お嬢様と少年執事は死を招く

リオール

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第六話 少女と狼犬

9、

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「なれると言ったらどうする?」

 まるで私のその言葉を待っていたかのように、即座に男が問うてきた。

 何を言ってるのだと一笑に付すべきなのだろう。だがこの時の私はどうかしていたのかもしれない。

 男の奇妙な雰囲気と。
 全てを見透かすような人形の青い目を見た私は。
 だから何も考えずに、ポロっと言ってしまったのかもしれない……。

「なりたい」

 その瞬間。

「きゃあ!?」

 とてつもない風が部屋を通り過ぎた!目を開けることもできない!

 息も出来ぬ程の風の中。ビュウビュウと風の音が激しい中で、けれどハッキリとその声は私の耳に届く。

「契約は為された」
「──え!?」

 不意に、風はやんだ。
 おそるおそる目を開いた私は、驚愕に目を瞠るのだった。

 男が居ないという事にも驚いたが。
 それよりも──あんな酷い強風だったというのに、部屋は何の変化も無かったのだ。

 紙や小物が落ちることも無く。
 何も揺れる事もない。

 ただ、最初と同じ部屋がそこにあったのだった──

 呆然と部屋に佇む私。

「何をしているの!?」

 絶望を告げる声が響き渡ったのは、その時だった。

「お姉様!?」
「忘れ物を取りに戻ったら……一体何をしてるの!?」

 そこには美しい顔を般若のごとく怒りに歪めた姉。
 私は恐怖でその場を動く事が出来なかった。

「何をしてるのかと聞いてるのよ!その手の物は何!?」
「あ……あ……も、申し訳……」

 ありません。
 その言葉は最後まで発せられる事は無かった。
 走り寄った姉が思い切り私の頬を……殴ったから。

 嫌な音が部屋に響いた。ややあって口の中に広がる血の味。口の中が切れたのだ。
 だが姉は容赦しなかった。更に一発二発と何度も私の顔を殴る。

 それでも怒りは収まらない様子だった。

「触るなと言ったのに!どうしてそんな簡単な言いつけも守れないの!?お前はどこまで……!!」
「申し訳ありません、お姉様!ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「黙れ!!」

 謝罪の言葉すらも姉の怒りに油を注ぐだけとなり。
 姉は、倒れ込み意識が朦朧とする私を、延々と殴り蹴り続けた。手が痛くなってきたのか、しまいには暖炉の側に置かれた火かき棒で殴る。

 それでも私は。
 人形を手放す事は、しなかった。




「はあ、はあ……ああイライラする!お前にはもうウンザリだわ!」

 殴り疲れた姉の声が聞こえる。
 私の体はもうボロボロだった。服は雑巾のようになり、体からは血がとめどなく流れた。おそらく骨も折れている。

 手の中の人形は……そっとその感触を確かめるも、どうやらそれもボロボロになってしまってるようだった。
 姉にとって大事なはずのそれは、姉によってボロボロに壊されていた。

 悲しくて……ポロポロと私の頬を涙が伝う。血と混じった赤い涙が、流れては床を濡らした。

「ごめん、ごめんね……」

 壊れて手足がもげてしまった人形。
 顔も棒が当たってしまったのか、割れている。
 それでもまだその瞳は私を見つめているのだ。

 それが切なくて、思わず私は人形に謝罪する。それもまた姉の怒りの元となるだけというのに。

「はあ!?お前なに人形なんかに謝ってるのよ!?そもそもそれは私の人形よ!どうしようと私の勝手よ!」

 その言葉と共に伸ばされる手が、私の視界に入った。
 奪われる!
 そう思った瞬間、私はバッと自身の体を丸めて人形を抱え込んだのだ。

「な──!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 それは姉に向けてなのか人形に向けてなのか。
 分からぬままに、私は謝り続けた。戸惑う姉の視線を感じながら、ただひたすらに……。

 けれどそのままを姉は許さない。グイと肩を引っ張られる。

「──!!」

 激痛に声ならぬ悲鳴が上がる。必死にこらえようとするも、非力な私では姉に敵うはずもなかった。

「返せ!」
「あ──!!」

 そうして奪い返される人形。ボロボロの人形。
 必死で伸ばす手をバシッとまた叩かれた。痛みに顔を歪めるも、それでも私は必死に手を伸ばす。

「やめて、返して!私のお人形、私の──」
「──!!これは私のよ!!」

 言って姉はまた棒を振り上げて私を殴った。それでも怯まない私に、姉はいよいよ血相変えて……

「この……!もういい!お前なんて死んでしまえ!!」

 言葉と同時。
 私の眼前には血眼で棒を振り下ろす姉。私の頭目掛けて力いっぱい振り下ろそうとする姉が映った。

 そしてその左手に掴まれた人形。

 ポトリと。

 千切れかけていた足が、落ちた──




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