3 / 8
第1話
1-2、
しおりを挟む「弟……奏介は、我が家の跡取りだったんです」
「跡取りとはまた……歴史ある家柄というわけですか?」
「いえ、そういうわけでは……祖父が起業した、小さな印刷会社です」
「ふうん?」
興味があるのか無いのか、菜桜さんは少しばかり片眉を上げ腕を組み、ドサッとソファに背を預ける。
その前に僕はコーヒーを置く。もちろん高野さんにも。グラスの横にスプーンを添えた。
「スプーン、ちゃんと洗ったの?」
「落としたスプーンなんて出さないですよ」
落とした音は聞こえていたわけね。
僕の苦笑を確認してから、コーヒーに口をつける菜桜さん。高野さんはミルクだけ入れて、スプーンで軽くかき混ぜ一口。
「美味しい……」
「ありがとうございます」
お世辞ではなく、思わず言葉が漏れた……そんな感じで慌てて口に手を当てる高野さんに、僕はニッコリ微笑んだ。その頬が少しばかり赤くなる。おそらく僕と年齢が近いであろうに、随分とウブだな。
「たらしめ」
「おや、ヤキモチですか?」
「それは後で食べる」
焼き餅のことじゃないですよ、なんて今は言う必要なかろう。
すっかり好みを覚え事前に砂糖とミルクを入れておいたコーヒーを、もう一度口づけてから菜桜さんは高野さんに向き直った。
「それで?弟さんを殺した犯人を、警察はまだ見つけていないと?それてわ私に探してほしい、ということでしょうか?」
「あ、いえ、弟の死は……自殺と結論付けられたんです。私以外の家族はそれを疑ってません」
「なぜあなただけ疑っているのですか?」
「だって、あまりに不自然すぎて……」
高野さんのお祖父さんは戦後の厳しい日本を生き残るべく、若いころは色々な職場で修業をしたそうな。
そしてついに立ち上げた自分の会社、それが印刷会社だった。
建業当時は繁盛していたそれは、そこそこに大きくなって……そして衰退した。
それはそうだろう、個人ならば家庭の優秀なプリンターで済む時代なのだ。年賀状ですら電子世界が中心のご時世、大きな印刷会社でも潰れていく。小さな個人会社ならひとたまりもない。
ちなみに高野さんちのは、シールがメインの印刷会社なんだとか。昔はよく訂正シールの依頼や、パン屋の『特売!』シール依頼が来ていたらしい。
そもそもが紙媒体が減った昨今、訂正シールが必要とされる場面も激減。不景気でパン屋が一気に閉店していき、そちらも言わずもがな……。
だが仕事以上に人情を重んじたお祖父様は、結果として築いた人脈のおかげで仕事を失うことはなかった。
細々ながらも、会社はこれまで存続してこれたのだ。
今は引退して、息子……つまり高野さんの父親が跡を継いで、社長となっている。
「その父ももうすぐ60歳……そろそろ後継をという話になったんです」
「それが弟さん?」
「いえ、弟はまだ20歳の大学生だったので、とりあえずは兄に仕事を教えるという話になったんです」
「お兄さんがいるんですか?」
「はい。兄の雅彦は今年30歳、大学卒業してから一度も定職につかず、ふらふらしていた人で……だから祖父も父も、正式な後継は弟の奏介のつもりでいたんです」
「だから”とりあえず”?」
「はい。もし奏介が大学卒業前に、父や祖父が亡くなったら困るだろうと。一通り兄に仕事を教えておくことにした……と、父から半年前に連絡がありました」
「あなたは実家から離れていたんですか?」
「ええ。私は最初から後継とみなされてませんでしたから。祖父は古い昭和の人ですから、後継は男子のみとの考えでした。私も別に印刷に興味なかったので、特に気にしませんでしたし……好きな職を選んだら、実家から少し離れてしまいまして。今は一人暮らしをしております」
「なるほど」
そこまで聞いて、またコーヒーを一口。暑い季節に冷えた部屋で飲む熱いコーヒーは、菜桜さんの大好物だ。
「トト、今日のは少し砂糖が少なくない?」
「眠気覚ましに少なくしました。お砂糖、足しますか?」
「いや、いいわ。確かに今はこれがいい」
トト、とは僕の名前……斗昇から来ている。初めて僕の名前を漢字で見た菜桜さんが、『とと?変わってるね』と言って以来、ずっとそう呼ばれている。
彼女だけに許した、特別な呼び方。
閑話休題。
目の前ではコーヒーを飲みながら、話を促す菜桜さん。
「実家はここから電車で一時間ほどの場所にあります」
「弟さんの自殺……殺された経緯をお話しいただけますか?」
菜桜さんの質問に一瞬言葉を失い、黙り込む高野さん。コーヒーを一口飲んでから、心落ち着かせるように目を閉じ、一度深呼吸。
次に目を開いた彼女の目には、不安と揺らぎの色が濃く出ている。
「弟の奏介が自殺したのは、先月のことです。弟は、服毒自殺をしたんですが……私は殺されたと思っております」
「服毒……」
先月、大学から帰宅した奏介さんは、かなり落ち込んでいたらしい。その様子を母親が目撃している。
『もう俺、死にたい……』
と漏らしていたのを耳にしたとか。
「でも誰だって、人生で落ち込んだ時に死にたいと思うことって、あるじゃないですか?」
「まあ、それは確かに……ある、のか?」
「そこで僕を見ないでください菜桜さん、僕はありませんから分かりません」
