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第六話 少女と狼犬
12、
しおりを挟む「これが、私……?」
呟けば、鏡の中の少女の口も動く。
ペタペタと自分の顔を触ってみる。鏡の中の少女もまた同じ動きをしていた。
絹のようになめらかな肌、パッチリとした瞳に整った鼻に可愛らしいふくらみを持った唇。
それは、紛れもなく、私、だった。
私の姿だった……。
「どうして?どうしてこんな事に……!」
ここで一気に混乱が押し寄せる。
ペタペタと顔を体を触る。
これは、この顔は、このドレスは……まるで、まるで……あの人形そのものではないか!
そう、あの人形がもし人間だったら。そう思い描いた人間像が目の前にあるのだ。私の顔として姿としてあるのだ!
「いやあ!!」
自身の姿が変化した事への恐怖に耐え切れず、たまらず叫んだ。その耳に、声が届いたのは直後のこと。
「お前が望んだのだろう?」
「──!!」
振り返るも、そこにあの男は居ない。でも確信できる。
これはあの男の仕業だということが。死を目前に男と交わした会話。あれが現実のものと──
「誰か!誰か居ないの!?」
その時だった。
ようやく体を動かす事が出来たのか、姉が廊下に向かって叫ぶのだった。
「誰か!誰でもいいから早く来なさい!化け物よ!化け物がここに居るわ──!!」
「真里亜お嬢様!?」
姉の呼ぶ声に応じた使用人が何人か、ドタドタと走ってくるのが聞こえる。
ドクンドクンと私の心臓は激しく鼓動するのだった。
逃げなければいけない。
本能が告げる。
でもどこに?扉は姉が陣取ってるし、すぐにでも使用人たちが血相変えてやってくる事だろう。
動けずにいる私の目に、何人かの男が部屋に入って来るのが映った。もう、逃げられない──!!
「大丈夫ですか、お嬢様!賊ですか!?」
「化け物よ!そこに化け物が居るわ!」
「化け物──?」
男たちが驚いて、私の顔を見た。すぐに広がる戸惑い。その意味は私も理解できる。
どこから入って来たのか。誰なのか。
謎ではあるだろうが、私はどう見ても普通の子供だった。ただし、こんな場所に居るはずもない異国の人間──そう、見える事だろう。
だから男たちは動けず、戸惑ったように姉と私を交互に見やるのだった。
「お、お嬢様……?」
「それは里亜奈よ!里亜奈なのよ!確かに里亜奈で、里亜奈は死にかけで……なのに里亜奈はそいつになって、里亜奈が……!」
狂ったように私の名前を連呼する姉。その姉の言葉にただ戸惑い続ける男達。
違う。
いや、違わない。
確かに外見は変わってしまったけれど。
私は確かに里亜奈で、中身は何も変わってないの。変わってないのよ。
それを分かってほしくて、私は一歩前に出た。同時に男たちが一歩後ずさった。
「お姉様……」
「ひ──!!」
呼べば、姉が引きつった声を出して、男達の後ろに隠れる。
「違うんです、私は確かに里亜奈で……姿は変わってしまったけれど、姿以外は何も変わらない……私は、私は……」
「そんな──!!本当に里亜奈お嬢さんなのか!?」
驚いた様子で問いかける男に頷き返したその瞬間。
頭に衝撃が走った。
男が私を殴ったのだ。
床に倒れ込む私。
それを冷たい目で見降ろしながら、恐ろしい物でも見るような目で男は言う。
「なんてこった……まるで別人じゃないか!」
「おい、本当に里亜奈様なのか?」
「本人がそう言ってるだろ!?」
男たちが不安そうに言い合ってるうちに、私は静かに立ち上がった。
「ひい!!」
これは男の声。
いかつい体をしてるというのに、なんて情けない声を出すの。
殴られたからだろうか。私は言い知れぬ変化を感じ始めていた。これはなんだろう?気分が高ぶっている?
不思議な高揚感が私を包む。
いつもいつも虐げられていたというのに。
泣いてばかりだったのに。抵抗できずやられてばかりたったのに。
どうしてか、今なら何でもできる気がした。
一歩、近づく。
「ひ!来るな!」
ガッ!!
鈍い音を立てて男が私を殴った。
けれど私は歩みを止めない。
更に一歩。
男がまた一発殴って後ずさる。
私はよろけることも無く、一歩前へ。
また一歩。
そして男はもう目の前に。
身長差があるから私がかなり見上げる事になるのだけど。
私は青い目を光らせて、その男を見上げるのだった。
恐怖の目が私を射抜く。それが何だか気に入らない。見下ろされてるのが気に入らない。
だから。
だから、私は蹴った。男の足を。
ボキリと嫌な音が響き、男は悲鳴を上げて床に蹲るのだった。それを見た瞬間の爽快感と言ったら……!
ああ、ああ
──楽しい!
心地よい。
もっとよ、もっと……!
その悲鳴を聞きたいわ。
私は望むものを手に入れるべく、手を伸ばすのだった……。
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