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第六話 少女と狼犬
20、
しおりを挟む『里亜奈お嬢様はとても優しく可愛い、俺の大切な人です』
正人の声がまだ耳に残ってるのに。
『穢れてなどおりません。貴女はこれまで通り、清らかで美しい心を持っておられます』
そう言って微笑んでくれたのに。
『僕は貴女が好きです』
「正人おぉぉぉぉっっっ!!!!」
もう居ない あなたは居ない どこにも居ない──!!
取り乱して私はその体に縋った。
力なく横たわる屍に縋って、私は泣き叫んだ。
置いて行かないで!
私を一人にしないで!
まだ言ってないのに、私はまだ貴方に何も大事なことを言えてないのに──!!
「行かないで正人、逝かないでえぇっっ!!!!」
それでも正人は動かない。けして、動く事はなかった……。
「居たぞおっ!こっちだ!!」
「叫び声がしたかと思えば──このガキ、まさか戻って来てたなんて……!」
「急げ!早くしねえとまた犠牲者が出るぞ!!」
私の叫びを聞きつけて、山から戻って来たのであろう、大人たちがドッと押し寄せて来た。皆、手に何かしら武器になりそうな物を携えていた。
殺される。
きっと私は殺される。
でも──
私はギュッと正人の体を抱きしめた。
「正人、すぐに私も──」
ポロポロと涙が頬をつたう。それが正人の目に落ちた。まるで正人が泣いてるかのように……。
「泣かないで、正人。私もすぐに行くから、貴方のところへ行くから」
だから泣かないで。
私はそっと
「死ね、化け物!!」
正人の唇に
「死ねえ!!!!」
口づけた──
「ガアァウッ!!」
「うわ!?」
死を覚悟した瞬間。私はギュッと目を閉じたのだけれど。
何かしらの咆哮と共に男たちの驚く声がして、私は慌てて目を開いた。
そこには──
「え……」
驚愕で大人たちが遠巻きに見ている。
その視線を一身に受けている人物は、私の目の前で、私を庇うように立って居た。
「そ、んな……どう、して……」
私もまた、驚きで言葉がつっかえた。
有り得ない有り得ない、そんなこと有り得ないのに。
今、私の腕には確かに正人の屍が抱かれている。
だというのに。
私の目の前には。
私の前に立ちはだかるその人は。
その髪は、その背中は、その体は。
「正人──?」
その後姿は紛れもなく正人だった。正人以外の何者でもなかった。髪型も背格好も、着ている服すらも。
私の腕の中に居る正人そのものだった。
だが。
「正人?」
私の呼びかけに、その肩がピクリと震えて、振り向いた。
「────!!」
その瞳を見て、私は言葉を失ってしまった。
その顔立ちは確かに正人だった、正人そのものだったのだけれど。
だが、瞳の色だけが違ったから。
「黄金──」
それは月のように、いや、月よりも美しい金の瞳。黄金の輝き。
人にあるまじき色を持った、金の瞳。
それを見た瞬間、私の中で合点がいった。
ああ、この目を私は知ってる。
優しく強いこの瞳を私は確かに知ってる。
ややあって、その唇がおずおずと動いた。
「お、じょ、さ、ま……」
たどたどしい。
まだうまく話せない。
それが分かる覚束ない口調で、彼は言った。
「ど、する……?」
どうする?
それが何を意味するのか理解して。
私は瞬時に命を下す。
当然決まっていた、その命を下すのだった。
「殺して」
「い、いの……?」
いいわけない。本当は何も良いわけない。
だけど。
それでもそうしなければ私の怒りは収まらない。
何も終わらせる事なんて、きっと出来ない──。
「いいのよ。どうせ私はもう闇に落ちた。何も恐れる必要のない闇に」
もう救いなど求めない。
穢れてないと正人は言ったけど、正人の屍を見た瞬間、私の心は穢れてしまったのだ。
復讐を、望んでしまったのだ。
「殺して、みんな殺して」
「みん、な──」
そうよ、みんな。正人に酷いことした人間全員。この場に居る者全員。
「皆殺しにして──リュート」
「わか、た……」
そうして阿鼻叫喚の地獄絵図が始まる──
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