73 / 81
12
祝言の日~衛人~(12ー3)
しおりを挟む
「うん。じきに俺は、この家に引っ越してくるけど、今すぐってわけにはいかないんだ。仕事もまだ日数が残ってるし、今のアパートを出るのに、ひと月はかかると思う。こっちで新しい仕事も探さなくちゃならない。でも、その間千里に会えないのはつらいんだよ。だから――」
「ぼ、僕もいやです……! 衛人さんと会えないの、寂しいです……」
衛人はごくん、と生唾を飲んだ。少し胸が高鳴って、緊張している。きっと千里は、衛人と一緒に東京へ来てくれる。そう確信していても、この言葉を実際に口にするのも、答えを聞くのも、人生の中でそうあることではない。千里の返事を実際に聞くまでは、どうしてもドキドキさせられてしまう。だが、衛人は意を決して言った。
「千里、俺と一緒に、東京についてきてくれないかな。それで、一緒に準備して、一緒にまた、この家へ戻ってこよう。その約束を兼ねて、九尾さまに祝言を挙げてもらうのはどうかな?」
「はい……!」
衛人が言い終わった途端、千里は瞳を潤ませて、衛人に抱きつき、返事をくれた。衛人は彼の体格のいい体を受け止め、ぎゅうっと抱きしめる。きっとそう答えてくれると信じてはいても、途方もなく安堵した。これは今の衛人と千里にとっては、まさにプロポーズのようなものだった。
「よろしくお願いします……、衛人さん……」
「こちらこそ。改めてよろしくな」
「大好きです……」
「うん、俺も。俺も、千里が大好きだよ」
強く抱きしめ、甘い言葉を囁き合った。だが、すぐにシラケた視線を感じて、衛人は千里の体を離す。見れば、タヌキとレンは揃って呆れ顔で、こっちを見つめている。衛人は彼らがそこにいるのをすっかり忘れていた。
「ごめん……。そういうわけだから……、レン、九尾さまに伝えてもらえるかな……」
照れ隠しに咳ばらいをして、そう言うと、レンは呆れ顔のまま、頷いた。
「承知しました。ちなみに……、那須へは必ず戻って来られるのですよね?」
「もちろん」
「ならば、問題はありません。九尾さまにその旨、お伝えいたします」
決まりだ。衛人は千里を顔を見合わせ、どちらともなく微笑み合った。
***
夕飯を終えると、レンはさっさと山へ帰ってしまった。衛人は千里と交代で風呂へ入り、昨夜と同じように、縁側で蛍を眺める。今夜はタヌキも一緒に縁側で蛍を見ていたのだが、彼は十分もしないうちにぐうぐうと寝息を立てはじめた。仕方なく、衛人はタヌキを物置部屋の押し入れの中の、小さな彼の寝床に寝かせてやってから、寝る支度を済ませ、縁側でまだ蛍を眺めている千里のところへ戻った。
「タヌキのやつ、ぐっすりだったよ」
そう言って、彼の隣に腰を下ろすと、ふふっと千里は笑みを浮かべる。
「レンとおしゃべりしすぎて、疲れたんですね、きっと」
「そうかもな」
隣で微笑む千里の隙を見て、頬にキスをすると、千里はぽうっと頬を赤らめて、衛人の肩にもたれてくる。そうして、どちらともなく、指先をからめ、手を握る。そうしながら、飛び交う蛍の光をぼんやりと見つめた。まだ伴侶になって、二日目ではあるが、こうしていると、すっかり夫夫らしくなったように感じる。きっと今夜も長い夜になるのだろう、と密かに期待しながら、衛人は思いつくまま、他愛ないおしゃべりを始める。
「東京に一緒に来るの、不安じゃない?」
「ちょっとだけ……。でも、衛人さんと一緒ですから。楽しみのほうが大きいです」
衛人が住んでいるのは、東京といっても東側。ちょうど江戸川の河川敷近くの町だった。地価はうんと安くて、治安もいいとは言えない。街中には、庶民的な店や住宅、アパート、マンションが所狭しと立ち並び、救急車すら入れないほど細い道もある。ハザードマップはもちろん真っ赤だ。
しかし、東京の華やかさや、煌びやかさが少し苦手な衛人にとっては、それくらいがちょうど暮らしやすかった。それに、意外にも近所には自然が溢れている。歩いて十分ほどの場所には、高木や雑木が生い茂る広い公園があるし、河川敷へ散歩に出ても、気持ちがいい。
「うちは古いアパートだし、狭いけど……。ほんの少しの間だけだから、我慢してな」
「大丈夫ですよ。僕はどんな場所でも、衛人さんと一緒なら幸せなんです」
