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第1話
1-4、
しおりを挟む「その人たちは?」
背後の扉を閉めれば、機械音は一気に小さくなる。住宅街の工場、防音対策はバッチリらしい。
「あ、こちらは金ケ原菜桜さんと言って、探偵さんなの。で、こちらは助手の壱岐さん」
珍しい苗字なのに、一度名乗っただけで覚えてくれるのは嬉しい。
紹介されて僕と菜桜さんが頭を軽く下げると、「探偵だあ?」と大きな声が住宅街に響きわたった。
「ちょっとお父さん、声が大きい」
「大きな声も出るってもんだろ。なにを考えてるんだ美咲、一体探偵に何を調べてもらう気だ?」
「……奏介のことに決まってるでしょ」
鼻息荒く抗議せんと顔を赤くしかけた父親は、次の瞬間にはスンと表情が落ちた。
「奏介のこと?」
「うん。どう考えても不自然でしょ?いくら死にたいと言ったからって、そんなすぐに毒をあおって死ぬ?」
「……俺にはわからんよ」
そう言って、首に巻いたタオルで汗をぬぐう父親。
その背後では汗一つかかぬ祖父が、「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「あれは単に心が軟弱だったのよ。じゃから毒なんぞ持っとったんだろ。ネットかなんか知らんが、気軽に恐ろしいもんが手に入る時代になったわい。実に嘆かわしい……」
説明どうも。
事前に美咲さんから聞いていたが、奏介さんが服毒死したのは確からしい。それが事故か自殺か他殺かは分からないけれど。
それを調べてほしいというのが、美咲さんの依頼。
「奏介はまだ大学生で、就職活動もまだ先の気楽な立場だったのに。それなのにいきなり死にたいと言って自殺するなんて、おかしいよ。それにあの子、来月は推しのライブだって言って楽しみにしてたんだから」
「なにが押しじゃ!なにを押して楽しむと言うんじゃ!バカバカしい!」
それだけ言って、祖父は一軒家のほうへと入って行った。
「あれ、絶対『推し』じゃなく『押し』だと思ってますよ」
「押しのライブ……相撲かな」
「絶対違うと思います」
僕と菜桜さんがバカなことを言ってたら、大きな音が鳴り響く。美咲さんの父親の腹からだ。
「ああ腹減った。まあいい、話は後で聞く。昼飯にしよう……美咲、正彦を呼んで来てくれ」
「うん」
どうやらすっかり昼食の時間らしく、父親も家の中へ。
美咲さんは僕らにちょっと待っててくれと言って、工場の中へ入って行った。しばらくして機械音が止まる。更にしばらくして、一人の男性が美咲さんと共に出てきた。
まあ察する必要もないくらいに、この家の長男、正彦さんであろう。
正彦さんは帽子を脱ぐと、グシャリと短い髪を掻き分け、僕らに視線を投げただけで無言のまま家に入って行った。
菜桜さんと僕、そして美咲さんだけが庭に取り残され、静寂が場を包む。
「……すみません。兄は人づきあいが苦手なもので」
「私も苦手なのでよく分かります」
「菜桜さんは人嫌いでしょ?」
「そうとも言う」
人嫌いが探偵なんかしていて良いのかという疑問はあるが、人には色々事情がある。特に菜桜さんには深い、深~いわけが……
「あの、お昼、一緒に食べて行かれますか?」
僕の思考を遮るように、美咲さんがおずおずと提案してきた。
「でも突然押しかけましたから、僕らの分は無いのでは?」
父親は美咲さんの帰省に驚いていた。つまり美咲さんは家族になんら連絡せずに、いきなり帰って来たということ。なぜ連絡しないのかという疑問は、「連絡し忘れてました」という返事で即解決。
まあそれはいいとして、ならば僕らのお昼なんて無いだろう。
「それは大丈夫です。うち、カップ麺が常備されてるので」
「カップ麺」
「はい!」
思わず出た僕の呟きのようなオウム返しに、満面の笑みを返す美咲さん。ひょっとしなくても彼女は天然なのかもしれない。
で、まあこうなるわけだ。
お昼ご飯に美咲さんの母親が用意していたのは、チャーハンと焼きそばに餃子……客が来るかもしれないからと、ニンニク抜き。
四人が食べる横で、僕ら三人はズゾゾとカップ麺をすするわけだ。
「それ、俺が夜食で食べようと思ってたのに」
「ごめんお兄ちゃん」
「しかもそれ、期間限定でもう売ってない」
「いやだからゴメンて」
兄の正彦さんは他人には無愛想だが、家族に対してはそうでもないらしい。兄妹仲は良いのだろう、和気あいあいと話す美咲さんと正彦さんは、楽し気だ。正彦さんは本気で不満に思っているようではなく、からかうように話している。
「このカップ麺、ネットでまだ買えますよ」
ズゾゾとラーメンをすすりながら、携帯画面を見せる菜桜さん。
「気に入ったのでダースで購入しますから、いただいた分はお返しします」
「気に入ったんだ」
僕の視線に『うん』というように頷く菜桜さん。いやもう可愛いなこの人。
というのはさておき。
兄妹の会話は微笑ましいが、それにしてもそれ以外の家族は会話がないな。
特に父親と祖父。
寡黙というか、なんというか……。
「ふふ、美咲が帰ってきてくれると家の中が明るくなるから、嬉しいわ」
母親は気さくな人らしく、そう言って笑った。それでも少しさみしげなのは、息子を失ったのだから当然だろう。
「ごめんなさいね、ご飯を用意できなくて」
「いえ。突然お邪魔してすみません」
ズゾゾとすすってから謝る僕。
その横で、同じくズゾゾとすすり終えた菜桜さんは、母親を見て
「奏介さんが居た頃はどうだったんですか?」
と聞いた。
沈黙が場を支配した。
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