【完結】つやめきの半妖には抗えない

いなば海羽丸

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祝言の日~衛人~(12ー3)

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「うん。じきに俺は、この家に引っ越してくるけど、今すぐってわけにはいかないんだ。仕事もまだ日数が残ってるし、今のアパートを出るのに、ひと月はかかると思う。こっちで新しい仕事も探さなくちゃならない。でも、その間千里に会えないのはつらいんだよ。だから――」
「ぼ、僕もいやです……! 衛人さんと会えないの、寂しいです……」

 衛人はごくん、と生唾を飲んだ。少し胸が高鳴って、緊張している。きっと千里は、衛人と一緒に東京へ来てくれる。そう確信していても、この言葉を実際に口にするのも、答えを聞くのも、人生の中でそうあることではない。千里の返事を実際に聞くまでは、どうしてもドキドキさせられてしまう。だが、衛人は意を決して言った。

「千里、俺と一緒に、東京についてきてくれないかな。それで、一緒に準備して、一緒にまた、この家へ戻ってこよう。その約束を兼ねて、九尾さまに祝言を挙げてもらうのはどうかな?」
「はい……!」

 衛人が言い終わった途端、千里は瞳を潤ませて、衛人に抱きつき、返事をくれた。衛人は彼の体格のいい体を受け止め、ぎゅうっと抱きしめる。きっとそう答えてくれると信じてはいても、途方もなく安堵あんどした。これは今の衛人と千里にとっては、まさにプロポーズのようなものだった。

「よろしくお願いします……、衛人さん……」
「こちらこそ。改めてよろしくな」
「大好きです……」
「うん、俺も。俺も、千里が大好きだよ」

 強く抱きしめ、甘い言葉をささやき合った。だが、すぐにシラケた視線を感じて、衛人は千里の体を離す。見れば、タヌキとレンはそろってあきれ顔で、こっちを見つめている。衛人は彼らがそこにいるのをすっかり忘れていた。

「ごめん……。そういうわけだから……、レン、九尾さまに伝えてもらえるかな……」

 照れ隠しに咳ばらいをして、そう言うと、レンはあきれ顔のまま、頷いた。

「承知しました。ちなみに……、那須へは必ず戻って来られるのですよね?」
「もちろん」
「ならば、問題はありません。九尾さまにその旨、お伝えいたします」

 決まりだ。衛人は千里を顔を見合わせ、どちらともなく微笑ほほえみ合った。

 ***


 夕飯を終えると、レンはさっさと山へ帰ってしまった。衛人は千里と交代で風呂へ入り、昨夜と同じように、縁側で蛍を眺める。今夜はタヌキも一緒に縁側で蛍を見ていたのだが、彼は十分もしないうちにぐうぐうと寝息を立てはじめた。仕方なく、衛人はタヌキを物置部屋の押し入れの中の、小さな彼の寝床に寝かせてやってから、寝る支度を済ませ、縁側でまだ蛍を眺めている千里のところへ戻った。

「タヌキのやつ、ぐっすりだったよ」

 そう言って、彼の隣に腰を下ろすと、ふふっと千里は笑みを浮かべる。

「レンとおしゃべりしすぎて、疲れたんですね、きっと」
「そうかもな」

 隣で微笑ほほえむ千里の隙を見て、頬にキスをすると、千里はぽうっと頬を赤らめて、衛人の肩にもたれてくる。そうして、どちらともなく、指先をからめ、手を握る。そうしながら、飛び交う蛍の光をぼんやりと見つめた。まだ伴侶になって、二日目ではあるが、こうしていると、すっかり夫夫らしくなったように感じる。きっと今夜も長い夜になるのだろう、と密かに期待しながら、衛人は思いつくまま、他愛ないおしゃべりを始める。

「東京に一緒に来るの、不安じゃない?」
「ちょっとだけ……。でも、衛人さんと一緒ですから。楽しみのほうが大きいです」

 衛人が住んでいるのは、東京といっても東側。ちょうど江戸川の河川敷近くの町だった。地価はうんと安くて、治安もいいとは言えない。街中には、庶民的な店や住宅、アパート、マンションが所狭しと立ち並び、救急車すら入れないほど細い道もある。ハザードマップはもちろん真っ赤だ。

 しかし、東京の華やかさや、きらびやかさが少し苦手な衛人にとっては、それくらいがちょうど暮らしやすかった。それに、意外にも近所には自然が溢れている。歩いて十分ほどの場所には、高木や雑木が生い茂る広い公園があるし、河川敷へ散歩に出ても、気持ちがいい。

「うちは古いアパートだし、狭いけど……。ほんの少しの間だけだから、我慢してな」
「大丈夫ですよ。僕はどんな場所でも、衛人さんと一緒なら幸せなんです」

 その言葉を聞いて、衛人ははじめて、豊かさや、安定した仕事が欲しいと思った。自分はどうでもいい。けれど、伴侶となって衛人を愛してくれる千里に苦労をかけたくないと思ったのだ。千里にはなるべく楽をさせてやりたいし、生活の中で、経済的な不安を感じてほしくない。高級ではなくても、それなりにおいしいものだって、食べさせてあげたいと思う。

 やっぱり、この家に越す前に、一番最初にやらなくちゃならないのは、仕事探しだな……。

 大学を出て、教育を学び、教諭になりかけていたところで、夢をあきらめ、コンビニ店員になった衛人に、どんな仕事があるのかは想像もつかなかった。だが、泣き言なんか言っている場合じゃない。衛人は九尾の加護のもと、この家を守り、千里を守る。その使命感を強く感じていた。

 そんなことを考えながら、どれくらい、ぼんやりと蛍を眺めていただろう。やがて、千里がうっとりとした表情で振り向き、口づけをねだりはじめ、衛人はそれに応え、彼の唇をふさぐ。そこから互いを求め合うまで、時間はさほどかからず、衛人はその夜も、千里の誘惑されるまま、夜更けまで彼を抱いた。
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