お嬢様と少年執事は死を招く

リオール

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第六話 少女と狼犬

27、

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 死にたくないと思った。
 綺麗になりたいと思った。
 愛されたいと思った。
 正人と竜人と共に在りたいと思った。

 ──幸せになりたいと思った。

 それらが叶ったか?
 望みは叶ったか?

 いいえ、何も。何も叶ってなどいないわ。
 私の望みは何一つ──

「私は死んだわ」
「何を言ってるんだ、キミは此処に居るじゃないか。綺麗になったキミが居るじゃないか」
「違うわ。これは里亜奈じゃない。私の体は、もうどこにも無い」

「でも愛されただろう?」
「愛してくれた正人はもう居ないわ」

「居るじゃないか。正人の姿をした竜人。どちらも居る」
「居ないわ。正人はこの地面の下に眠ってる。あれは正人の姿を模した別物。それに竜人の魂を入れただけ。本当の正人も竜人も居ないわ」

「幸せだろう?」
「そう思う?」

 問いに即答すれば、深々と溜め息をつかれた。
 闇から現れた黒装束の男は、やけに人間臭い吐息をつくのだった。

「やれやれ、我儘だね」
「貴方は何も分かってないのよ」
「そうらしいね」

 人間とは本当に難しい。
 だから面白いのだけど。

 そう言って男はクククと笑った。だけど私は何も笑えない。

 失ってしまった、全て失ってしまった。もう私には何も無い。何も残ってない。

 美しいようで歪んでるこの器と。
 居ないのにそこに居るリュートと。

 それは私の望んだ形ではなかった。確かに望んだ、けれど歪められた願い。

「まあちょっと違う方向に行っちゃったかな」

 飄々とした口調で言う男に苛立ちを感じる。怒りすら覚えた。

 全ての元凶はこの男。だが望んだのは自分。人外の存在に願ってしまえば……正しい方向に願いが叶わなくても文句は言えない事は理解していた。だがだからと言って怒りを抑える事が出来る程、私はまだ大人ではなかった。

「──もう消えてくれない?」
「お望みとあらば」

 そうよ、望んでるわ。そっとしておいて欲しいのよ。正人が眠る場所で静かに眠りたいのよ。だから何処かへ行って。

 それが最後の願いだから。

 そう言おうとするより先に。
 男が口を開いた。

「でもこのまま去ると俺が困る」
「は?」
「キミは願いは何も叶わなかったと言ったね」
「そうよ。だから何?」
「それでは俺の沽券に関わる」
「こけん?」

 学の無い私に難しい言葉は分からない。回りくどい男にイライラしながらも、努めて冷静に聞いた。

「俺にもプライドがあるからなあ。何も望みが叶ってないと言われては、ただで魂貰ったみたいで後味悪いからさ」

 何を言ってるのか分からない。魂を貰う?一体なんの話を……

「だからさ、今度は絶対望みを叶えてあげるよ」
「何を……」
「正人を生き返らせてやろう」
「──!!」
「竜人も元に戻してやる」
「……」
「そして、キミも」

 元の姿に戻してあげよう。

 そう言って、男は黙る。私の反応を見るように。

 私は何も言えなかった。
 正人も竜人も戻ってきて、私も元の姿に、なんて……そんなこと……

 出来るの?
 それは愚問なのだろう。今の自分の姿を見れば、答えは聞かずとも分かる。

 この男は人ではない。
 人ではない男が出来るからこそ、言ってるのだろう。

 ならば私の答えも決まりきっていた。

「叶えて」

 私の望みを。願いを。
 私の返答に男は満足げに頷いた。

「契約は為された」

 だが代償は高くつくよ?

「今回は特例だから。俺なりに願いを叶えたはずなのに、キミが気に入らないと言ったんだから。だからちゃんと働いてもらう。呪いの力をあげよう。その力を使って俺の代わりに魂を──」

 下衆の魂を。

 集めろ。

 どれだけとは言わない。何をどれだけ集めればいいのか、男は言わない。だがそれは契約。確かな約束。

「約束、守ってよ」
「契約反故なんてそれこそ俺の沽券に関わる。俺は約束は守る男だからな」

 胡散臭い笑みと言葉を残して、男はその場から消えた。

 その直後、私は自分の変化を感じた。

 脳裏に刻まれたもの。自身の中に感じる力。

 何をどうすればいいのか。
 言葉で教えられずとも理解できた。

「便利なものね」

 男の思う壺な気がするのは癪だが、それでも契約は契約だ。違えるつもりが無いと言うのなら、いくらでも傀儡になってやろう。

 正人のため。
 竜人のため。
 ──私のため。

 いいさ、私はとうに落ちている。屑と成り果てた。

 ならばこれからも屑として生きて行こう。自分の欲望の為に生きよう。

 私はそっと足元の石に手を添えた。

「少しだけ待っててね、正人」

 必ず蘇らせてみせるから。
 必ず──

「──行こうか、リュート」

 言って私は後ろを振り返った。

 そこには既に立ち居振る舞いが完璧な、執事然とした姿の少年が立って居た。
 彼もまた、黒装束の男に知恵と知識と能力を与えられたのだろう。

 畏まって頭を下げる。

「はい、リアナお嬢様」
 
 流暢に話す少年に知らず笑みがこぼれ。

 私達は屋敷を後にするのだった。




※ ※ ※




 許さない許さない許さない

 あいつだけは絶対に許さない!!

「殺してやる……」

 言って私は包丁を手にした。
 殺せば私は捕まるだろう。処罰されることだろう。

 だがそれが何だと言うのか?
 あの下衆をこの世から排除できるなら……ならば、私は──!!

 その勢いのまま包丁を手に飛び出そうとした瞬間。

 誰かが玄関に立ってるのが見えて、悲鳴が出そうになった。

「だ、誰!?」
「こんばんは」

 どこから入って来たのか、そこには少女が立って居た。
 金髪碧眼の、およそ日本人とはかけ離れた容姿の。そしてその斜め後ろに控えるは、少年。異様な金の瞳をこちらに向けた異質な存在。

「なに──」
「貴女の望みはなあに?」

 こちらの疑問など無視して、少女は問うた。

 ゾッとするような美しい笑みを浮かべて。

「誰を殺して欲しい?」

 そう、問いかけてくるのだった──






  ~第六話 少女と狼犬 fin.~



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