お嬢様と少年執事は死を招く

リオール

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第六話 少女と狼犬

17、

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 里亜奈お嬢様の視線を背に感じながら、俺は走った。

 何かを彼女は言いかけていた。きっとそれは俺の予想通りの、俺が望む内容なのだろう。だからこそ、最後まで聞くわけにはいかなかったのだ。
 それを聞いてしまったら、俺はもうお嬢様を放すことが出来なくなってしまうから。それは確信。

 姿が変わってしまったのに驚いた。金髪に青い目なんて別人でしかなかった。

 だがそれでも分かった、分かってしまった。あれは確かに里亜奈お嬢様だと。
 不安そうに俺を見たあの目。あれはいつも怯えていた里亜奈お嬢様の目だったから。

 そして転がる屍に飛び散る血が、お嬢様の仕業だと理解して、ただただショックだった。
 それでも気持ちは変わらない。

 恐ろしいけれど。内心震えていたけれど。
 それでも、俺は里亜奈様を愛していた。

 いつもいつも、泣いてばかりだった少女。父親と姉に虐げられ、傷つきそれでも健気に生きる少女が。ただただ愛しかったのだ。守りたかったのだ。

 そう。
 俺は彼女を守りたい。

 そのためなら、何だってする。命だって──

 そう思いながら走り、屋敷の角を曲がったところで。

「うわ!」
「うお!?」

 突如現れた大人にぶつかった。
 どこかで見た事ある……近所の人間だろうか。

「あ、あ……」
「おいお前、大丈夫か!?」
「あ……ぼ、僕……」
「正人じゃねえか!」

 驚いた顔で俺に詰め寄る男に、わずかな恐怖を覚えて、俺は言葉を発する事が出来なかった。
 そこに見知った顔を──使用人の一人が前に出てきたのを見て安堵する。

「た、助けて!!」

 俺はその男に思い切り抱きついた。怯える子供のように。ガタガタと体を震わせて。

「ま、正人!?一体何が──」
「化け物が……化け物がみんなを!!」
「お、おお、俺も見た!遠目だったがえらい別嬪さんな……」
「俺もだ!おい正人、あれは誰だ!?里亜奈お嬢さんだって言ってるやつが居るが……」

 興奮した大人たちが俺の肩を掴んで話を聞こうと問い詰めてくる。俺は必死で恐がる子供のフリをしながら、しどろもどろに答えるのだった。

「わ、分からない……悲鳴が聞こえて、何事かと思って屋敷に戻ったら、みんなが……あの子がみんなを……!!」

 そしてその演技は完璧だった。

「そうか。恐い思いをしたな正人。それで?そいつはどうしたんだ?」
「隠れて見てたらあっちの方へと歩いて行った」

 そう言って、俺は震える手で方向を指し示すのだった。──実際に里亜奈お嬢様が行った方とは逆の方を。

「そうか。よしみんな、各自何かしら武器になるもん持って行くぞ!」

 おお!!

 仕切る男の声に歓声が上がる。
 よし、これで時間が稼げる。子供の足だが、ある程度奥まで行けば見つかる事もあるまい。

 そう内心ほくそ笑んだ時だった。

「おいちょっと待て。たしか正人は里亜奈お嬢さんと仲良かったよな」
「え──」

 その言葉に瞬時に空気が変わった。

 ギクリと体が強張る。
 大人の目が一斉に俺に注がれ──急激にそれは疑心暗鬼の眼差しとなった。

「な、何言って……そもそもあんなの里亜奈お嬢様じゃ……」
「いや、真里亜お嬢様が確かに里亜奈お嬢さんだって言ってた。正人、まさかお前、里亜奈お嬢さんを庇ってるんじゃないだろうな?」
「そんなわけないだろ!?誰があんな化け物を……!」
「だとしても怪しい、完全に信じるわけにもいかねえ。おい、追っ手を二手に分けるぞ!」

 まずい!これは非常にまずい事態だ。

 かなりの人数居る男共が二手に分かれても、結構な人数となる。今からではきっとすぐに里亜奈お嬢様に追いついてしまうだろう。

「そう言えば真里亜お嬢様が言ってたな、里亜奈お嬢さんが山で何かしてるようだって。今度調べるように言われてたんだ。確かあっちの方角だったな──おい、俺らはこっちを行くぞ!」

 いけない!その方角は里亜奈様が本当に居る方向。

 どうにかしなければ──!!

 考えるより早く俺の体は動いた。

「やめろおお!!」

 思い切り男に体当たりして。
 どうにかして時間を稼ごうと、しっちゃかめっちゃか腕を振り回して男を殴った。

「正人!てめえやっぱり……!」
「行かせない!そっちには絶対行かせない!!」

 必死で殴りかかるが──

「──のガキがあ!!」

 ガッと鈍い音が響き。
 俺はその場に倒れ込むのだった。

「糞が!こいつ化け物に魅入られちまいやがったぞ!」
「殺せ!こいつも化け物になるかもしれねえ!殺してしまえ!」

 視界の隅に木の棒を振り上げる男が映った。

 俺は必死に手を伸ばす。そして男の服の裾をギュッと握りしめるのだった。
 絶対に、行かせない──

「お嬢様、どうか……生きて……」

 そしてそれは振り下ろされるのだった。


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