足を止め、振り返る。だが、彼はなにも言わずに、妖しげに目を細めただけで、また山道を歩きだした。衛人はタヌキと目を見合わせ、眉を上げる。おそらくレンには、すでに見当くらいついているに違いない。だが、口を割る気はないのだろう。
なんだかちっともわかんねえ……。でも、九尾さまが見たがっているものを、もう俺が持ってるとしたら……。
衛人はただの人間だ。まさか、千里のように妖力を持っているわけではないし、霊感とか、超能力とか、そういう力もない。むしろ、そういう類のものとは、これまでの人生では少なくとも無縁だった。
俺に特別な能力はない……。だったら、九尾さまは俺になにを期待してるっつーんだ……?
衛人はレンの後ろを歩きながら、もう一度、頭を巡らせてみる。だが、やはりまったく見当がつかなかった。やがて鳥居が見えてきて、狐たちの提灯が辺りを照らしても、衛人の脳内にはただ、疑問符が浮かぶだけだった。
しかし。タヌキの昔の知り合いだということだから、もし、敵だったとしても、さすがに命を取るまでは考えていないのだろう、とひとまずは彼を頼ることにする。そうして、しばらく彼の後ろを歩いていたが、やがて、レンは静かに話し出した。
「九尾さまが妖花をお好きなのは本当ですし、妖たちもそれはよく知っていますから、供物としては多く選ばれます。ただ、根がついたものははじめてですよ」
「ほんとか……!」
「はい。それがお社の近くで根付いてくれれば、きっと、九尾さまはこれまでになく喜ばれるでしょう……。衛人どのは迅速かつ、良い選択をされました。合格です」
それを聞くなり、衛人は胸ポケットで得意げに笑みを浮かべるタヌキに親指を立てて見せた。まさか、この窮地をタヌキに助けてもらえるとは思わなかったが、彼はさすが、妖になっただけのことはある。わずかに希望が見えたせいか、不思議と足取りも軽くなった。そんな衛人に背を向けたまま、レンは続けて話し出す。
「あの御方は――……本当に実体のないものがお好きですからね」
「実体のないもの……」
「目には見えないもの……ということです」
たしかに言われてみれば、九尾がえらく気に入っている千里の妖力は、彼の手に渡ったときには紫色の光を放っていたものの、あれは本来、千里の体内にあるもので、目に見えるような物質ではない。ついでに言えば、この妖花もそうだ。こんなものが普段から山に生えていたら、誰かしらがとうに見つけて、植物の図鑑に載せられて、有名になっているだろうが、この花は妖。新月の夜にしか、おそらく実体を持っていないのだろう。
「人間たちは、たいていが視覚に頼って生きていますので、九尾さまの感覚は理解しにくいかもしれません。ですが、美しいものの中には、実体を持たないものが多くあります。その儚さこそ、九尾さまの好まれるところなのです」
「ふうん……。だったら、それも今朝、一緒に教えてくれればよかったのに」
「一から十まで、なんでもかんでも教えてしまっては……、さすがに私もお叱りを受けますよ。九尾さまからすれば、千里の妖力を返すのに、ふさわしい相手かどうかを、見極めておられるのですから」
やや呆れたような口ぶりで、レンは答える。よくわからないが、どうやらそういうものらしい。試されているような、イジワルをされているような心地がして、衛人は不満たっぷりに鼻を鳴らしたが、それがこの山のルールだというのなら、従うほかないのだろうと諦める。レンはさらに言った。
「九尾さまは衛人どのに期待をしておられましたよ。あなたなら、きっと特別に美しいものを見せてくれるはずだ、と」
「なんだよ、それ。どういうこと?」
衛人は足を止め、訊き返した。特別に美しいもの。それが根っこつきの妖花だとは思えず、一気に不安感が募る。レンもまた足を止め、再び振り向き、答える。
「そのままの意味です。きっと、九尾さまは、あなたに……、見せてほしいものがあるのでしょう」
「だから……、その、見せてほしいものってなに……?」
「さぁ、そこまでは私には……」
やはり、どうもさっきからのらりくらりと躱されているような気がして、衛人は奥歯をぎり、と噛み締める。この分だと、今夜は無駄足になってしまうかもしれない。それがわかっても、妖花のほかに、代案がないのが悔しくてたまらなかった。
くそ……。こんなことしてる今も、千里の体はどんどん弱ってるんだ……。早く妖力を取り返して帰らないと……。
内心では焦りながら、衛人は必死に頭を巡らせた。だが、やはり見当もつかない。レンによれば、九尾は衛人が特別に美しいものを見せてくれることに期待しているらしいが、その理由すら、衛人にはわからなかった。
「だあー……っ、もう! 九尾さまは俺にどうしろってんだっ!」
そう喚いて、頭を掻きむしる。すると、タヌキが低く唸って言った。
「九尾さまがお前さんに期待をしてるってことはだ……、お前さんはもう、持ってるものなんだろうよ」
「え……?」
「だって、そうだろう。お前さんがそれを持ってるって知ってるから、九尾さまは見せてほしくて期待するわけだ。問題は――」
「衛人どのが、それに気付くかどうか……です」
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「ちょっと待て……。九尾さまが見せてほしいものって……、まさか、タヌキもわかってんのか?」
「いや。まーったくわからん」
タヌキの軽い返事に、またズッコケそうになる。てっきりタヌキは、九尾が衛人に、どんな期待をしているのかを察したのかと思ったが、残念ながらアテが外れたようだ。
「おいらだって、そこまではわからねえよ。けど、レンは知ってんだろ? おおい、レンよう」
少し先を歩くレンの背中に、タヌキは投げかけた。すると、レンは足を止め、振り返る。だが、彼はなにも言わずに、妖しげに目を細めただけで、また山道を歩きだした。衛人はタヌキと目を見合わせ、眉を上げる。おそらくレンには、すでに見当くらいついているに違いない。だが、口を割る気はないのだろう。
なんだかちっともわかんねえ……。でも、九尾さまが見たがっているものを、もう俺が持ってるとしたら……。
衛人はただの人間だ。まさか、千里のように妖力を持っているわけではないし、霊感とか、超能力とか、そういう力もない。むしろ、そういう類のものとは、これまでの人生では少なくとも無縁だった。
俺に特別な能力はない……。だったら、九尾さまは俺になにを期待してるっつーんだ……?
衛人はレンの後ろを歩きながら、もう一度、頭を巡らせてみる。だが、やはりまったく見当がつかなかった。やがて鳥居が見えてきて、狐たちの提灯が辺りを照らしても、衛人の脳内にはただ、疑問符が浮かぶだけだった。
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