プロピュライア祖父が創造主の異世界でとりあえず短期留学希望

神谷将人

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第二十三章 海辺での争奪戦(ルーカス/ミランダルート)

242.救援派兵準備

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 ――パタン


(廊下側から丁寧にドアを閉じたその瞬間、背後に人の気配が。

 部屋を出た際、廊下には誰も居なかったはず。

 しかし今。背後には間違い無く誰か……いる。

 特に殺気は感じない。

 ただ、静かに自分を見つめている様な感覚。

 こんな事が出来るのは、エレトリア広し、と言えど、自分の知る限りは、たった一人だけ……)


「ふぅぅぅ。イリニ家政婦長もお人が悪い。戦士の背後に、無言で立つのは止めて頂きたいものですな」


 彼は振り向きもせずに、そう語り始める。


「……大変失礼致しました、アエティオス閣下。何卒ご容赦下さいませ。マロネイア様より人払いを、との指示で御座いましたので、私もこちらで待機していた次第にございます」


 おもむろに振り返ると、そこには見慣れたメイド服に身を包む、妙齢みょうれいの女性が一人。

 彼女はただ静かに、彼に向かってそのこうべれ続けていた。


(たわけた事を……)


 彼の中では舌打ちしたい、と言う気持ちが、わずかながらではあるが、込み上げて来る。

 しかし、それはそれで、大人げない。

 彼女自身、その能力の一端を披露ひろうする事で、彼に対してマウントポジションを取りたかったのだろう。

 そんな彼女の思惑や意図も、何となく……ではあるが、理解できるアエティオスである。


(まぁ、これが一流の剣士と言うヤツか。覚えておこう……)


 気を取り直した彼は、笑顔で話しを続ける事に。


「なんの、なんの。お役目と言う事であれば、致し方ございませぬな。あぁ、そう言えば、が見つかったとか?」


「はい、ようやく。潜伏先せんぷくさきを見つけたよしにございます。また、に際してもご尽力いただけると聞き及びました。何とお礼を申し上げて良いやら……」


「いやいや、お気になさりませぬよう。たまたま、私が遠征前と言う事で時間があっただけで御座いますよ。それに、今はアゲロス様襲撃の一件で、守衛兵達を動かす訳にも行かないはず。この様なは、将官末席わたしの仕事でございましょう」


 多少嫌みを含んだ言い回しではあるが、これは彼なりの気遣いとも受け取れる。


「ご面倒をお掛けして、大変申し訳ございません」


 イリニにしてみれば、彼など、いけ好かない、成り上がりの青年将校風情せいねんしょうこうふぜいにすぎない。

 そして、そんな若造わかぞうに対し、彼女が頭を下げると言うのは、非常に不本意な事だと言えるだろう。

 しかし、今回の件に限って言えば、自分に落ち度があり、本当に助かっている……と言うのが本音なのかもしれない。

 何しろ、普段通りの様にも見える彼女の無愛想な表情の中には、少しの照れと戸惑いの感情が見受けられるのだ。


「後ほど北門の方に、何名か集合させます故、ご自由にお使い頂きたい。それでは、小官はこれにて」


 彼はきびすを返すと、未だ深々とお辞儀をするイリニを残し、『控えの間』がある方へと歩き始めた。

 何しろ、明日の夜、遅くとも明後日の朝までには出立しなければいけないのである。

 こんな所で油を売っている暇はない。

 急ぎ足に廊下を進み、控えの間目的の場所近くへ差し掛かると、扉の前には既に二人の兵士がたむろしていた。


「遅かったですね。出撃ですか?」 

 
「うむ。時間が無い。歩きながら話す」


 兵士二人はお互いうなずき合った後、彼を挟み込む様にして共に歩き始めた。


出撃する出る。場所はリヴァディア領。出発は明日の日没から深夜に掛けて。兵にはエレトリア東門出口に集合する様伝えよ」


「「はっ」」


「今回は救援派兵である。場所も帝国内であるから、糧食は各自三日分を携行。また、作戦は我が大隊コホルスの単独行動となる」


 ――ピュ~。


 先刻アエティオスに話し掛けて来た兵士が、喜色満面の笑みを浮かべながら口笛を吹く。

 エレトリアでは非常に珍しい、燃える様な赤い髪と、グリーンの瞳を持つこの青年。

 恐らく北方大陸でもかなり北の方、ラフォスやベルヘルム人の血を濃く受け継いでいるのであろう。

 しかも、そんな身体的な特徴すらかすむほど、人懐ひとなつっこい人柄ひとがらに、甘いマスク。

 エレトリアで一番の花街はなまちであるデルフィ特区の女性達の間では、赤髪のジゴロとして、特に有名な存在であった。


「コラッ、アトラス。アゲロス様のお屋敷で口笛なぞ吹くな。行儀の悪いっ!」


「何言ってるんだ、セルジオス。俺達初の単独作戦だぜ? こんな嬉しい話が他にあるか? ってんだ。お前だって、頭の固い将軍じじぃ所為せいでいつも苦労してるって、言ってたじゃないか」


「ばばば、バカを言うな。俺がいつそんな事を言った? と言うか、お前ちょっと声が大きいぞ。とにかく、場所をわきまえろって話だ」


 そんな二人の言い争いに、あきれた表情を浮かべつつも、アエティオスは更に話を続ける。


「敵はベルガモンとラタニア人の混成部隊こんせいぶたい三千だ。リヴァディア伯は早々に籠城戦を決め込まれたらしい」


「准将、ヤツら、今年は嫌に早いお越しですなぁ」


 アエティオスからもたらされた情報に、いぶかし気な表情を浮かべるこの青年。

 少しクセのある栗色の髪とアイスブルーの瞳、細面ほそおもてで、かつ理知的な顔立ちを持つ彼は、一見華奢きゃしゃでひ弱な印象を受けてしまう。

 しかしこの男。実際は横にならぶアトラスよりも拳一つ分身長は高く、実戦においては全長二メートルを優に超える戦斧バトルアックスを振り回す、完全な武闘派であった。


「うむ。リヴァディア領より以東の地域は、今年は干ばつによる不作が深刻らしい。恐らく食えなくなったベルガモンのヤツらが、ラタニア人をけし掛けて来たんだろう」


「なるほど、その可能性は高い様に思われますな。しかし、蛮族ばんぞくとは言え敵は三千。我が大隊コホルスだけで太刀打たちうちできましょうや?」


 するとここで、その話を聞いていたアトラスが余計な口を挟む。


「なんだお前、『殲滅せんめつ』の二つ名を持つ戦士のくせに、もう怖気おじけづいたのか? そんな事だから、女にモテないんだぞぉ」


「なっ、何を言うんだアトラス。聞き捨てならん。聞き捨てならんぞ、その言葉。俺はアエティオス大隊一番隊長、殲滅せんめつのセルジオスだ。百人隊長ケントゥリオの名にけて言っておかねばならん。いいかぁ良ぉぉく聞いておけっ! 俺は女にモテるっ! 確かにお前にはわずかには及ばないかもしれないが、かなりモテる方に違いないっ!」


 残念ながら百人隊長ケントゥリオの名にけて良いのは、では無い様に思われる……。


「あぁ、よせよせ、アトラス。今回はお前が悪いぞ。セルジオスは確かに、はモテるからな。後で謝っておけよ」


「ちぇっ、へーい」


 少し不貞腐ふてくされた様子のアトラス。

 そうは言ってもアエティオス。君も指摘する場所が間違っていると思うぞ……。


「まぁ、セルジオスの心配も分からない訳では無い。確かにリヴァディア伯の動員兵数はおよそ一千。それに、我が大隊コホルスは、拡張された独立大隊とは言え、実践兵士はおよそ六百強。この兵数では、ようやく敵の半分に届いたにすぎん。しかし、考えてもみよ。我らは帝国における正規軍である。何を蛮族ごとき、恐れる必要があろうかっ」


 拳を握りしめ、熱く語り始めてはみたものの、なぜか彼の顔は半笑いの状態だ。


「ははぁ、准将閣下。どうやら、何か別の思惑おもわくがお有りでございますな?」


「ふっ、その話は行軍の最中においおいとな。それでは早速準備を始めてくれ。それから、新しく加わった十人隊コントゥベルニウムを一晩イリニ家政婦長に貸し与える。急ぎ北門前の広場に集合させておけ」


「「はっ、承知致しました」」


 一斉に唱和する二人。

 しかし、ここでアトラスがまたもや、余計な口を挟む。


「だけど、准将。それだと、徹夜明けからいきなり戦闘行軍になるけど……」


「なんだアトラス。お前がそんなヤワな事を言うとは思わなかったぞ。構わん。戦闘は既に始まっておる。遅れる様なヤツは、我が軍には不要だ。打ち捨てて行けっ」


「「はっ、御意に」」


 この言葉を切っ掛けに、二人は飛ぶ様に駐屯地の方へと駆け出して行った。

 その様子を目を細めて見守るアエティオス。


「それでは、私も準備を急がねばな……」


 そう一言つぶやくと、彼は駐屯地の方とは全く逆の方向へと足を向けたのだった。


 ◆◇◆◇◆◇


「あれ? セルジオス。准将は一緒じゃ無かったの?」


 それは、多少幼さは残るものの、繊細な印象を与える澄んだ女性の声。


「あぁテオドラか。私達の方が先に帰って来ただけさ。もうじき到着されると思うよ」


 その会話を横で聞いていたアトラス。彼は、三度みたび余計な口を挟む。


「いや、セルジオス。さっき別れた後で俺がちょっと振り向いたら、准将ってば、そのままエレトリアの街の方へ歩いて行ったみたいだったぞぉ?」


「……」


「あぁ、いやっ、聞いてくれ、テオドラ。准将は、そのぉ……あぁ、きっと忘れものをされたんだよ。あぁ、きっとそうさ、そうに違いない。でないと、こんなに遅い訳は無いものな。なぁ、アトラス。そうだろ、そうだよな、アトラス」


「いやぁ、あれは絶対に、エレトリアの街に繰り出した感じだったぞぉ。って言うか、東門の方に行くって事は、それ以外無いんじゃ……んがんぐっ」


 いつの間にか、アトラスの背後に回ったセルジオス。

 彼がまだしゃべっているにも関わらず、その太い腕でヘッドロックをめてしまう。


「たはっ、たはははは。テオドラ? コイツの言う事なんて、全く気にしなくて良いよ。あぁ、全然気にしなくて大丈夫さ。本当だよ。本当だからさぁ……って、テオドラ、ねぇ、どこ行くの? ねぇ、テオドラ~ァ!」


 彼の呼びかけにも応じず、彼女テオドラはエレトリアの街の方へと走り去って行った。
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