「お前は特例というわけだな」
まるで僕を変人のような目で見ないで欲しい。
0
あなたにおすすめの小説
貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!
完結 王族の醜聞がメシウマ過ぎる件
音爽(ネソウ)
恋愛
王太子は言う。
『お前みたいなつまらない女など要らない、だが優秀さはかってやろう。第二妃として存分に働けよ』
『ごめんなさぁい、貴女は私の代わりに公儀をやってねぇ。だってそれしか取り柄がないんだしぃ』
公務のほとんどを丸投げにする宣言をして、正妃になるはずのアンドレイナ・サンドリーニを蹴落とし正妃の座に就いたベネッタ・ルニッチは高笑いした。王太子は彼女を第二妃として迎えると宣言したのである。
もちろん、そんな事は罷りならないと王は反対したのだが、その言葉を退けて彼女は同意をしてしまう。
屈辱的なことを敢えて受け入れたアンドレイナの真意とは……
*表紙絵自作
【完結】断罪された占星術師は、処刑前夜に星を詠む
佐倉穂波
恋愛
星は、嘘をつかない。嘘をついていたのは——わたし自身だった。
王宮の卜部に勤める十七歳の占星術師リュシア・アストレアは、ある日、王太子妃候補の婚儀に「凶」の星を読んだ。星が告げるままに報告したに過ぎなかったのに、翌朝には牢に入れられていた。罪状は「占星術を用いて王家を惑わせ、王太子暗殺を画策した」こと。
言いがかりだ。
しかし、証明する術がない。
処刑は五日後の朝と告げられ、リュシアは窓もない石の牢に閉じ込められた。
そこで彼女は気づいてしまう。占いが外れ続けていた本当の理由に。
道具も星図もない暗闇の中で、生まれて初めて、星の声を正しく聞いた。
瞼の裏に広がる夜空が、告げる。
【王太子が、明後日の夜に殺される】
処刑前夜に視た予言を、誰が信じるというのか。それでも、若き宰相クラウス・ベルシュタインは深夜の牢へ足を運び、断罪された少女の言葉に耳を傾けた。
二人の出会いは、運命をどう変えていくのかーー。
3歳児にも劣る淑女(笑)
章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。
男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。
その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。
カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^)
ほんの思い付きの1場面的な小噺。
王女以外の固有名詞を無くしました。
元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。
創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
私には婚約者がいた
れもんぴーる
恋愛
私には優秀な魔法使いの婚約者がいる。彼の仕事が忙しくて会えない時間が多くなり、その間私は花の世話をして過ごす。ある日、彼の恋人を名乗る女性から婚約を解消してと手紙が・・・。私は大切な花の世話を忘れるほど嘆き悲しむ。すると彼は・・・?
*かなりショートストーリーです。長編にするつもりで書き始めたのに、なぜか主人公の一人語り風になり、書き直そうにもこれでしか納まりませんでした。不思議な力が(#^^#)
*なろうにも投稿しています
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。
木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」
結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。
彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。
身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。
こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。
マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。
「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」
一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。
それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。
それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。
夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる