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第六話 少女と狼犬
1、
しおりを挟む夢を見た。
眠る事のない私が。
眠りを許されなくなった私が。
それは本当に夢なのか分からない。
夢だと思ったけれど夢では無いのかもしれない。
夢であって夢でない。
あれは記憶だ。かつて私が過ごした日々の、記憶。
私が犯した罪。
罪は等しく罰せられなければならない。
罰を受けたなら、私の願いは叶うのだろうか。
約束が果たせたら、愛しいあの子は喜んでくれるだろうか。
過去を見せる夢は。
けして私に未来を見せてはくれない──
※ ※ ※
ザアア……と激しい雨が降りしきる中、私は命じられた買い物を早く終わらせるべく、足早に帰路を急いだ。
傘は無い。当然持ち物は濡れてしまう。
だがもし少しでも濡らそうものなら、きっとお父様はお怒りになるだろう。だから私は懐にしっかりと荷を抱えこんで急ぐのだった。
早く。早く帰らなければ。
そうしないと、お父様に怒られる。またご飯抜きにされてしまう。
お腹はひもじくて、限界だった。走る体力なんて、本当はもうどこにも無かった。
だけど命令を断る権利は私にはない。それをけして許してくれる人では無いから。
そうして、ようやくの事で家に着いた。
バシッ!!
乾いた音が部屋に響く。お父様が私を殴る音だ。
驚くほど体重の軽い私は簡単に吹き飛んで、床に倒れ込んだ。
「この馬鹿者め!大事な本を濡らすとは何事だ!!」
こんな大雨の中、傘も持たせずに買い物に行かせた時点で、これは想定内の結果だったのだろう。
激高して顔を真っ赤にするお父様。床に這いつくばる私。それをニヤニヤという表現がピッタリの笑顔で見つめるのは……真里亜(まりあ)。私のお姉様。
「本当に使えない子ね。本一冊まともに買いに行けないなんて」
この大雨の中、退屈だからと父に本をねだった姉。
私に買いに行かせてと言った姉。
そして当然の結末に、笑いが止まらない姉。
紛れもない、同じ血をもった姉の言葉に、私の体は震えた。
「申し訳ありません、お父様、お姉様」
畳の床に額をこすりつけて、土下座して謝罪するのは、もういつもの事となった。
「申し訳──うぶっ!!」
「黙りなさい、虫けらが」
そんな私の頭を姉が踏みつけた。
私は鼻は勿論のこと、顔全体が畳に押し付けられて痛みで涙を浮かべた。だが、姉の力は弱まる事はなかった。
洋服の装いが増えてきた世の中で、良家のお嬢様である姉は、とても美しい着物を着ていた。そして履き心地の良い足袋。その感触を感じながら、私はひたすら
「申し訳ありません、申し訳ありません……」
顔をつぶされながらも謝罪する事しか出来なかった。
しばらくして溜め息が聞こえ、ようやく姉の足が退く。だが私は勝手に頭を上げる事は許されない。ただ黙って床に這いつくばって次の言葉を待つのみだ。
「まったく……出来損ないの屑とは貴女のことね。妹だなんて思いたくもない」
姉の言葉が私の胸をえぐる。
痛みに慣れたはずだというのに、それでも顔が苦しみで歪んでしまった。
そんな私への興味が無くなった姉は、そのまま部屋を後にする。
「罰として今夜の食事は抜きよ。よく反省なさい」
部屋を出る際に残酷な一言を残して。
「そんな──!!」
あんまりです!
そう反論しようとして顔を上げた私は、即座に父にぶたれる事となった。
クスクス笑う姉。
「ほんと、馬鹿な子ね」
意識が薄らぐ私の耳に、かすかに姉の声が聞こえる。
「お前はそうやって床に這いつくばるのがお似合いよ──里亜奈(りあな)」
「お、ねえ、さま……」
途切れ途切れの呼びかけに応えることも無く、姉は去って行った。
残された私は──
「この出来損ないが!我が家の恥め!」
「痛い痛い痛い!やめてお父様!どうかもう……!」
「黙れ!口答えするか!」
どれだけ止めてと言っても。懇願しても。
父の暴力はやむことはなく。
私が意識を失うまで、それは続くのだった。
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