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第六話 少女と狼犬
21、
しおりを挟む響き渡る悲鳴
飛び交う怒号
無駄な抵抗
舞い散る血しぶき
きっと彼らの中にも存在することだろう。
真の善人というものが。
ここで死ぬべきではない、その必要のない者だって居る事だろう。
だがそれが何だと言うのか。
善人だからどうだと言うのか。
結果は出ている。正人が死んでしまったという結果が。
ならば結論は一つだ。
全ての者に死を。
誰も生き残る事など許さない。私がけして許さない。
だから私の命令のままに、リュートは命を貪る。
人の身になりながらも獣のように。
鋭い爪で肉を切り裂き、鋭利な牙で骨を砕く。
「あ、あ、やめ……助け……」
誰かの命乞いの声が聞こえる。だが私は応じない。絶対に。
心を痛める時は終わった。人としての感情は、正人の死をもって失われた。
今ここに居るのは──人の感情を持たぬ存在。
人形のような存在。
「リュート、殺して」
「ひいい!」
私の命と悲鳴が重なり、直後にリュートの牙が男を襲った。もう男の声は聞こえない。
「ふ、ふふ……」
知らず、笑みが漏れた。
「あは、あはははは……」
楽しくて仕方ないのだ。
正人を殺した人間達が。一瞬でも正人の死に関わった者たちが。
まるで人形のように簡単に壊れる様が。死んでゆく様が。
「ふ、ふふふふふ……あはははは!!」
楽しくて!仕方ないのよ!!
どれだけの時間が過ぎた事だろう。いつの間にか、周囲は何も聞こえない静寂に包まれていた。虫の声すらも……虫けらの声すらもしない。心地よい静寂が訪れる。
「終わった?」
確認の問いに、リュートは静かに頷いた。
「そ。ご苦労様」
労いの言葉をかければ、トトト……と小走りに寄って来た。
なんだろう?と見ていれば。
ひょこっと目の前に頭を差し出してくる。
「──」
「──」
これは、そういう事なのかな?
何となくそうなのだろうと思ってその頭を撫でてやれば。
「へへ……」
と、何とも嬉しそうに笑うのだった。まるで無邪気な子犬のように。
その笑顔にドクンと心臓が跳ねた。──けしてときめき、などと言った甘いものではない。
違いを痛感した痛みだ。
見たことの無い笑み。正人ではけして見られなかった無邪気な笑み。
ああ、似てるけど……やっぱりこれは正人じゃないんだな。
竜人の魂が入った器……リュート。
それが酷く私の胸を痛くするのだった。
「り、あな、おじょ、さま……」
「なあに?」
互いに血まみれで。
全て自分たちのではない血で全身が汚れていたが、けして不快ではない心持ちで。
たどたどしく私を呼ぶリュートにニコリと微笑みを返した。
「これ、で、おわり?」
これで終わりかと。そう、リュートは聞いた。
その問いに、私はまたニッコリと微笑んで言うのだった。
「いいえ」
そう、まだだ。まだ終わりじゃない。
「まだ居るわ、リュート」
この世界で最も呪わしき存在が。
まだ、居るのよ。
※ ※ ※
うるさい音を立てて車が屋敷の前に止まる。そこから降りるはスーツにパナマ帽子をかぶった紳士。手には愛用のステッキ。
屋敷の主人だ。
その顔は苛立ちか怒りか、難しい顔をしていることだけは見て取れた。
早足で門をくぐり、玄関へ──
そこで足が止まった。
「な、なんだこれは……一体何が……」
一帯を覆い尽くすのは血の臭い。むせかえるような臭いに思わずハンカチで口を覆った。だがそれでもなお、血の臭いはその鼻へとたどり着くのだった。
蒼白な顔で周囲を見渡すも、そこに生者は存在しない。
「おい!誰か居らぬのか!?」
呼びかけにも応える者は当然居なかった。
「一体なんなのだ、これは一体……」
なぜこうなったかは理解出来ずとも、最悪の事態で有る事は理解できた主人は、そこでついにガタガタと震えだした。恐怖を感じて、全身から汗が噴き出すのだった。
そこでようやく思い出したかのようにハッとなって屋敷に向けて叫んだ。
「真里亜!!真里亜は無事か!?」
亡き妻の忘れ形見。
愛しい愛しい、愛娘。
その名を屋敷の主は呼び続けるのだった。
ガタンッ
音がしたのはその直後のこと。
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