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第27話 差し出された救済の手/2
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「では、さっそく本題を。レネさん、公爵領にいらっしゃいませんか。あなたの優秀な魔道具師としての腕を見込んで、あなたをスカウトしに来ました。ぜひ、俺の助手を務めてもらいたいのです」
「は……? え……?」
思いもよらない話に、レネは耳を疑った。ポカンとしているレネに、チェレステは話を続ける。
「失礼とは思いましたが、あなたのことを調べさせていただきました。その結果、ぜひあなたを俺のアトリエに迎えたいと思ったのです。十分な報酬をお支払いすることをお約束しますし、公爵邸にお二人のお住まいもご用意させていただきます。ご夫君のグレイさん共々、住み慣れた王都から離れていただくことになり恐縮ですが、どうかご一緒に公爵邸にいらしてください。もちろん、ご自分たちだけで居を構えたいとお考えでしたら、街中にお住まいを用意することも可能です。しかし当座は、公爵邸にいらしてくださった方がよいと思います。アビスアールの一族は大変執念深い。あの隠居老人は、これからもレネさんに関わろうとするでしょう」
そこまで知っているのか、とレネは驚いた。隠居老人とは明らかに、レネを鞭で打った前伯爵のことだ。つまりチェレステは、レネの裏稼業を知った上でレネを雇い入れたいと言っているのだ。それに気付いたレネは疑問ばかりが頭に浮かんだ。優秀な魔道具師ならいくらでもいるだろうし、それに――。
「本気でおっしゃっているのですか、チェレステ卿。俺は卑しい旅芸人の息子だ。しかも、醜聞の的となるような裏稼業を持っている。そんな俺をご自身の助手に据えて公爵邸に迎えるなど、失礼ながら正気の沙汰とは思えません」
チェレステが返答しようと口を開きかけた時、彼の伴侶であるトリスタンが割って入った。
「貴殿の素性はすべて承知している。魔道具師として卓越していることも。我が愛するチェレステは千里眼を持っていてな、貴殿の生成業に関する情熱と勤勉な姿勢、人柄の良さを高く評価している。貴殿は特別な魔道具を作っているだけで、何ら法を犯しているわけでもなし、醜聞についても問題ない。もしこの話を受け入れてくれるなら、我が公爵家は貴殿を守るために助力を惜しまないつもりだ」
「お受けいたします」
そう答えたのは、レネではなくグレイだった。
「グレイ⁈」
「お受けしよう、レネ。すぐに王都を発って、公爵領に向かおう。おまえの安全が第一だ。公爵家の守護が得られるのだぞ、これほど心強い味方はいない!」
「あなたの仕事はどうするんです、公爵領は王都からずいぶん離れている。……ハッ! まさか俺と、離婚を⁈」
「とんでもない。俺も付いて行くにきまっているだろう。仕事はまた探せばいい。でも、おまえの代わりはどこにもない。手離すものか」
レネは驚いて目を見開いた。自分に向けられたグレイの言葉もその眼差しも、この世で一番愛する者に注ぐ熱を湛えていたからだ。返す言葉も見つからず茫然としていると、再びトリスタンが口を開いた。
「公爵邸の年老いた園丁が一人、近々引退することになってな。代わりにグレイ殿を雇い入れたいと思っている。初年度の報酬は、グレイ殿の現在の年収額の、倍を出す。二年目以降は更に上乗せするつもりだ。貴殿は非常に特異な才をお持ちのようだからな」
グレイは顔を輝かせて、レネに視線を送った。
先程トリスタンが「チェレステは千里眼を持っている」と言った通り、この二人は何もかも知っている様子だ。きっとグレイの「特異な才」についても詳細を知っているのだろう。グレイには、はっきりとそれが分かった。「特異な才」とは、グレイが女神の祝福により授かった力――「緑の指」のことを言っているのだ、と。それは植物に触れるだけで、成長を促進したり、病気を治したりできる力だ。庭師という生業は、まさにグレイの天職だった。
グレイはレネの肩を抱き寄せ、心配ないと言うように微笑むと、客人に向かって即答した。
「ありがたいお話しをいただき、感謝いたします。もちろんお受けいたします」
それを聞いたレネは驚き、不安げな声を上げた。
「グレイ、公爵領は遠い! イアンと会えなくなるんですよ⁈」
「構わない。おまえがそばにいればそれでいい」
「!」
レネはまたもや言葉を失くした。
一方、見つめ合う二人をにこにこしながら眺めていたチェレステは、傍らの伴侶と嬉しそうに目を見交わし、レネたちに向かって言った。
「レネさん、ではお待ちしております。公爵家の使用人を二人王都に残していきますので、細かい手続きやご連絡の際にお役立てください」
「あっ……は、はい、本日はわざわざお越しいただき、誠にありがとうございます」
レネとグレイは、深々と頭を下げて客人を見送った。
居間に戻ってソファに座り込んだレネは、今しがた起きた一連の出来事が信じられず、うたた寝して夢でも見ていたのではと、頬をはたく。
そこへ、グレイが薔薇の花束とお菓子の包みを持って隣に座ってきた。
「レネ、この美しい花をおまえに」
「!」
驚くのは、もう何度目だろうか。ドキドキと高鳴る胸が、痛いほどに鼓動を刻む。
「お、俺に? なんで……?」
「その……仲直り、したくて。花を愛しい人に贈るのは定番だし……。それからこれは、『エモイ菓子店』の生クリームキャラメルだ。好きだろう?」
