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第0話
プロローグ
しおりを挟む真っ暗闇のはずの世界で、目に映るのは真っ赤なそれ。
ぽたりぽたりと音が聞こえてきそうな赤い雫は、真っ白な絨毯を遠慮なく染めあげる。
(あれは、ママのお気に入りだったのに……)
苦労して見つけたのよとママは笑った。
私やお兄ちゃんが、お菓子やジュースをこぼしては怒られたけれど、最後にはいつも「しょうがないわねえ」と言って笑ってくれたママ。
そのママは、絨毯の上で横たわり、自身の体から流れ出す血で絨毯を染めてゆく。
それは止まる気配がない。
「ママ……」
声をかけるも、返事もなければピクリとも動かない。
ああそうかと気付く。
もうそこに、命は無いのだと気付いてしまう。
ママは死んだ。
そばで、絨毯からはみ出す形で倒れている兄もまた、きっと死んでいる。だってその体からも、血が……おびただしいほどの血が流れだしているから。
赤い血が命を奪い、流れてゆく。
「お兄ちゃん?」
確認か希望を込めてか自分でもわからぬままに声をかけるも、やはり返事もなければ動きもない。
呼吸で体が上下している様子もないことから、事切れているのは明らか。
視線を少しばかり動かせば、部屋の隅で壁にもたれかかるようにして座り込む人物。
「パパ……」
パパがいた。
うつろな目をして……いや、そこに命の光は見て取れない。
闇だ。
あの人の目が映すのは、ただの闇。死後の世界にだけ存在する闇だけ。
死んでいる。
みんな死んでいる。
パパもママもお兄ちゃんも。
大好きだった三人が。
昨日まで……いいや、今朝までみんな笑っていたし、ただただ幸せがこの部屋を満たしていたのに。
もう光は無い。
どこにも存在しない。
息をしているのは、外から帰宅したばかりの自分一人。
いいや違う。
この部屋にはもう一人、息をしている……生きている人がいる。
「あなた、誰?」
ポタリと一度、血の雫が落ちる。その右手に持った、大きな包丁から落ちる。
包丁を……血濡れのそれを持つ人物は、ぼおっと部屋の中心に……絨毯の上で立ち尽くしている。
「あなたがみんなを殺したの?」
問いにピクリと見知らぬ誰かの肩が揺れた。
ゆっくりとその目が動く。
自分や小学生の兄より幾分か年上であろう、けれどまだ幼さを残す少年の顔が、私を見る。
「殺したの?」
もう一度放たれた問いに、動いたその唇はどんな言葉を刻んだろうか。
記憶は闇に呑まれ、もう思い出せない。
幼かった頃の記憶は曖昧で、すっかり薄れてしまった。
でも私は忘れない。
大切な家族が奪われたあの日のことを。
私の家族を奪ったあの男のことを。
私は一生、忘れない。
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