お嬢様と少年執事は死を招く

リオール

文字の大きさ
42 / 64
第六話 少女と狼犬

12、

しおりを挟む
 
 
「これが、私……?」

 呟けば、鏡の中の少女の口も動く。
 ペタペタと自分の顔を触ってみる。鏡の中の少女もまた同じ動きをしていた。
 絹のようになめらかな肌、パッチリとした瞳に整った鼻に可愛らしいふくらみを持った唇。

 それは、紛れもなく、私、だった。
 私の姿だった……。

「どうして?どうしてこんな事に……!」

 ここで一気に混乱が押し寄せる。
 ペタペタと顔を体を触る。

 これは、この顔は、このドレスは……まるで、まるで……あの人形そのものではないか!

 そう、あの人形がもし人間だったら。そう思い描いた人間像が目の前にあるのだ。私の顔として姿としてあるのだ!

「いやあ!!」

 自身の姿が変化した事への恐怖に耐え切れず、たまらず叫んだ。その耳に、声が届いたのは直後のこと。

「お前が望んだのだろう?」
「──!!」

 振り返るも、そこにあの男は居ない。でも確信できる。
 これはあの男の仕業だということが。死を目前に男と交わした会話。あれが現実のものと──

「誰か!誰か居ないの!?」

 その時だった。
 ようやく体を動かす事が出来たのか、姉が廊下に向かって叫ぶのだった。

「誰か!誰でもいいから早く来なさい!化け物よ!化け物がここに居るわ──!!」
「真里亜お嬢様!?」

 姉の呼ぶ声に応じた使用人が何人か、ドタドタと走ってくるのが聞こえる。
 ドクンドクンと私の心臓は激しく鼓動するのだった。

 逃げなければいけない。

 本能が告げる。
 でもどこに?扉は姉が陣取ってるし、すぐにでも使用人たちが血相変えてやってくる事だろう。
 動けずにいる私の目に、何人かの男が部屋に入って来るのが映った。もう、逃げられない──!!

「大丈夫ですか、お嬢様!賊ですか!?」
「化け物よ!そこに化け物が居るわ!」
「化け物──?」

 男たちが驚いて、私の顔を見た。すぐに広がる戸惑い。その意味は私も理解できる。
 どこから入って来たのか。誰なのか。
 謎ではあるだろうが、私はどう見ても普通の子供だった。ただし、こんな場所に居るはずもない異国の人間──そう、見える事だろう。

 だから男たちは動けず、戸惑ったように姉と私を交互に見やるのだった。

「お、お嬢様……?」
「それは里亜奈よ!里亜奈なのよ!確かに里亜奈で、里亜奈は死にかけで……なのに里亜奈はそいつになって、里亜奈が……!」

 狂ったように私の名前を連呼する姉。その姉の言葉にただ戸惑い続ける男達。

 違う。
 いや、違わない。
 確かに外見は変わってしまったけれど。
 私は確かに里亜奈で、中身は何も変わってないの。変わってないのよ。

 それを分かってほしくて、私は一歩前に出た。同時に男たちが一歩後ずさった。

「お姉様……」
「ひ──!!」

 呼べば、姉が引きつった声を出して、男達の後ろに隠れる。

「違うんです、私は確かに里亜奈で……姿は変わってしまったけれど、姿以外は何も変わらない……私は、私は……」
「そんな──!!本当に里亜奈お嬢さんなのか!?」

 驚いた様子で問いかける男に頷き返したその瞬間。

 頭に衝撃が走った。

 男が私を殴ったのだ。

 床に倒れ込む私。
 それを冷たい目で見降ろしながら、恐ろしい物でも見るような目で男は言う。

「なんてこった……まるで別人じゃないか!」
「おい、本当に里亜奈様なのか?」
「本人がそう言ってるだろ!?」

 男たちが不安そうに言い合ってるうちに、私は静かに立ち上がった。

「ひい!!」

 これは男の声。
 いかつい体をしてるというのに、なんて情けない声を出すの。

 殴られたからだろうか。私は言い知れぬ変化を感じ始めていた。これはなんだろう?気分が高ぶっている?

 不思議な高揚感が私を包む。

 いつもいつも虐げられていたというのに。
 泣いてばかりだったのに。抵抗できずやられてばかりたったのに。
 どうしてか、今なら何でもできる気がした。

 一歩、近づく。

「ひ!来るな!」

ガッ!!

 鈍い音を立てて男が私を殴った。
 けれど私は歩みを止めない。

 更に一歩。
 男がまた一発殴って後ずさる。

 私はよろけることも無く、一歩前へ。
 また一歩。

 そして男はもう目の前に。
 身長差があるから私がかなり見上げる事になるのだけど。

 私は青い目を光らせて、その男を見上げるのだった。

 恐怖の目が私を射抜く。それが何だか気に入らない。見下ろされてるのが気に入らない。
 だから。

 だから、私は蹴った。男の足を。

 ボキリと嫌な音が響き、男は悲鳴を上げて床に蹲るのだった。それを見た瞬間の爽快感と言ったら……!

 ああ、ああ
 ──楽しい!
 心地よい。
 もっとよ、もっと……!

 その悲鳴を聞きたいわ。

 私は望むものを手に入れるべく、手を伸ばすのだった……。




 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール
ホラー
愛しています愛しています 私はあなたを愛しています 恨みます呪います憎みます 私は あなたを 許さない

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...