引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール

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第二章〜娘との旅路

10、

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「九歳って微妙なお年頃だよなあ」
「なに、突然」

 パチパチと焚き火の爆ぜる音が、夜の静けさの中に響く。その前で胡座かいて座る俺の横では、毛布にくるまりスヤスヤと気持ち良さげに眠るシャティア。焚き火の向こう側では、エリンが水を飲みながら怪訝な顔で俺を見る。
 ユラユラと揺れる炎。その前に座る俺達の顔もまた揺れているように見えて、深夜ということもありなんだか不気味だ。
 余談だが、寝る前のシャティアに「草木も眠る丑三つ時……」とお約束な話をしたら「丑三つ時ってなに?」と聞かれて雰囲気ぶち壊し。ついでに「草木って眠るの?」とか言われて、眠る眠らないで真剣に論議したり。
 そういうのは置いといて、と気を取り直してとっておきの怪談話をしたら「パパなんて大嫌い!」と俺にクリティカルダメージを与えて娘は寝た。冒険中にゲットした、秘蔵の恐い話だったんだけどなあ……と、涙を浮かべて眠るシャティアの寝顔を見ながら言えば、「あんた本当に父親に向いてないわね」とエリンに言われたり。そんな騒がしくも静かな夜。

 魔王は倒しても魔物は闊歩するし、普通に獣が徘徊するからとエリンと交代で見張り。今は俺の番だというのに、エリンは寝ようとしない。寝ないなら俺が寝てもいいかな、駄目ですか、さようで。魔族はあまり寝ない? じゃあやっぱり代わってくれよ、面倒だから嫌ですかそうですか。

 こんな夜更けに魔族と無言の時間を過ごすのもなんだと話をふれば、不思議そうな顔をされてしまった。

「いやさ、九歳って微妙だろ。大人に近づいてはいるし、実際大人っぽい発言もする。かと思えばまだまだ子供で、幼くて、やることなすこと子供。大人と子供のはざまってやつだなあ」
「そうねえ。魔族はもっとゆっくり成長するから、九歳なんてまだまだ赤ん坊に近いものがあるけど……人ならたしかに中途半端に大人びている、微妙なお年頃かもね」
「早く母親に会いたいだろうに、なんでわざわざ時間のかかることをするかねえ」

 エリンがせっかく飛んで移動してくれるって言ってるのに。
 そうぼやけば、また「鈍感」と言われてしまった。

「にしても、あんたって本当に勇者なのね」
「なんだそりゃ」
「噂には聞いていたけど、私のような末端の魔族からしたら、魔王を倒したと言われてもピンとこないのよ」
「そういうもんか」

 ま、人間だって遠い地方のド田舎に住んでいたら、国王が死んだと聞かされても「ふ~ん」で終わるだろう。魔族だってそういうことだ。

「その剣、それがなきゃ、あんたただの野暮ったいオジサンで見過ごしているわ」
「ああ、なるほどね」

 腰から外した剣に視線を向けて、末端の魔族にも見過ごせないものなんだなと思う。さすが女神の剣。
 そこで気になっていたことをズバッと聞いてみることにした。

「なあ、エリン。お前さ、ひょっとして魔王の仇をとりたくて、俺と一緒にいるのか?」
「まさか」

 一蹴とはまさにこれ。
 頭の片隅にあった疑問が一瞬で蹴っ飛ばされる。

「私はむしろ感謝してるわよ。あの魔王、最悪だったもの。なんなのあの無意味に残虐なの。毎日一人は人間殺せって、どんなノルマだって思った」
「ノルマクリアしたのか?」
「それこそまさか! 私はそれまで人間の村で共同生活送っていたのよ。平和な地方のド田舎で、みんな仲良く楽しくやってたってのにさ。あいつのせいで魔族のイメージガタ落ち。おかげで村を出る羽目になったし。あいつだけは絶対許さないって思ってた。でも敵わないし、魔王に傾倒してる連中に見つからないように逃げる日々だったわ」

 なるほどねえ。
 そういや魔王討伐の旅の道中で、たまに森の奥地の洞窟で、ひっそり暮らしている魔族がいたっけか。俺等を見ても戦おうともせずに直ぐに逃げ出していた連中。ああいった連中は、エリンと同じような境遇だったのかもしれない。

「魔王が死んでようやく隠れ住む必要はなくなったけど……落ちた魔族のイメージはすぐには戻らない。結局ずっと一人孤独に生きてきたのよ」
「元いた村にも戻れず?」
「あの魔王が台頭して何百年経ったと思っているの? 私が住んでいた頃の人間なんて、一人も生きていない。そんな村に戻れるはずもないでしょ」
「そうか」
「そうよ」

 苦労したんだな、と言えば苦笑が返ってきた。

「それでも……やっぱり私は人間が好きなのよ。だから魔族の私と気にせず旅をしてくれてありがとう。魔王を倒してくれてありがとう」

 予想外の感謝の言葉に、俺は目を見開く。
 炎のせいか心なし顔が赤く見えるエリンに気づかないフリをして、「交代の時間だ、俺は寝る」と言って毛布にくるまった。

 まさか魔族に感謝されるとは思っていなかったな。年を取ると涙もろくなるぜ、と毛布で目元を拭うのだった。
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