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第1話
1-5、
しおりを挟む「奏介は……昼間は大学で食べておりましたから」
「でも夕飯は家で食べていたでしょう?」
「大学の友人とよく飲み会とやらをしてまして、一人暮らしの友人の家に泊まることが多かったんです」
「つまり外泊?……奏介さんはあまり家に帰ってこなかったのですか?」
「ええまあ、そうですね」
苦い顔で頷く母親。
でもまあ世間一般の男子大学生なんてそんなものだろう。これも想像でしかないが。多分ってことで。
「奏介は、高校までは勉強一辺倒だったんです。それで、その……」
「大学デビューしちゃったんですね」
美咲さんが言いにくそうにしているのに、菜桜さんはズバッと言って相手の苦笑を買った。
でも実際のところ、菜桜さんの言ったことが正解らしく、否定の言葉はなかった。
「まったくあいつは!なにが大学だ、なにが飲み会じゃ!あいつは家を継ぐんだからそんなもん必要なかった、高校卒業したら家業の手伝いをすれば、死ぬようなこともなかったろうに。本当にあの大馬鹿もんは!」
沈黙の後にバンと荒々しくテーブルを叩いたのは、お祖父さん。苦々し気に怒鳴って立ち上がり、チャーハンを残して去ってしまった。
「ごっそさん」
父親もそう言って立ち上がり、部屋を出て行った。おそらくは工場へと向かったのだろう。
続けて正彦さんも完食したところで茶を一口。それから手を合わせて言った。
「ごちそうさま、俺も仕事に戻る。美咲は泊まってくのか?てか仕事は?」
「今日は土曜でお休みだよ。明日も休みだから、多分泊まってく」
その場合、僕らはどうすればいいんですかね?
一時間かけて車で戻れってことですかね、そうですよね、僕が運転ですね、菜桜さんは今度こそ助手席に座ってくれるかな。
「そうか。じゃあまた後で」
「うん。お仕事ご苦労様」
僕が阿呆な思考を巡らせているうちに正彦さんは仕事に戻り、また菜桜さんのズゾゾ……という麺をすする音が響いた。
「……まだ食べてるんですか?冷めてぬるくなったでしょうに」
「これくらいが丁度いいのよ」
とっくにスープまで飲み干した僕に、スープは残して食べ終えた美咲さんは、菜桜さんが食べ終わるまでお茶を飲んで待つのであった。
「壱岐さん、食後のコーヒーでも飲みますか?」
「ありがとうございます、いただきます」
「金ケ原さんも飲まれます?」
スープをすすっている菜桜さんは、問いにコクリと頷いて是を返す。
立ち上がった美咲さんは冷蔵庫を開けて、作り置きであろうボトルのアイスコーヒーを出して来た。
「これ、朝に母が豆を挽いて淹れてるコーヒーなんです。とても美味しいんですよ、良かったら好きに飲んでください」
「それはありがたい」
「金ケ原さん、コーヒーお好きなんですか?」
「ええ、大好物です」
本当は、今日のように暑い日でもホットコーヒーが好きな菜桜さんだけど、さすがによそ様の家でそんな要求はしない。
ようやく食べ終えた菜桜さんと、僕の前に氷の入ったアイスコーヒーのグラスが置かれる。
でも僕の前にはミルクが置かれてるのに、菜桜さんの方にはなにもない。紙包みに入ったストローがチョンと置かれているだけ。
「菜桜さんはブラックですよね?」
「え?」
「だって、事務所で何も入れずに飲んでおられたから……」
よく見ているなという感じで眉を上げる菜桜さん。
「あれは私の好みをしってるトトが、事前に入れてくれてるからです。私は、コーヒーは砂糖もミルクもたっぷり入れる派なんです」
「そうなんですね。じゃあミルクを用意します」
「もしかしてシロップ切れてます?」
調味料のお砂糖でもいいんですが……と言いかけた菜桜さんに、美咲さんは「違うんです」と笑う。
「うちの家族も、全員コーヒーに砂糖を入れる派なんです。だから母はコーヒーを淹れた時点で砂糖を入れてるので、既に甘いんですよ」
「ああなるほど」
「ミルクに関しては、父と祖父は入れない人なので、各自で用意することになってます」
「へえ……」
興味深げに聞く様子に、少し胸が痛む。きっと菜桜さんは自身の家族のことを思い出しているのだろう。その記憶が彼女を苦しめることになっても、彼女はことあるごとに家族を思い出す。
「あ、僕はミルクなしで大丈夫です」
僕の声が彼女の思考を遮ることができればと声を上げれば、フイと菜桜さんが僕を見た。
「そもそもトトこそがブラック派だよね」
「え、そうなんですか?ごめんなさい、うちにブラックはなくて……あ、来客用にペットボトルのがあったかな?」
慌てたように冷蔵庫を開ける美咲さん。
いえいえ、一番好きなのはブラックですが絶対のこだわりなんてありませんから、なんでも飲みますよ。
そう言おうとするより先に、僕より冷蔵庫に近かった菜桜さんが立ち上がった。
「これ、ひょっとしてブラックなのでは?」
「あ、それは……」
菜桜さんが指さす先には、今美咲さんが用意してくれた母親が淹れたコーヒーボトルとは別のボトル。
同じくガラス製の1リットル容量であろうそれには、半分ほど真っ黒な液体が満たされていた。
ちょっと、勝手に失礼ですよ。
ボトルに手を伸ばそうとする菜桜さんを咎めようと腰を浮かした時。
「それに触るな!!!!」
大きな怒鳴り声が響いた。
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