愛など要らない金さえあれば/愛が無いならせめて体だけでも/と最初は思っていた。

たいよう一花

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第26話 差し出された救済の手/1

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 闖入者ちんにゅうしゃに抵抗するレネの声が、居間に向かうグレイの耳に届く。

「放せ! 傷はもう癒した、ないんだ!」

むちによる傷がそんなに早く治るはずないだろ!」

 その時居間に走り込んできたグレイが、叫び声を上げた。

「レネ!」

 ソファの上で、見知らぬ男がギョッと振り向く。男はレネに覆いかぶさり、服を引き裂こうとしていた。
 グレイはすぐさま男を引き倒すと、殴りつけた。何度も何度も。憤怒ふんぬの表情で。レネは慌てて、グレイを止めに入った。

「グレイ、グレイ、やめるんだ! もういい、俺は無事だ、まだ、何もされてない、本当だ、グレイ、押し倒されただけ。やめてくれグレイ、そいつを殺してしまう! おまえが牢獄行きになるのは嫌だ!」

 しかしグレイの怒りは収まらなかった。

「二度とレネに手出しできないよう、殺してやる!」

 屈強な拳を男の腹に打ち込もうとしたその時、誰かの手がグレイの手首を掴む。

「失礼、グレイ君とやら。レネ君が泣いているぞ、もうやめるんだ」

 いつの間に入ってきたのか、新たな侵入者が二人、傍にいた。
 グレイの拳を止めた男は、一目で高位貴族と分かる装いをした背の高い男だ。印象的な「メリーバの黒」と呼ばれる髪と目の色をしている。その隣にはこれといって特徴のない容貌をした青年がいて、彼を見るなり、レネが驚いて声を上げた。

「チェレステ卿! お会いするお約束は、明日では⁈」

「レネさん、いきなりお訪ねして申し訳ありません。実は早急に公爵領に帰る用事ができてしまい、明日あなたとお会いする約束で予約していたレストランも、キャンセルしてきたのです。本来ならあなたに使いを出して明日のお約束を後日に変更するべきではありますが、すぐにでもお話ししたいことがあり、ご迷惑とは知りつつもこうしてお訪ねいたしました。でも、それがかえって良かったです。災難でしたね、レネさん、お怪我はありませんか?」

「だ、大丈夫です……、お気遣いいただき、ありがとうございます。本当に、助かりました……」

 チェレステの説明を聞きながらレネが息を整えている間、黒髪の貴族男性は狼藉者を引きずって部屋を出て行った。その後、家の外で彼が誰かに指示を飛ばしている声が聞こえてくる。

「この男を処理してくれ。強盗未遂、強姦未遂の罪状で。私の名を出し、こちらの方たちに被害が及ばないよう、うまく処理するように」

「お任せを」

 暴漢の気配が遠ざかってゆくと、レネはホッとして息を吐き出した。
 一方、グレイはまだ興奮していたが、黒髪の男に諭されたことで我に返ったらしく、今は怒りを収め、レネを腕の中に抱きしめてじっとしている。

「レネ……レネ、本当に、どこも怪我はないのか? ああ……俺がもっと早く帰っていれば……」

「グレイ、あなたの方こそ、あんなに人を殴っては拳を傷めたでしょう?」

「俺は平気だ、何てことはない。レネ……レネ……」

 レネは、グレイの様子がいつもとは少し違うことに気が付いた。レネ、と呼ぶその声音には、まるで愛おしい相手を呼ぶような熱が込もっている。

(まさか、グレイは俺のことを……? ……いや、違う。大切な雇用主を守ろうと思っているだけだ。グレイは義理堅く誠実な男だ。大金をもらった恩義で俺を心配しているだけだろう……。そうだ、期待しちゃいけない。また……)

 また、がっかりすることになる。レネはこれまで何度も、女神から授かった「相手の最も大切なものが視える力」でグレイを視る度、失望してきたのだから。それに思い至り、レネはそっと小さく溜息をついた。
 そしてグレイの腕から抜け出すと、突然の来訪者――チェレステとその配偶者に向き合う。

「チェレステ卿、そしてトリスタン・エクラ・ステラデューク閣下、ようこそお越しくださいました。お騒がせして、申し訳ありません」

 チェレステは生成士の会合で出会った有名なアイテム生成士で、ウェード男爵の五男だ。そして傍らにいる黒髪の男は明らかに、チェレステの配偶者である次期フォレオール公爵、トリスタン・エクラ・ステラデューク。彼は「メリーバの黒」を持って生まれたと有名だ。あの独特な光を放つ黒い髪は間違いなく「メリーバの黒」。王族の血すら流れている高位貴族の彼に、決して失礼があってはならない。もちろん、尊敬するアイテム生成士であるチェレステにも。

 レネは自分の粗末な家に二人も貴族がいる現状を奇妙に思いながらも、客人に丁寧に頭を下げて言った。

「このようなあばら家をお訪ねいただき恐縮です。お急ぎとのことですので、さっそくご用件をお伺いします」

「では、さっそく本題を。レネさん、公爵領にいらっしゃいませんか。あなたの優秀な魔道具師としての腕を見込んで、あなたをスカウトしに来ました。ぜひ、俺の助手を務めてもらいたいのです」

「は……? え……?」

 思いもよらない話に、レネは耳を疑った。
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