その言葉を聞いて、衛人ははじめて、豊かさや、安定した仕事が欲しいと思った。自分はどうでもいい。けれど、伴侶となって衛人を愛してくれる千里に苦労をかけたくないと思ったのだ。千里にはなるべく楽をさせてやりたいし、生活の中で、経済的な不安を感じてほしくない。高級ではなくても、それなりにおいしいものだって、食べさせてあげたいと思う。
やっぱり、この家に越す前に、一番最初にやらなくちゃならないのは、仕事探しだな……。
大学を出て、教育を学び、教諭になりかけていたところで、夢をあきらめ、コンビニ店員になった衛人に、どんな仕事があるのかは想像もつかなかった。だが、泣き言なんか言っている場合じゃない。衛人は九尾の加護のもと、この家を守り、千里を守る。その使命感を強く感じていた。
そんなことを考えながら、どれくらい、ぼんやりと蛍を眺めていただろう。やがて、千里がうっとりとした表情で振り向き、口づけをねだりはじめ、衛人はそれに応え、彼の唇をふさぐ。そこから互いを求め合うまで、時間はさほどかからず、衛人はその夜も、千里の誘惑されるまま、夜更けまで彼を抱いた。
「ぼ、僕もいやです……! 衛人さんと会えないの、寂しいです……」
衛人はごくん、と生唾を飲んだ。少し胸が高鳴って、緊張している。きっと千里は、衛人と一緒に東京へ来てくれる。そう確信していても、この言葉を実際に口にするのも、答えを聞くのも、人生の中でそうあることではない。千里の返事を実際に聞くまでは、どうしてもドキドキさせられてしまう。だが、衛人は意を決して言った。
「千里、俺と一緒に、東京についてきてくれないかな。それで、一緒に準備して、一緒にまた、この家へ戻ってこよう。その約束を兼ねて、九尾さまに祝言を挙げてもらうのはどうかな?」
「はい……!」
衛人が言い終わった途端、千里は瞳を潤ませて、衛人に抱きつき、返事をくれた。衛人は彼の体格のいい体を受け止め、ぎゅうっと抱きしめる。きっとそう答えてくれると信じてはいても、途方もなく安堵した。これは今の衛人と千里にとっては、まさにプロポーズのようなものだった。
「よろしくお願いします……、衛人さん……」
「こちらこそ。改めてよろしくな」
「大好きです……」
「うん、俺も。俺も、千里が大好きだよ」
強く抱きしめ、甘い言葉を囁き合った。だが、すぐにシラケた視線を感じて、衛人は千里の体を離す。見れば、タヌキとレンは揃って呆れ顔で、こっちを見つめている。衛人は彼らがそこにいるのをすっかり忘れていた。
「ごめん……。そういうわけだから……、レン、九尾さまに伝えてもらえるかな……」
照れ隠しに咳ばらいをして、そう言うと、レンは呆れ顔のまま、頷いた。
「承知しました。ちなみに……、那須へは必ず戻って来られるのですよね?」
「もちろん」
「ならば、問題はありません。九尾さまにその旨、お伝えいたします」
決まりだ。衛人は千里を顔を見合わせ、どちらともなく微笑み合った。
***
夕飯を終えると、レンはさっさと山へ帰ってしまった。衛人は千里と交代で風呂へ入り、昨夜と同じように、縁側で蛍を眺める。今夜はタヌキも一緒に縁側で蛍を見ていたのだが、彼は十分もしないうちにぐうぐうと寝息を立てはじめた。仕方なく、衛人はタヌキを物置部屋の押し入れの中の、小さな彼の寝床に寝かせてやってから、寝る支度を済ませ、縁側でまだ蛍を眺めている千里のところへ戻った。
「タヌキのやつ、ぐっすりだったよ」
そう言って、彼の隣に腰を下ろすと、ふふっと千里は笑みを浮かべる。
「レンとおしゃべりしすぎて、疲れたんですね、きっと」
「そうかもな」
隣で微笑む千里の隙を見て、頬にキスをすると、千里はぽうっと頬を赤らめて、衛人の肩にもたれてくる。そうして、どちらともなく、指先をからめ、手を握る。そうしながら、飛び交う蛍の光をぼんやりと見つめた。まだ伴侶になって、二日目ではあるが、こうしていると、すっかり夫夫らしくなったように感じる。きっと今夜も長い夜になるのだろう、と密かに期待しながら、衛人は思いつくまま、他愛ないおしゃべりを始める。
「東京に一緒に来るの、不安じゃない?」
「ちょっとだけ……。でも、衛人さんと一緒ですから。楽しみのほうが大きいです」
衛人が住んでいるのは、東京といっても東側。ちょうど江戸川の河川敷近くの町だった。地価はうんと安くて、治安もいいとは言えない。街中には、庶民的な店や住宅、アパート、マンションが所狭しと立ち並び、救急車すら入れないほど細い道もある。ハザードマップはもちろん真っ赤だ。
