お嬢様と少年執事は死を招く

リオール

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第五話 浮気男

8、

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 頭の中が真っ白になる中で、克彦の葬儀は行われた。

 火葬場へと出棺して行くのを黙って見送る私。涙は無い。

「早苗、大丈夫?」

 そんな私の様子が気になるのか、佳奈が心配そうに聞いてきた。「大丈夫よ」と私は簡潔に答える。

 佳奈もまた、私と同じ方向──克彦の棺が去って行った方角を見やる。

「酷い男だったね」
「そうだね」
「あんなに女が居たなんて……」

 そう。
 克彦の葬儀は参列者は多くは無かった。だがニュースを見て押しかけた女性達が……克彦と関係をもった女性達が押し寄せてきたのだ。

 かなりの額のお金を貸してたと、親族に返金を求める女性。
 騙してたのね!と棺の中の克彦に向けて泣き喚く女性。

 猟奇殺人の被害者の葬儀ということで居合わせた記者たちは、それを面白そうに写真や動画を撮っていたっけ。

 私はというと、その騒動を遠く離れた場所で見ていただけだ。
 だって私は全て知ってたから。今更何も言うことは無い。

 そうしたひと悶着もあったが、出棺してしまえば、誰もが潮が引いたように居なくなった。

 みんなどうするのかは分からないが、私はこれで終わる事とする。もう、克彦の事を思い出すことも無いだろう。

 清々しい気持ちでいたのに。そうで在りたいのに、佳奈の存在がどうにも私の心をモヤモヤさせた。

 他の女性は、まあいい。普通に克彦と出会って惹かれただけのこと。私の存在どころか、他に女が居る事を知らなかった人たちばかりだ。どうでもいい。

 だが佳奈は。
 私の恋人と知りながら、克彦に手を出した佳奈の存在は……きっとこれからも私の心に引っかかることだろう。

 だから縁を切る事にした。今日でお別れ。
 お別れなのだから。
 ちょっとくらい意地悪を言ってもいいのかもしれない。

 私の中のモヤモヤした部分がそう呟く。
 そして私は佳奈を見やった。

「驚いたでしょ、克彦がたくさんの女性と関係もってて」
「え?う、うんまあそりゃね。早苗という彼女が有りながら……」
「それだけ魅力ある人だったって事なんでしょ」
「そう~?そんなにいい男だったかなあ……」
「あらよく言うわね。佳奈だって克彦とラブホ行ってたくせに」

 どの口が言うのかと呆れて、私はズバッと言ってやった。

「他の女性達は、克彦に他の女が居るとは知らなかったみたいだけど。佳奈、あなたは当然違うでしょ?」

 だって克彦を紹介したのは私なのだから。
 彼氏だよって、そう、紹介したものね。
 そろそろ結婚するかもって伝えたよね。

 私の言葉に、佳奈の目が大きく見開かれた。血の気が引いて行く。

「──な、何言って……」
「知ってるよ。一緒にラブホ入ってくの、偶然見たから」

 顔色が一気に悪くなる佳奈を見て、私の心はどんどん意地悪になっていくのを感じた。

 本当はここで止めなきゃいけない。
 止めるべきなんだ。

 私の脳裏に、とある少年の言葉が蘇る。

(誰にも言っちゃ駄目ですよ)

 少年は言っていた。どのタイミングで言われたのか……夢の中で言われたような、現実のような。分からないけれど、少年は確かに言ったのだ。

(お嬢様と僕の事は、けして誰にも言っては駄目です。これは契約、取引、約束。あなたの望み……貴女の恋人に死を。その代わり、僕らのことは絶対に内緒ですから)

 少年はそう言って、ニッコリと微笑んだ。

(もしも約束を破って誰かに言ってしまったら……)

 その時は──

 その時は──何だっけ?どうなるのか、そこが思い出せない。

 聞いたときは別にどうでもいいと思った。誰にも言うつもりも無かったし、言ったところで誰も信じない。むしろ私が怪しまれるだけだ。

 だから、言うつもりは無かったのに──

 一人くらいなら……佳奈もまた関係者なのだから。ボカして言えば、いいよね?

 そう思ってしまった。己の過ちを気付くことなく、私はそれを口にした。

「私ね、お願いしたの。とある二人に克彦を殺してって。そしたら叶えてくれたのよ」
「なんのこと?」
「信じなくてもいいわ。別に信じて欲しいわけじゃないもの」

 でもね。

「佳奈、貴女も同罪よ。恨みは同じくらい深い」

 せいぜい気を付けることね。

「いつか貴女の事も、殺してってお願いしちゃうかもしれない。あの二人に」
「ひ────!!」

 きっと私はとてつもなく冷たい笑みを浮かべていたのだろう。
 蒼白な顔で佳奈が後ずさった。

 ああ、愉快ね愉快。とても気分がいいわ!
 縁を切るのはやめておこうかな。これからも呪い殺してやるって、ずっと言い続けてやるのもいいかもしれない。

 そう思って佳奈に近付こうとしたその瞬間。

「あ~あ、言っちゃった」

 声と共に、世界が暗転する。



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