39 / 64
第六話 少女と狼犬
9、
しおりを挟む「なれると言ったらどうする?」
まるで私のその言葉を待っていたかのように、即座に男が問うてきた。
何を言ってるのだと一笑に付すべきなのだろう。だがこの時の私はどうかしていたのかもしれない。
男の奇妙な雰囲気と。
全てを見透かすような人形の青い目を見た私は。
だから何も考えずに、ポロっと言ってしまったのかもしれない……。
「なりたい」
その瞬間。
「きゃあ!?」
とてつもない風が部屋を通り過ぎた!目を開けることもできない!
息も出来ぬ程の風の中。ビュウビュウと風の音が激しい中で、けれどハッキリとその声は私の耳に届く。
「契約は為された」
「──え!?」
不意に、風はやんだ。
おそるおそる目を開いた私は、驚愕に目を瞠るのだった。
男が居ないという事にも驚いたが。
それよりも──あんな酷い強風だったというのに、部屋は何の変化も無かったのだ。
紙や小物が落ちることも無く。
何も揺れる事もない。
ただ、最初と同じ部屋がそこにあったのだった──
呆然と部屋に佇む私。
「何をしているの!?」
絶望を告げる声が響き渡ったのは、その時だった。
「お姉様!?」
「忘れ物を取りに戻ったら……一体何をしてるの!?」
そこには美しい顔を般若のごとく怒りに歪めた姉。
私は恐怖でその場を動く事が出来なかった。
「何をしてるのかと聞いてるのよ!その手の物は何!?」
「あ……あ……も、申し訳……」
ありません。
その言葉は最後まで発せられる事は無かった。
走り寄った姉が思い切り私の頬を……殴ったから。
嫌な音が部屋に響いた。ややあって口の中に広がる血の味。口の中が切れたのだ。
だが姉は容赦しなかった。更に一発二発と何度も私の顔を殴る。
それでも怒りは収まらない様子だった。
「触るなと言ったのに!どうしてそんな簡単な言いつけも守れないの!?お前はどこまで……!!」
「申し訳ありません、お姉様!ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「黙れ!!」
謝罪の言葉すらも姉の怒りに油を注ぐだけとなり。
姉は、倒れ込み意識が朦朧とする私を、延々と殴り蹴り続けた。手が痛くなってきたのか、しまいには暖炉の側に置かれた火かき棒で殴る。
それでも私は。
人形を手放す事は、しなかった。
「はあ、はあ……ああイライラする!お前にはもうウンザリだわ!」
殴り疲れた姉の声が聞こえる。
私の体はもうボロボロだった。服は雑巾のようになり、体からは血がとめどなく流れた。おそらく骨も折れている。
手の中の人形は……そっとその感触を確かめるも、どうやらそれもボロボロになってしまってるようだった。
姉にとって大事なはずのそれは、姉によってボロボロに壊されていた。
悲しくて……ポロポロと私の頬を涙が伝う。血と混じった赤い涙が、流れては床を濡らした。
「ごめん、ごめんね……」
壊れて手足がもげてしまった人形。
顔も棒が当たってしまったのか、割れている。
それでもまだその瞳は私を見つめているのだ。
それが切なくて、思わず私は人形に謝罪する。それもまた姉の怒りの元となるだけというのに。
「はあ!?お前なに人形なんかに謝ってるのよ!?そもそもそれは私の人形よ!どうしようと私の勝手よ!」
その言葉と共に伸ばされる手が、私の視界に入った。
奪われる!
そう思った瞬間、私はバッと自身の体を丸めて人形を抱え込んだのだ。
「な──!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
それは姉に向けてなのか人形に向けてなのか。
分からぬままに、私は謝り続けた。戸惑う姉の視線を感じながら、ただひたすらに……。
けれどそのままを姉は許さない。グイと肩を引っ張られる。
「──!!」
激痛に声ならぬ悲鳴が上がる。必死にこらえようとするも、非力な私では姉に敵うはずもなかった。
「返せ!」
「あ──!!」
そうして奪い返される人形。ボロボロの人形。
必死で伸ばす手をバシッとまた叩かれた。痛みに顔を歪めるも、それでも私は必死に手を伸ばす。
「やめて、返して!私のお人形、私の──」
「──!!これは私のよ!!」
言って姉はまた棒を振り上げて私を殴った。それでも怯まない私に、姉はいよいよ血相変えて……
「この……!もういい!お前なんて死んでしまえ!!」
言葉と同時。
私の眼前には血眼で棒を振り下ろす姉。私の頭目掛けて力いっぱい振り下ろそうとする姉が映った。
そしてその左手に掴まれた人形。
ポトリと。
千切れかけていた足が、落ちた──
1
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる