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第16話 かりそめの夢/3
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「イアン! 偶然だな!」
グレイが嬉しそうに、そう叫んだ。
レネには、その声はすぐ隣にいるグレイからではなく、どこか遠くから風に運ばれてきたように感じられた。同時に自分が暗い水底に沈んでゆくのを感じ、そこから明るい日の差す地上を――光を受けて微笑むイアンを、複雑な感情で見上げているような心境になった。
「レネ、彼は俺の幼なじみだ。二人に向かいに座ってもらってもいいか?」
レネは愛想笑いを浮かべながら、グレイに頷いた。
イアンは彼の配偶者であるミケルと共に、街に買い物をしに来たのだと言う。
重い病で命の危機に瀕していたイアンは、今は治療を終え徐々に健康を取り戻しつつある。それはひとえに、レネの差し出した大金のおかげだった。医療魔法を駆使した最先端の治療は、その高額な費用に見合う劇的な効果を、イアンの体にもたらした。医師の話では、あと三か月ほど養生すればすっかり健康を取り戻し、仕事にも復帰できるだろうとのことだ。
「レネ、紹介しよう。前に話した幼なじみのイアンと、パートナーのミケルだ。イアン、ミケル、こちらはレネ。つい最近、俺と結婚した」
三人は口々に挨拶を交わし――レネの向かいに座ったイアンが、何かにハッと気付いて小さく叫んだ。
「レネ? ……ひょっとして、あの、レネ? 一座の?」
「!!」
レネの心臓が一瞬止まり、全身の血が流れを止めた。もちろん実際には心臓は動き続けていたし、血も止まっていない。しかし驚きのあまり、レネはそのような心地になった。
レネは、イアンが自分のことを覚えているとは思ってもみなかった。よく一緒に遊んだとはいえ、それは子供の頃の半年ほど、ごく短い間だけだ。最後に会ってから、もう十七年も経っている。大人になったレネの顔を知らないのだから、グレイ同様、イアンもきっと自分があのレネだと気付かないだろうと、そう思い込んでいたのだ。しかしレネはすぐに、イアンが非常に記憶力の良い子供だったことを思い出す。驚くほど、察しがいいことも。
(まずい……!)
レネは自分の恋心を、誰にも知られたくなかった。惨めな片想いを続けていることを悟られ、同情されたり蔑まれたりするのが嫌だったのだ。未練たらしく子供の頃からの執着を引きずって、望みもないのにグレイの周囲をウロウロしている自分を、恥ずかしく思っていた。この期に及んでもちっぽけなプライドを捨てられず、告白する勇気もない。そんな自分が心底嫌でたまらず、誰にもあのレネだということを、知られたくなかった。
「『あのレネ』? どういうことだ、イアン? 二人は知り合いだったのか? レネ?」
グレイの問いかけに、ヒュッと、レネの息が詰まる。
「いや……人違い……だと思います」
レネはとっさに知らないふりをしながら、戸惑うイアンに小さく首を振った。
黙っていてくれ、と匂わせて。
相変わらず察しのいいイアンは、すぐに表情を整えてにっこり笑った。
「ごめん、僕の勘違い。間違えちゃって、ごめんなさい。初めまして、レネさん。グレイが遂に結婚したと聞いて、ずっとお会いしたいと思っていました。高額な僕の医療費を立て替えてくださったそうで、感謝の言葉もありません。今こうして生きていられるのも、あなたのおかげです」
イアンがそう言って深々と頭を下げると、隣に座ったミケルも頭を下げて言った。
「レネさん、お借りしたお金は、必ずお返しします。少しずつの返済で長い期間をお待たせすることとなりますが、どうかご勘弁ください」
「あ、いや、いいんです、そんな、どうか気にしないでください。お二人が健やかに幸せに暮らしていけるなら、それが何よりも嬉しい返済となります。お金のことは、全く気にしないでください」
レネは慌ててそう言いながら、グレイをチラリと見た。
グレイが嬉しそうに、そう叫んだ。
レネには、その声はすぐ隣にいるグレイからではなく、どこか遠くから風に運ばれてきたように感じられた。同時に自分が暗い水底に沈んでゆくのを感じ、そこから明るい日の差す地上を――光を受けて微笑むイアンを、複雑な感情で見上げているような心境になった。
「レネ、彼は俺の幼なじみだ。二人に向かいに座ってもらってもいいか?」
レネは愛想笑いを浮かべながら、グレイに頷いた。
イアンは彼の配偶者であるミケルと共に、街に買い物をしに来たのだと言う。
重い病で命の危機に瀕していたイアンは、今は治療を終え徐々に健康を取り戻しつつある。それはひとえに、レネの差し出した大金のおかげだった。医療魔法を駆使した最先端の治療は、その高額な費用に見合う劇的な効果を、イアンの体にもたらした。医師の話では、あと三か月ほど養生すればすっかり健康を取り戻し、仕事にも復帰できるだろうとのことだ。
「レネ、紹介しよう。前に話した幼なじみのイアンと、パートナーのミケルだ。イアン、ミケル、こちらはレネ。つい最近、俺と結婚した」
三人は口々に挨拶を交わし――レネの向かいに座ったイアンが、何かにハッと気付いて小さく叫んだ。
「レネ? ……ひょっとして、あの、レネ? 一座の?」
「!!」
レネの心臓が一瞬止まり、全身の血が流れを止めた。もちろん実際には心臓は動き続けていたし、血も止まっていない。しかし驚きのあまり、レネはそのような心地になった。
レネは、イアンが自分のことを覚えているとは思ってもみなかった。よく一緒に遊んだとはいえ、それは子供の頃の半年ほど、ごく短い間だけだ。最後に会ってから、もう十七年も経っている。大人になったレネの顔を知らないのだから、グレイ同様、イアンもきっと自分があのレネだと気付かないだろうと、そう思い込んでいたのだ。しかしレネはすぐに、イアンが非常に記憶力の良い子供だったことを思い出す。驚くほど、察しがいいことも。
(まずい……!)
レネは自分の恋心を、誰にも知られたくなかった。惨めな片想いを続けていることを悟られ、同情されたり蔑まれたりするのが嫌だったのだ。未練たらしく子供の頃からの執着を引きずって、望みもないのにグレイの周囲をウロウロしている自分を、恥ずかしく思っていた。この期に及んでもちっぽけなプライドを捨てられず、告白する勇気もない。そんな自分が心底嫌でたまらず、誰にもあのレネだということを、知られたくなかった。
「『あのレネ』? どういうことだ、イアン? 二人は知り合いだったのか? レネ?」
グレイの問いかけに、ヒュッと、レネの息が詰まる。
「いや……人違い……だと思います」
レネはとっさに知らないふりをしながら、戸惑うイアンに小さく首を振った。
黙っていてくれ、と匂わせて。
相変わらず察しのいいイアンは、すぐに表情を整えてにっこり笑った。
「ごめん、僕の勘違い。間違えちゃって、ごめんなさい。初めまして、レネさん。グレイが遂に結婚したと聞いて、ずっとお会いしたいと思っていました。高額な僕の医療費を立て替えてくださったそうで、感謝の言葉もありません。今こうして生きていられるのも、あなたのおかげです」
イアンがそう言って深々と頭を下げると、隣に座ったミケルも頭を下げて言った。
「レネさん、お借りしたお金は、必ずお返しします。少しずつの返済で長い期間をお待たせすることとなりますが、どうかご勘弁ください」
「あ、いや、いいんです、そんな、どうか気にしないでください。お二人が健やかに幸せに暮らしていけるなら、それが何よりも嬉しい返済となります。お金のことは、全く気にしないでください」
レネは慌ててそう言いながら、グレイをチラリと見た。
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