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第二章〜娘との旅路
11、
しおりを挟むパチパチと焚き火の音が聞こえる。
フッと目を開いて、俺はゆっくりと体を起こした。まだ夜は長く、空には満天の星が輝いている。
ふと見れば、シャティアは相も変わらず夢の中。その横では「魔族はあまり寝ない」とか言っていたエリンが、寄り添うように眠っている。
「寝ないんじゃなかったのかよ」
苦笑して、焚き火に目をやる。
……正確には、焚き火の向こうに、だ。さっきまでそこにエリンが座っていた場所。そこを見ながら「ま、お前の睡眠魔法にかかれば、どんな魔族であれ眠るのも無理ないか」と俺は話しかける。
焚き火の向こうで、影が揺れた。
「よお、久しぶり」
「……そうね」
声をかければ、ややあって返事が返ってくる。
声の主は、水色の髪をかき上げる仕草をする。その前髪の下には、青空のように美しい青い瞳が焚き火を見つめていた。
僧侶エタルシア。
氷のような美しさを兼ね備えた、世界トップクラスの僧侶。
かつて勇者パーティーに属していた、俺の仲間。
「どうやってここまで来たんだ?」
「ハリミの魔法に決まっているでしょ」
世界で唯一、飛行魔法を使える大魔法使いの名をエタルシアは告げる。
「そのハリミは?」
「飛行魔法で空を散歩中」
「飛んでるのに散歩、なのな」
「それ昔も言ったわね」
「そうだっけか?」
「忘れたの? もう耄碌したの、お爺ちゃん?」
「おじい……せめてオジサンにしてくれ。冗談だよ、覚えているさ」
お前たちと過ごした時間は、いくつになっても忘れない。
そう言えば、エタルシアは軽く目を見開いた。その無表情で美しい顔に、かすかな笑みが浮かぶ。俺の好きな、貴重な彼女の笑顔だ。それを引き出せたことに満足する。
彼女は昔と変わらず美しい。
「お前は変わらないな。……いや、少しばかり皺と白髪が増えたか?」
「即死魔法かけてあげましょうか?」
「冗談だよ、お前は本気でかけそうだから恐い」
「それこそご冗談。勇者なあんたに即死魔法なんて効果ないもの」
「はは」
俺が笑っても、エタルシアは笑わない。彼女の笑みは貴重で、だからこそたまに出るそれは美しいのだ。
と、突然一人の人物が空から舞い降りた。
視線を向ければ、魔力の強さを物語るかのように、紫の髪と瞳を持つ女性が立っている。そのままゆっくりとエタルシアの横に座り込んだ。
「久しぶり、ハリミ」
「……」
懐かしいな、その無表情。エタルシア以上にハリミは感情を顔に出さない。無表情でありながら、その中には熱く秘めたる感情があって、それを読むのが楽しかったことを思い出す。
「なんだよ、久しぶりで照れてんのか……うあっちい!」
言った直後、焚き火の火が強くなって、一瞬俺の前髪を燃やす。ハリミの魔法のせいだ。
「やめてくれよ、俺の綺麗な金髪がチリチリになるじゃないか!」
「どうせなら髪全体をチリチリにしてあげようか?」
「ますますオッサンくさくなるから止めてくれ」
なんというか、本当に懐かしい。
一緒に冒険していた頃は、この二人に塩対応されまくってたよなあ。
魔王討伐後、それぞれといい感じになっても、基本この塩対応は変わらなかった。ベッドでは別人のようだったのに、なんて言おうものならマジで殺されかねないので、口にはしないが。
「こんな遠方まで来て大丈夫なのか? お前らのどっちか、不治の病なんだろ?」
まあすぐに死ぬほどのものではないらしいが、それでもこんなホイホイ遠出していいのかと聞けば、二人して顔を見合わせる。なんだよ。
「ひょっとして、病は嘘とか?」
「それは本当。でもあなたがそんなこと気にするなんてね」
「なんでだよ。俺はそんなに冷たい人間じゃないぞ」
「私達二人と関係もって、捨てたくせによく言うわ」
エタルシアの声は冷たい。これは怒ってるなあ……。
「捨てたって……お前らが俺と別の道を行くって、離れていったんだろ?」
「引き止めなかったじゃない」
「引き止めてほしかったのか?」
「……別に……」
あ、これ、引き止めて欲しかったやつだ。なるほど、俺は女性経験は豊富でも、女心はよく分かっていなかったらしい。ずっと一緒にいた仲間だってのに。そりゃ二人が怒るのも当然というもの。
「悪かったよ」
「許さない。だからちゃんとシャティアと旅をして、私達のところまで来て」
言って、エタルシアは立ち上がる。続いてハリミも。
「え? 迎えに来たんじゃないのか?」
「あなたと合流できたか、無事を確認しに来ただけよ」
「いやいや、大事な娘だろうが」
「大事だからこそ、あなたに預けるんでしょ」
「えええ……」
なんだそりゃ、と思う俺の前で、エタルシアが眠るシャティアに目を向けた。心なしかその目は優しい。
ああ、こいつでもこんな顔するんだなと、長い付き合いだってのに初めて見る表情にドキリとする。
その横でもハリミが同じような表情をしていた。
……二人共、すっかり母親なんだな。
しかしその目がシャティアの隣で眠る人物に向くと、途端に険しく鋭いものに変わる。
「まさか、魔族と行動を共にするなんてね」
意外だわ。
エタルシアの言葉にハリミも頷く。
「まあ成り行きで」
悪いやつじゃないぞと言えば、「悪い魔族だったとしても、あんたの前で悪さは出来ないでしょ」とエタルシア。謎に信用されているんだよなあ。
ちょっとウルッときてる俺の耳に「手を出したら殺す」なんて、ハリミの不穏な言葉が届く。
「……殺すって、どっちを?」
「聞きたい?」
「結構です!」
聞かなくてもわかる、ハリミの無表情なのに殺気を感じさせる気配に、慌てて首を振る。こえーよ!
「九歳のガキがいるのに、18禁なことはしねえよ」
「どうだか」
俺のこと、信用しているのかしていないのか、どっちなんだ。
そんなに心配なら、シャティアを連れて帰れば良いものを。
こいつらの思惑がサッパリ分からん。
だが聞くべきことは聞いておくべきだと、立ち去られてしまう前に俺は問いかけた。
「病気なのって、お前らのどっち?」
「どっちでもいいでしょ。こうやって普通に動ける程度の、大したものじゃないわ。シャティアは子供だから、大袈裟に心配しているけれど」
「そうか、ならまあそれはいい。聞きたいことはこっちが本題。シャティアの産みの親はどっちだ?」
その問いには返事がない。
エタルシアとハリミは互いの顔を見つめ合う。それからゆっくりと二人して俺を見る。
焚き火がパチッと音を立てた。
「「教えない」」
「え」
二人揃って言われてしまえば、対する俺は戸惑うしかない。
「なんでだよ」
「それを知りたければ、私達のところまで来なさい」とエタルシア。「そのための旅でしょ」そっけなく言われる。
「シャティアと一緒に旅をして」とはハリミ。
「自分の娘としっかり向き合いなさい」
そう言い残して、二人は飛んで行ってしまった。
「ちょ、おい、待てよおい!」
静かな夜に俺の声が虚しく響く。あっという間に見えなくなった二人に「なんなんだよ」と呟くことしかできなかった。
結局、シャティアがどちらの娘なのか分からずじまい。
眠る娘の顔は、あの二人のどちらにも似ているし、どちらにも似ていない。あまりに俺の血が濃すぎて本当に分からない。
「……ま、いいか」
あの二人の元へとたどり着けば答えが与えられるのだ。時間はたっぷりある、焦ることはあるまい。
十年以上も気長に魔王討伐の旅をした俺だ、一年かそこらの旅など大したものではないのだ。
頭を悩ませるのは得意ではない、今が平和ならそれでよし。
見上げた空で、星が一つ流れた。
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