お嬢様と少年執事は死を招く

リオール

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第六話 少女と狼犬

8、

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「お嬢さんの望みは何かな?」

 そんな私の警戒心などものともせず──気にする程度でもないと思われてるのだろう──男は軽く肩を竦めてそう言った。

「望み?」

 突然何を言ってるのだろう、この男は。意図が計り知れない状況で、私の言葉は少ない。

 それに男はフッと笑った。

「望みは望みだよ。キミの望み。その人形のように美しくなりたい?それとも美味しい物を食べたい?この家を出たい?愛されたい?ああ、それよりも……」

 そこで男は一旦言葉を切った。
 唇がニヤリと歪む。

「父と姉を殺したい、かな?」
「────!!」

 ドクンと心臓が激しく鼓動するのが分かった。
 何を言ってるのだ、この男は?

 父を殺したい?
 姉を殺したい?

 それを想像した瞬間……また心臓がうるさく鳴り出した。

 違う。

「違う」

 私は言葉を出して言う。

 そう、違う。

 死んで欲しいなんてそんなこと──

「お父様とお姉様を殺したいだなんて……死ねばいいなんて、そんなこと……」
「考えた事もないと?本当に?一度も?」

 詰め寄るような口調に、私はただただ首を振る。体が小刻みに震えてる事を内心叱咤しながら。

 それは駄目だ。それは【認めてはいけない】ことだ。
 認めてしまったら……。

 落ちる沈黙。
 ややあって、男はフッと息をもらした。

「別に他の望みでもいいんだよ。ほら、キミあまり可愛くないしガリガリでしょ?だからさっきも言ったように人形のように綺麗になりたいとか、お腹いっぱいご飯食べたいとか。あるでしょ、望み?」
「か……」

 可愛くないとかガリガリとか。
 気にしてる事をズケズケ言う男に、流石に言葉を失ってしまった。

「おっと失礼。つい本音が出てしまったね」

 失礼と全く思ってないようなセリフを更に言って、男はまたもクククと笑う。
 私に出来るのは黙る事だけ。男から逃げたくとも、扉は男の横を通らねば辿り着けない。かと言って窓から出ようにもここは二階だ。飛び降りたら死なずとも骨くらいは折れるだろう。……いや、この貧弱な体では死ぬ事だってあり得るかもしれない。

 どうしようと戸惑っていると、スッと男が近づいてきた。

「まあ本当の望みは後でもいいさ。それよりも……」

 大股に近づく男はあっという間に私の目の前に。
 スッと伸ばされる手に思わず体が強張ったが、男の手は私の横を通り過ぎた。

 その手は私の背後へと。
 人形へと伸ばされた事に気付いて慌てて振り向いた。

「この子、触ってみたかったんでしょ?」

 振り向いた私の鼻先にズイと差し出されるそれ。
 思わず私はそれを受け取ってしまった。
 駄目と言われたそれを、私は手に取って……

 その肌触りの良さに、思わず呆けてしまった。

 私のボロボロの服よりよっぽど上質の服。ウェーブがかってるのに指通りの良い髪。けれどやはり人形であることを実感させる固い肌。

 私が見とれていた人形は、今私の手の中にあった。

「あ……」

 思わず呟く。そして脳裏に声が響いた。自身の心の声が。

(いけない、早く戻さないと……お姉様にバレたらまた怒られてしまう。殴られてしまう。下手すればお父様にも──!)

 焦る心。
 だがそれとは裏腹に、私の手はその人形を戻すことを拒んだ。どうしても体が動いてはくれなかった。

 私だって10歳の女の子。人形に憧れもする。元からほとんど持ってはいなかったそれは、今や皆無。なのにお姉様の部屋にはこんなにも……

「可愛いお人形……」

 こんなに可愛いお人形を、姉は独り占めしてるんだ。
 無くしたはずの……忘れたはずの嫉妬と羨望がもたげたのはその瞬間。人形という夢の存在を腕に抱いてしまった瞬間に、それは出てきてしまった。

 そんな私を見て、見えない表情なのにどこか満足げに男は頷くのだった。

「可愛い人形は女子の憧れだよねえ」
「……」

 なんとなく同意したくなくて私は答えなかった。だが男は返事など期待してないのだろう。一人で話し続ける。

「特にこの人形。キミは知らないだろうけど、とても高名な人形師の手によるものなんだよ。その金額も目を瞠るものと聞いたことあるし」
「──そうなんだ」

 ならば尚更早く戻さねばならない。だというのに、まるで手にくっついてしまったかのように、離れることは……離そうとは思えなかった。それほどにこの人形は魅力的だったのだ。

「こういう可愛い人形のようになりたいと女の子は思うものなんだろうな。確かに本当に可愛らしい。──キミの姉よりも、ね」

 その言葉にドキッとした。
 だが実は私も内心そう思っていたのだ。

 姉は日本人形のように可愛らしい。それは私も認めている。

 ここにあるどの日本人形も敵わないくらいに。可愛い姉は、きっともうすぐ【美しい】に変わることだろう。

 けれど今手にある西洋人形。金髪で青い目をしたお人形。

 きっとこの子が人間だったならば……姉すらも敵わないくらいに美しい少女となるだろう。それは確信。

 想像しただけだというのに、現実では無いというのに、その美を羨ましく思ってしまった。

 ああ、いいな……綺麗な金色の髪。空のような澄み切った青い瞳。

 ああ、いいなあ……

 そう思った。心から思った。

 だから言ってしまったのだ。本当に何気なく。思った事が言葉として出てしまった。

「私も、この人形のようになりたい……」




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