「!」
レネは息を呑んで、潤んだ瞳をグレイに向けた。
「どうして、知って……。ま、まさか、お、お、思い出し……」
「ああ、思い出した。ヘーゼル色の瞳をした子が、俺の腕の中に落ちてきた時のことを」
「は……? え……?」
思いもよらない話に、レネは耳を疑った。ポカンとしているレネに、チェレステは話を続ける。
「失礼とは思いましたが、あなたのことを調べさせていただきました。その結果、ぜひあなたを俺のアトリエに迎えたいと思ったのです。十分な報酬をお支払いすることをお約束しますし、公爵邸にお二人のお住まいもご用意させていただきます。ご夫君のグレイさん共々、住み慣れた王都から離れていただくことになり恐縮ですが、どうかご一緒に公爵邸にいらしてください。もちろん、ご自分たちだけで居を構えたいとお考えでしたら、街中にお住まいを用意することも可能です。しかし当座は、公爵邸にいらしてくださった方がよいと思います。アビスアールの一族は大変執念深い。あの隠居老人は、これからもレネさんに関わろうとするでしょう」
そこまで知っているのか、とレネは驚いた。隠居老人とは明らかに、レネを鞭で打った前伯爵のことだ。つまりチェレステは、レネの裏稼業を知った上でレネを雇い入れたいと言っているのだ。それに気付いたレネは疑問ばかりが頭に浮かんだ。優秀な魔道具師ならいくらでもいるだろうし、それに――。
「本気でおっしゃっているのですか、チェレステ卿。俺は卑しい旅芸人の息子だ。しかも、醜聞の的となるような裏稼業を持っている。そんな俺をご自身の助手に据えて公爵邸に迎えるなど、失礼ながら正気の沙汰とは思えません」
チェレステが返答しようと口を開きかけた時、彼の伴侶であるトリスタンが割って入った。
「貴殿の素性はすべて承知している。魔道具師として卓越していることも。我が愛するチェレステは千里眼を持っていてな、貴殿の生成業に関する情熱と勤勉な姿勢、人柄の良さを高く評価している。貴殿は特別な魔道具を作っているだけで、何ら法を犯しているわけでもなし、醜聞についても問題ない。もしこの話を受け入れてくれるなら、我が公爵家は貴殿を守るために助力を惜しまないつもりだ」
「お受けいたします」
そう答えたのは、レネではなくグレイだった。
「グレイ⁈」
「お受けしよう、レネ。すぐに王都を発って、公爵領に向かおう。おまえの安全が第一だ。公爵家の守護が得られるのだぞ、これほど心強い味方はいない!」
「あなたの仕事はどうするんです、公爵領は王都からずいぶん離れている。……ハッ! まさか俺と、離婚を⁈」
「とんでもない。俺も付いて行くにきまっているだろう。仕事はまた探せばいい。でも、おまえの代わりはどこにもない。手離すものか」
レネは驚いて目を見開いた。自分に向けられたグレイの言葉もその眼差しも、この世で一番愛する者に注ぐ熱を湛えていたからだ。返す言葉も見つからず茫然としていると、再びトリスタンが口を開いた。
「公爵邸の年老いた園丁が一人、近々引退することになってな。代わりにグレイ殿を雇い入れたいと思っている。初年度の報酬は、グレイ殿の現在の年収額の、倍を出す。二年目以降は更に上乗せするつもりだ。貴殿は非常に特異な才をお持ちのようだからな」
グレイは顔を輝かせて、レネに視線を送った。
先程トリスタンが「チェレステは千里眼を持っている」と言った通り、この二人は何もかも知っている様子だ。きっとグレイの「特異な才」についても詳細を知っているのだろう。グレイには、はっきりとそれが分かった。「特異な才」とは、グレイが女神の祝福により授かった力――「緑の指」のことを言っているのだ、と。それは植物に触れるだけで、成長を促進したり、病気を治したりできる力だ。庭師という生業は、まさにグレイの天職だった。
グレイはレネの肩を抱き寄せ、心配ないと言うように微笑むと、客人に向かって即答した。
「ありがたいお話しをいただき、感謝いたします。もちろんお受けいたします」
それを聞いたレネは驚き、不安げな声を上げた。
「グレイ、公爵領は遠い! イアンと会えなくなるんですよ⁈」
「構わない。おまえがそばにいればそれでいい」
「!」
レネはまたもや言葉を失くした。
一方、見つめ合う二人をにこにこしながら眺めていたチェレステは、傍らの伴侶と嬉しそうに目を見交わし、レネたちに向かって言った。
「レネさん、ではお待ちしております。公爵家の使用人を二人王都に残していきますので、細かい手続きやご連絡の際にお役立てください」
「あっ……は、はい、本日はわざわざお越しいただき、誠にありがとうございます」
レネとグレイは、深々と頭を下げて客人を見送った。
居間に戻ってソファに座り込んだレネは、今しがた起きた一連の出来事が信じられず、うたた寝して夢でも見ていたのではと、頬をはたく。
そこへ、グレイが薔薇の花束とお菓子の包みを持って隣に座ってきた。
「レネ、この美しい花をおまえに」
「!」
驚くのは、もう何度目だろうか。ドキドキと高鳴る胸が、痛いほどに鼓動を刻む。
「お、俺に? なんで……?」
「その……仲直り、したくて。花を愛しい人に贈るのは定番だし……。それからこれは、『エモイ菓子店』の生クリームキャラメルだ。好きだろう?」
「!」
レネは息を呑んで、潤んだ瞳をグレイに向けた。
「どうして、知って……。ま、まさか、お、お、思い出し……」
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