だからあなたを殺したいのです

リオール

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第1話

1-2、

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「弟……奏介そうすけは、我が家の跡取りだったんです」
「跡取りとはまた……歴史ある家柄というわけですか?」
「いえ、そういうわけでは……祖父が起業した、小さな印刷会社です」
「ふうん?」

 興味があるのか無いのか、菜桜さんは少しばかり片眉を上げ腕を組み、ドサッとソファに背を預ける。
 その前に僕はコーヒーを置く。もちろん高野さんにも。グラスの横にスプーンを添えた。

「スプーン、ちゃんと洗ったの?」
「落としたスプーンなんて出さないですよ」

 落とした音は聞こえていたわけね。
 僕の苦笑を確認してから、コーヒーに口をつける菜桜さん。高野さんはミルクだけ入れて、スプーンで軽くかき混ぜ一口。

「美味しい……」
「ありがとうございます」

 お世辞ではなく、思わず言葉が漏れた……そんな感じで慌てて口に手を当てる高野さんに、僕はニッコリ微笑んだ。その頬が少しばかり赤くなる。おそらく僕と年齢が近いであろうに、随分とウブだな。

「たらしめ」
「おや、ヤキモチですか?」
「それは後で食べる」

 焼き餅のことじゃないですよ、なんて今は言う必要なかろう。
 すっかり好みを覚え事前に砂糖とミルクを入れておいたコーヒーを、もう一度口づけてから菜桜さんは高野さんに向き直った。

「それで?弟さんを殺した犯人を、警察はまだ見つけていないと?それてわ私に探してほしい、ということでしょうか?」
「あ、いえ、弟の死は……自殺と結論付けられたんです。私以外の家族はそれを疑ってません」
「なぜあなただけ疑っているのですか?」
「だって、あまりに不自然すぎて……」

 高野さんのお祖父さんは戦後の厳しい日本を生き残るべく、若いころは色々な職場で修業をしたそうな。
 そしてついに立ち上げた自分の会社、それが印刷会社だった。

 建業当時は繁盛していたそれは、そこそこに大きくなって……そして衰退した。
 それはそうだろう、個人ならば家庭の優秀なプリンターで済む時代なのだ。年賀状ですら電子世界が中心のご時世、大きな印刷会社でも潰れていく。小さな個人会社ならひとたまりもない。

 ちなみに高野さんちのは、シールがメインの印刷会社なんだとか。昔はよく訂正シールの依頼や、パン屋の『特売!』シール依頼が来ていたらしい。
 そもそもが紙媒体が減った昨今、訂正シールが必要とされる場面も激減。不景気でパン屋が一気に閉店していき、そちらも言わずもがな……。

 だが仕事以上に人情を重んじたお祖父様は、結果として築いた人脈のおかげで仕事を失うことはなかった。
 細々ながらも、会社はこれまで存続してこれたのだ。

 今は引退して、息子……つまり高野さんの父親が跡を継いで、社長となっている。

「その父ももうすぐ60歳……そろそろ後継をという話になったんです」
「それが弟さん?」
「いえ、弟はまだ20歳の大学生だったので、とりあえずは兄に仕事を教えるという話になったんです」
「お兄さんがいるんですか?」
「はい。兄の雅彦まさひこは今年30歳、大学卒業してから一度も定職につかず、ふらふらしていた人で……だから祖父も父も、正式な後継は弟の奏介のつもりでいたんです」
「だから”とりあえず”?」
「はい。もし奏介が大学卒業前に、父や祖父が亡くなったら困るだろうと。一通り兄に仕事を教えておくことにした……と、父から半年前に連絡がありました」
「あなたは実家から離れていたんですか?」
「ええ。私は最初から後継とみなされてませんでしたから。祖父は古い昭和の人ですから、後継は男子のみとの考えでした。私も別に印刷に興味なかったので、特に気にしませんでしたし……好きな職を選んだら、実家から少し離れてしまいまして。今は一人暮らしをしております」
「なるほど」

 そこまで聞いて、またコーヒーを一口。暑い季節に冷えた部屋で飲む熱いコーヒーは、菜桜さんの大好物だ。

「トト、今日のは少し砂糖が少なくない?」
「眠気覚ましに少なくしました。お砂糖、足しますか?」
「いや、いいわ。確かに今はこれがいい」

 トト、とは僕の名前……斗昇とうしょうから来ている。初めて僕の名前を漢字で見た菜桜さんが、『とと?変わってるね』と言って以来、ずっとそう呼ばれている。
 彼女だけに許した、特別な呼び方。

 閑話休題。

 目の前ではコーヒーを飲みながら、話を促す菜桜さん。

「実家はここから電車で一時間ほどの場所にあります」
「弟さんの自殺……殺された経緯をお話しいただけますか?」

 菜桜さんの質問に一瞬言葉を失い、黙り込む高野さん。コーヒーを一口飲んでから、心落ち着かせるように目を閉じ、一度深呼吸。

 次に目を開いた彼女の目には、不安と揺らぎの色が濃く出ている。

「弟の奏介が自殺したのは、先月のことです。弟は、服毒自殺をしたんですが……私は殺されたと思っております」
「服毒……」

 先月、大学から帰宅した奏介さんは、かなり落ち込んでいたらしい。その様子を母親が目撃している。

『もう俺、死にたい……』

 と漏らしていたのを耳にしたとか。

「でも誰だって、人生で落ち込んだ時に死にたいと思うことって、あるじゃないですか?」
「まあ、それは確かに……ある、のか?」
「そこで僕を見ないでください菜桜さん、僕はありませんから分かりません」
「お前は特例というわけだな」

 まるで僕を変人のような目で見ないで欲しい。
 
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