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番外編-恋愛end~ベルシュver.(前編)
しおりを挟むカリカリとペンの進む音が聞こえる。
時折手は止まるものの、それはほぼ継続的に続いた。
かれこれ一時間くらいその音のみが部屋に響いて。
そしてようやくその人はペンを置くのだった。
「う~ん、ちょっと休憩しようかな……」
伸び~っと両手を頭上に上げるその人は──先日正式に王となったばかりのベルシュ様、その人だった。
「お疲れ様です。何か飲みますか?」
「アンナが淹れてくれるの?それは是非飲まないとね」
「いえ、メイド呼びますけど」
私がコーヒーや紅茶の淹れ方下手なのはご存知でしょうが。普通に淹れてなぜあんなに不味くなるのか自分でも分かりませんし、誰に聞いても教わっても皆一様に首を傾げるくらいには謎の下手さがありますから。
なので誰か呼ぼうと呼び鈴を鳴らそうとして。
「え、じゃあいいや」
ベルシュ様に止められてしまった。なぜですか、休憩なら何かお腹に入れた方がいいと思いますよ。そもそもお昼もあんまり食べないですぐに仕事してるじゃないですか。
王になったばかりのベルシュ様はとにかく忙しい。
あんな阿呆な王から引き継ぎなのだからさぞや大変なんだろう。そう思っていたら、意外にもそれなりにちゃんと政務をこなしていたらしい。あのアホ王が、アホ王のくせに。多分(元)王妃様や宰相のおかげなんだろうけど。
それでも政権交代ってのはそうすんなりいくものでもなく。それも結構突然のことだったから色々忙しいんだろう。
その辺の事は私は何も知らない。というか知りたくもない。
だって私、王妃になるつもりありませんから!平和に片田舎で農作業でもして生きていくつもりですから!
──という壮大のようで小さな夢を語って聞かせたのは何回目だろう。
だから婚約解消してくださいってお願いに上がったのも、もう何回目なんだろう。
今日も今日とて婚約解消してくれ~って言いに来たら、「あ、ちょっと待ってくれる?」と待たされる始末だ。
じゃあ帰れってもんなんだろうけど、「え、帰っちゃうの?」と寂しそうに言われて帰れると思いますか?
金髪碧眼、見目麗しきイケメンの王が、耳や尻尾を生やしそうな勢いで!キュ~ンキュ~ンと言いだしそうな悲しそうな目で!
言ってきたら、誰だって帰れないと思う。少なくとも私はそうなんだ。犬が好きだ、レトリバー大好きだ。ベルシュ様の金髪ってゴールデンレトリバーを彷彿させるよねえ。
思わずヨシヨシしたくなったけど、そこは理性が勝ちました。
グッとこらえて私は黙って待つことにした。
そして待つこと一時間……我ながらよく待ったと思います。
ソファに座り続けてたらお尻が痛くなったのでゴロゴロ横になったりもしてたけど。
小腹空いたのでポリポリとお菓子を頬張っていたけど。
それでもあまりに退屈でちょっと寝たりもしてたけど。
その横で真剣な顔で政務に励むベルシュ様はなかなかイケメンだと思いました。
ウトウトしてる時にイケメン見るのってマジ眼福ものよねえ……。
そうやってボーッと見てたら一時間もあっという間だったと。
そしてやっと休憩に入るそうだ。やっとですか!待ちましたよ!好き勝手してましたけど、それなりに待ちましたよ!待ちくたびれたよ!
「何も召し上がらないんですか?じゃあちょっとこの書類にサインしてください」
「え、何?」
「じっくり読まなくていいんで!この最後尾のサイン欄にちょいとサインいただければ……」
勢いに任せて紙を差し出して上の方を手で見えなくさせて。
そしてサイン欄を指さした。
さあサインしろ、このまま黙ってサインしたまえ!それで全てが終わってひゃっほいになるんだ!
「ひゃっほいて何その表現」
あらやだ声に出てました。慌てて口を押えるも、胡散臭げな王太子の視線が痛い。やめてそんな目で見ないで、なんだか顔が赤くなっちゃう。嘘です、なりません。
「というか、サインしないよ」
「え!なんで!?」
「怪しい書類にほいほいサインしないのなんて当然だと思うけど?」
「いやいや怪しくないですよ、全て私がその筋に詳しい方から教えてもらいながら作った正式な書類で」
「しないよ」
「なんで!」
頑固なベルシュ様に食い下がっていたら。
「しないよ、婚約解消の書類にサインなんて……絶対に」
しれっと言われてしまった。
あらやだバレてた?
頻繁に来ては婚約解消!とか言ってたら分かるってか?
チッと小さく舌打ちしながら、私は紙を丁寧にしまうのだった。
「バレてましたか、残念」
「バレないはずないでしょ。そしてサインはしないからね」
どうしてそんなに頑なかなあ……。
ベルシュ様は今や立派な王だ。王になれば何より優先すべきは国の事だけど。次点で大事なのが、婚姻と後継だったりする。
後継、それ即ち子を成すって事ですから。
最重要なのは婚姻って事になる。つまり早くお嫁さんを迎えなさいってこと。
そしてそれは当然、現時点での婚約者である私が最有力候補となるわけだ。というか決定事項なんだけど。
周りがせっつく中、私はどうにかこうにか逃げ回っており。
チャンスを窺っては解消を目論んでいた。
が、ご覧の通りの有様で、未だに解消に至らないのだ!
ちなみにお父様はどっちでもいいらしい。別に王家の後ろ盾が無くても我が家は安泰、問題ない。解消しても嫌がらせするような器の小さな王でないことも理解しているから。
だから後は私の気持ちが決めればいいってことで。じゃあ解消したい!と言ったら、自分でベルシュ様の同意を得てこいときたもんだ。お父様の力をもってすれば簡単なのに!鬼なのか愛があるのか分からん!
そんなこんなで頻繁に王宮に来てはベルシュ様にお願いしてるんだけど。
けんもほろろとはこの事か!ってくらいに塩対応をされてるわけなのです。
いやまあ、通常は優しいんだけどね。
なんかグラグラしそうになるんだけどね。
でも!
王妃なんてかたっ苦しいの絶対嫌だ!
魑魅魍魎が住まう王宮で……諸外国とのやり取りで……上手くやれる自信ない!
ていうか王妃教育の成果が全く出てない私に、何をどうしろって言うんだろう。
「私では役不足だと思うんです。優秀な令嬢は数多おられると思いますけど?」
「アンナ以外の誰が私の奥さんになれると思うの?」
「いや、だからいっぱい居るかと……」
「アンナは私が嫌い?」
ぬおおおお!
だから!
そんな!
キラッキラの目で見ないで!
捨てられそうになってる犬の目をしないで!
私が犬好きと知っての所業かああぁぁ!!!!
見てはいけない、この目は見てはいけないんだ!
このままではまた押し切られてしまう!そう思って視線を外すのだった。
ああ、今日も駄目っぽいなあ……仕方ない、また出直すかあ。
ストレートでは駄目だ、他の方法を模索しよう。そう思って部屋を出ようと王を見る。
すると王は何かしら考え事をするかのように窓の外を見ていた。
「いい天気だなあ……」
何を呑気に。こっちは天気を気にしてる場合じゃないんですよ。
むしろ早く農業始めて、それから呑気に天気を気にしたいです。なのでサインして。
そんな思いを乗せてジッとベルシュ様を見つめていたら、こちらを向いた彼と目が合った。
どうしよう、まだ食い下がるか……それとも今日は帰りますって言うか。
決めかねて、思わずマジマジとベルシュ様を見つめていたら、フッ……と笑われてしまった。
「!!」
何そのイケメン笑い!ちょっとドキッとしてしまった……不覚!
慌てて俯いてドキドキする胸を押さえていたら……
「そうだなあ……天気もいい事だし気分転換も兼ねて。街に行って見ないか、アンナ?」
そう、提案されたのだった。
「城下町に、ですか?」
「そ。なんだかあれこれ考えすぎてるみたいだし。気分転換にいいんじゃないかな?」
それは私のためってことですか?
その問いを発するのは不躾な気がして──優しく微笑まれてしまっては、何も言えない。
ずるいな……何だか胸がキュッとなるのを感じながら、それでもそれに気付かないフリをして。
私は差し出された手を、無言で掴むのだった。
狡いのは、私の方なのかもしれない。
「うわあ……!あれは何ですか!?」
「あれはマルハと言って、肉を乾燥させて加工してあって……」
「あれは、あれは?あれは何やってるんですか!?」
「あれは吟遊詩人だな。古の物語を歌って……」
「あれは?あれは!?ベルシュ様、あっちも!」
「はいはい、どこへなりともお姫様」
大はしゃぎとはこの事か。
最近の私はどうやら煮詰まっていたようで、そう言えばちっとも遊んでなかったなと思った。
学園はちゃんと通ってるけど。
色々ありすぎて、あれこれ聞かれるのが億劫だったりする。勿論私の立場を考慮した聞き方ではあるのだけど。好奇心という視線を一日中浴びていれば、ただただ学園は疲れるだけのものとなった。
家族はそんな私を思いやって放っておいてくれてるので、家は楽なのだが──ひっきりなしに訪れるゾルゼンスやケアミス……ぶりっ子までが私をそっとしておいてくれないのだ。
なればこそ、余計に早く田舎に引きこもりたいと思うのだけど。
全てが思うようにならない苛立ちがつのって、かなりストレスを感じていたんだろう。
久々に街に出て、そこでようやく私はかなり疲れていたんだと理解した。
お忍びだから服は質素に、民衆に自然と紛れる事が出来るもの。ベルシュ様の目立つ金髪は茶色に染められていた。動きやすい服装がなお私の心を浮かれさせる。
──けして……けっして!繋がれた左手にドキドキしてるわけではない!
「うわあ、なんて綺麗なの!」
「ああ、どうやら結婚式のようだね」
そうして行き着いたのは町の中心に位置する、大きな教会。立派なそれは何度か見た事あるけれど、今日は何だか雰囲気が違った。
そこかしこに花やリボンで美しく飾られた教会に、集う大勢の人。
その人たちの視線の先には……
「綺麗……」
思わず漏れたのは、紛れもなく私の本音だった。
教会から今しがた姿を現したのは一組のカップル。
美しい純白のドレスに包まれた花嫁。その横には旦那様であろう花婿。
二人はとても幸せそうだった。
幸せそうに微笑んで──キスをした。
ワッと歓声が挙がり、降り注ぐ花びらにライスシャワー。
それをはにかみながら受ける二人。
幸せで。
とても幸せそうで。
なぜだか知らない、本当に分からないけど。
「アンナ?」
「あ────」
私は涙を流していたんだ。
慌ててハンカチで拭う。
それを見て、ベルシュ様がクスリと笑うのが聞こえた。
「なに、感動したの?」
「う……ま、まあそんなとこです」
自分でも理由の分からない涙に、曖昧な理由で誤魔化す。
そしてもう一度教会に目を向けた。
「綺麗な花嫁さんだね」
「はい。世界一綺麗な花嫁さんです」
ベルシュ様の言葉に、一も二もなく同意する。
きっと二人にはこれからたくさん困難な事が待ち受けてるんだろう。でもきっと大丈夫だと思わせるような幸せな笑顔の二人に。
今度は知らず笑みが漏れたのだった。
「きっとアンナの花嫁姿も綺麗だよ。世界一、美しい花嫁になるよ」
「なりませんってば」
教会を後にしてから、ベルシュ様がからかうように言う。どうにもこそばゆいなあ。
う~ん、失敗だ。いかにも感動しました!てな様を見せてしまったのが良くなかったか。
ベルシュ様を振り切って去りたいところだけど、しっかり繋がれた手はどうあってもほどけそうにない。
なんだか気まずいし、そろそろ帰るかな。
そう思ってたら、見覚えのある建物が見えてきた。
「あ、あれって……」
「……神殿だね。別の場所に行こうか」
特に当てもなくブラブラ歩いていたら、神殿が見えてきたのだ。そう、ぶりっ子の居る、あの神殿に──
これは引き返すのが一番だな。
そう思ったのは私だけじゃなかったみたいだ。
グイと引かれる。
その力が予想外に強くて。
ついよろけてしまった私は、「大丈夫?」ととっさに支えてくれたベルシュ様に寄り掛かるようになってしまった。
「あ、すいませ……」
言葉はそこで止まる。
思った以上に近くにあったベルシュ様の顔。
息が止まる。
目が離せない。吸い込まれそうな、その目から──
きっとさっき見た結婚式のせいなんだ。
雰囲気に流されてるだけなんだ。
そうだ、絶対そうなんだ。
だから、駄目だよ……
駄目だよ。私は平民になるんだから。
駄目だよ。私は王妃には向いてない。
駄目だよ。好きになっちゃあ……
近づいてくる顔。
分かってるのに、私は動かない。動けない。
唇が触れ合うまであと一秒────
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