しかし、東京の華やかさや、煌びやかさが少し苦手な衛人にとっては、それくらいがちょうど暮らしやすかった。それに、意外にも近所には自然が溢れている。歩いて十分ほどの場所には、高木や雑木が生い茂る広い公園があるし、河川敷へ散歩に出ても、気持ちがいい。
「うちは古いアパートだし、狭いけど……。ほんの少しの間だけだから、我慢してな」
「大丈夫ですよ。僕はどんな場所でも、衛人さんと一緒なら幸せなんです」
その言葉を聞いて、衛人ははじめて、豊かさや、安定した仕事が欲しいと思った。自分はどうでもいい。けれど、伴侶となって衛人を愛してくれる千里に苦労をかけたくないと思ったのだ。千里にはなるべく楽をさせてやりたいし、生活の中で、経済的な不安を感じてほしくない。高級ではなくても、それなりにおいしいものだって、食べさせてあげたいと思う。
やっぱり、この家に越す前に、一番最初にやらなくちゃならないのは、仕事探しだな……。
大学を出て、教育を学び、教諭になりかけていたところで、夢をあきらめ、コンビニ店員になった衛人に、どんな仕事があるのかは想像もつかなかった。だが、泣き言なんか言っている場合じゃない。衛人は九尾の加護のもと、この家を守り、千里を守る。その使命感を強く感じていた。
そんなことを考えながら、どれくらい、ぼんやりと蛍を眺めていただろう。やがて、千里がうっとりとした表情で振り向き、口づけをねだりはじめ、衛人はそれに応え、彼の唇をふさぐ。そこから互いを求め合うまで、時間はさほどかからず、衛人はその夜も、千里の誘惑されるまま、夜更けまで彼を抱いた。
10
あなたにおすすめの小説
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
聖女を演じた巻き添え兄は、王弟殿下の求愛から逃げられない
深嶋(深嶋つづみ)
BL
谷口理恩は一年ほど前、妹と一緒に異世界に転移してしまった。
聖女として魔術の才を開花させた妹・世奈のおかげもあって、二人はアルゼノール王国の大教会に保護され、不自由のない暮らしを送ることができている。が、最近は世奈の奔放さに理恩は頭を抱えることもあった。
ある日、世奈の仕事を肩代わりした理恩は、病に臥せっている幼い第二王子・イヴァン王子のもとに参じることに。
――「僕が大人になったら、僕の妃になってくれませんか」。
何度も謁見を重ねるうちに理恩に懐いた彼は、目の前の聖女が偽者であることに気付かぬまま、やがて理恩に求愛する。
理恩は驚き、後ろめたい気持ちを抱きながらも、「大人になっても同じ気持ちでいてくれたなら」と約束を交わした。
その直後、何者かの陰謀に陥れられた世奈の巻き添えとなり、理恩は辺境の地へと飛ばされてしまい……。
――数年後、アルゼノール王国を出て世界中を巡っていた理恩は、とある国で偶然、王弟・イヴァンと再会する。
傷心の旅をしているのだという彼は、どういうわけか理恩との交流を持ちたがって――?
妖精です、囲われてます
うあゆ
BL
僕は妖精
森で気ままに暮らしていました。
ふと気づいたら人間に囲まれてました。
でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。
__________
妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精
なんやかんやお互い幸せに暮らします。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした
うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。
獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。
怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。
「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」
戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。
獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。
第一章 完結
第二章 完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる