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第二章 今度こそ
4、
しおりを挟むガラガラと街中を馬車がゆっくり走る。ふと目の端に止まったそれに、私は慌てて御者に声をかけた。
「買いたい物があるから、少し待っててくれる?」
そう言って馬車を降りた。公爵家の子供が共も連れずに軽率かと考えたが、兄の言うところの見すぼらしい格好の自分を誰が令嬢と思うだろう。使用人が主人の命で買い物に行ってると、誰もが思うだろう。
そう気楽に考えて、私は店に入った。途端に鼻をくすぐるのは甘い香り。
「ああいい匂い。お腹を刺激するわね」
そう言って店内を見回せば、大勢の客でにぎわっていた。ほとんどが女性というこの店は、甘いお菓子を販売している。白いクリームたっぷりにフルーツがふんだんに使われたケーキが目に留まる。ただ、それは最後の一個だった。
「これは屋敷に帰ってから食べようかな。お土産はあっちの在庫がたくさんあるやつにして……。あの、この……」
店員に声をかけ、このケーキをください。そう言おうとしたのだが、
「すまんが、この残り一つのケーキをくれないか」
横からズイと黒い影が並び、ドンと私の体を押しやる。
「へ?」
突然のことによろけていたら、まさかの狙っていたケーキを注文。それはないでしょう!?
「ちょっと、それは私が狙っていたのよ!?」
思わず抗議の声を上げる。私の邪魔をするのは誰だ!? と声の主を見て……言葉を失ってしまった。
それはこの店には珍しい、男性だったのだ。真っ青な髪と瞳という、この国では珍しい色彩をもった男性。おそらくは誰もが見惚れる綺麗な容姿をした男性は、真っ黒ながら豪奢な刺繍が施された服を着ている。
ただ、確かに美形なのだが近寄りがたいものを感じさせるのは、その瞳が冷たい光を宿しているから。
青い瞳は、空というより氷だ。
思わず見入っていたら、男がようやく私に気付いたように目を向けて……いや、ギロッと睨んで来た。
「なんだ? 子供が一人でこのような場所に来るんじゃない」
「お、お言葉ですがねえ、そのラスイチケーキは私が狙っていたのよ! 突然割り込むなんて酷いわ!」
負けじと綺麗な顔を睨み返せば、ズイと男が顔を近づけてきた。突然のことに、ビクッと体が震えて動けない。マジマジと綺麗な顔と見つめ合う。だがそれも一瞬。
「なるほど」
と男は頷いて、無言で店員が差し出したケーキの箱を受け取った。って、なぜ店員も男にアッサリ渡すの!?
「いつもご贔屓にありがとうございます」
駄目だこりゃ。常連だかなんだか知らないが、男に対してウットリした顔で目にハートを浮かべる女店員に、私は見えてない。男の虜になってる店員相手にクレームは届かないだろう。
「く! ちょっと美形だからって……子供相手に最低!」
とか言いつつ、精神が大人でありながら子供という立場を利用しようとした発言は、大人げないのだろうな。と思っていたら。
「子供? どこがだ」
「え」
言われたことに理解が追い付かない。ポカンとしてるうちに、男は店を出て行ってしまった。
え、どういうこと?
ひょっとして、私の正体に気付いてる?
「まさか、ね……」
妙な男の言葉に、思わず否定を口にする。
もう二度と会うことはないだろう、というか会いたくない。
だがその言葉の真意は聞いてみたい。
矛盾する思いを抱えながら、残ったケーキから選択を済ませた私は、ケーキを手に店を後にする。
再び馬車に乗り込んで数分。
すぐに目的地へと到着した。
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