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第六話 少女と狼犬
22、
しおりを挟むその音に私はハッとなって、入口を覗き込んだ。
「真里亜!?真里亜か!?父様だよ!なかなか来ないから心配していたのだ!真里亜!!」
入ってすぐに屍を踏む。グチャリという感触に顔をしかめるが、構ってられなかった。
あれは大事な娘だ。
亡き妻に瓜二つの。大切な、大切な娘なのだ。あれを失っては私は生きていけん!!
血相変えて名前を呼べば、何かが動くのが見えた。
あれは……着物?
屋敷内は真っ暗で、わずかに窓から入る月明かりだけが視界の助けとなった。
目をこらして見て見れば……見覚えのある着物が見えたのだ!
「真里亜!!」
「おとう、さま……?」
それは確かに真里亜だった。真里亜の声だった。
ああ良かった、無事だった!
私は安堵し、娘へと走り寄る──グチャグチャと血や内臓物を踏みつけながら。それらを気にせず私は愛娘への元へと駆け寄るのだった。
「ああ良かった真里亜。無事で何より……」
手を伸ばしたその時だった。
雲が切れ、月明かりが窓から屋敷内を照らしたのは。
真里亜の姿を映し出したのは──
「ひ……!!」
その瞬間、私は腰を抜かして床に尻もち付くのだった。
「おど……ざま……」
それは真里亜では無かった。着ている物は確かに真里亜の物。
だが……
ポッカリと空いた空虚な目。ただれた皮膚を引きつらせながら開かれた口は──歯も舌も無かった。
私に向けて伸ばされた指は何本か欠け、残ってるそれの爪も無く……ボロボロだった。
破れた着物の裾から見える足は裸足。
腕を伸ばし足を引きずりながら、真里亜と思ってしまったそれが近付いてきた。
「く、く、来るな、来るな化け物!来るなあぁっ!!」
私は手にしたステッキをしっちゃかめっちゃか振り回す。それはうまく化け物の足に当たり……それは床に倒れ込んだ。
ビチャリと血溜まりが嫌な音を立て、血が私の顔に飛ぶ。
「おどおざま……だずげ……」
まだ父と呼ぶか、化け物め!
床に倒れ込んでなお、私に手を伸ばすそれに顔を引きつらせ、私はズリズリと後退する。完全に腰が抜けていた。
「だ、誰か……誰か居ないのか!?」
どうして誰も出て来ない!?この屋敷には相当数の使用人が居るはずだというのに。
屈強な男も大勢居るというのに!
「ま、真里亜を探さねば……」
どうにか足を奮い立たせ、私は柱に寄りかかりながら立ち上がった。気を抜けばヌルヌルした床に足を取られそうになる。
とにかく早く屋敷から出なくては!
そして本物の真里亜を探さなくては……!
焦る思いとは裏腹に、足は思うように動いてはくれなかった。それが何とも腹立たしい。
「くそ、真里亜……真里亜!」
そこでハタと思い出す。一人の醜い存在を。認めたくない存在を。
血を分けた自分の確かな娘。だが欠片も美しくない、母親の血を何も引くことの無かった、醜い娘。
あれは何処に行ったのだろう?ひょっとして、今床に倒れてるのがそうなのだろうか?
そうだ、そうなのかもしれない。
あれが勝手に真里亜の着物を着たのかも知れない。あれはそういう醜い事を平気でしそうだから。ならば「お父様」と呼んだのも合点がいくというもの。
そうだ、そうに違いない。
何が起きたのか分からないが、きっと真里亜は無事だ!
安心させるように自分にそう言い聞かせて、私は屋敷の外へと向かった。
本物の真里亜を求めて。
「真里亜!」
ガタンと大きな音を立てながら、私はようやく外に出た。屋外だというのに、充満する血の臭いに気分が悪くなる。
「真里亜!真里亜、何処だ!?」
裏山に逃げたのだろうか?そう思って足をそちらに向けようとして。
ギクリと体が強張った。
そこに、誰かが立っていたから。
暗くてよく見えないが、子供のようだった。
──洋装の女子?和装を好む真里亜では無いのかも知れない。
だが、それでは一体誰だというのか。
月明かりから丁度隠れる位置に居る少女。こちらに背を向けている。
だが待てよ。あの髪は……暗闇の中にありながらキラキラ輝いて見えるあの髪は……。
もっとハッキリと見たくて恐る恐る近付こうとして。
その瞬間、少女は振り返るのだった。
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