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第三章〜滅ぼされた村
8、
しおりを挟む覚えているかい、とアッシュは聞く。
「子供の頃、僕らの村が滅ぼされたことを」
「……ああ、よく覚えているさ。忘れられるわけがねえ」
「そうだな」
カズアの返事に、アッシュは目を細める。おそらくは、無くなってしまった故郷に思いを馳せているのだろう。
「五歳にも満たない頃に、僕らの村は魔族によって滅ぼされた。それから五年、ようやっと新天地にも慣れて……この新しい村で、新しい人生を送ったよな」
「ああ」
そうか。子供なカズア達の言う『五年前』というのは、この村ではなく、更にその前……カズア達が幼い子供の頃に住んでいた村のことなんだな。
「生まれ故郷からこの新しい村まで、ずっと一緒だった。……僕ら三人」
「……」
三人。
アッシュは子供の頃から好きだった女性と結婚したと、カズアは言っていた。つまりその女性と三人、幼馴染だったのか。
「まさか、また、魔族に滅ぼされるなんて、ね……」
「すまねえ」
悲しみを目に浮かべるアッシュに、即座に謝罪の言葉を述べたのはカズア。それに不思議そうな顔をするアッシュ。
「どうして謝るんだい?」
「だってよ。俺は……お前ら家族を守れなかった。何があっても、お前ら一家を守るって俺は近いを立てていたのに。それなのに俺は……お前らを救うどころか、俺がお前に助けられてしまった!!!!」
ポタリとカズアの目から涙が落ちたのが見えた気がする。だがそれは一瞬で、今はもう無い涙を確認できない。
「それは僕も同じだよ」
アッシュの言葉に、カズアの目が見開かれる。
「アッシュ?」
「カズア、僕も妻も、子供達も……みんな、キミが好きだった。大好きだったんだよ」
「……」
「僕の妻をキミも好いていたことは知っていたよ。それでもキミは僕と彼女の幸せを望んでくれた。裏表なく、ただ純粋に祝福してくれた。その時に僕と彼女は誓ったんだ。必ず、キミを守ると。キミの幸せを……」
「俺の幸せはお前らが幸せになることだ!」
「それでも!」
カズアの叫びを遮るように、より大きな声がアッシュから放たれる。それは生きている人間そのもの。亡くなっているとはまるで思えない。それほどに、彼の魂は強くこの地に残っているのだ。残って、伝えねばならないと思ったのか。
「それでも……僕らは望んでいるんだよ」
歯を食いしばるように、絞り出すようにアッシュは「キミが生きることを」と告げた。
「俺は、お前ら一家にこそ、生きて欲しかった」
「それは僕も同じだよ。カズア、キミには生きて欲しい。この新しい世界を」
そう言って、アッシュは俺を見た。その目は真っ直ぐに俺と、いつの間にか横に立って俺の手を握るシャティアに向けられる。
それから、背後のエリンに。
魔族な彼女を見て目を細めるも、その目に敵意はない。ただ純粋に、彼女を見つめている。
「もう、この世界に魔王はいない。魔族は確実に弱り始めている。新しい世が始まっているんだ」
「アッシュ……」
「僕らの代わりに、それを見届けてくれ。それでもなお後悔があるのなら、その思いの矛先は今生きる人に向けてくれ。今生きる人を……今のキミが大切に思う人を、守ってあげてくれ」
好いている人がいるんだろう?
アッシュの言葉に、驚いた顔をするカズア。それは図星を意味する。
「なんで……」
「分かるよ。子供の頃から一緒だったキミのことなら、なんでも」
言って、笑う。
それからアッシュは自分の手を握る、子供なカズアを見た。
「未練だね」
「?」
「キミが来るのを待って、魂となって待って……家族は全員成仏して、一人で待つのが寂しくて……気付けば、キミの幻影を作り出していた」
「なんで嫁さんじゃねえんだよ」
「本当にね。なんでだろう」
笑うアッシュは、けれど残念がっている様子はない。
「キミが何度かこの村に来ていたのは知っている。でも勇気が出なかった。僕らの死を受け入れることができないでいるキミに、何か言おうにも届かない気がして。でもやっと言えると、今日は思ったんだ。そしたらあの魔族が現れて、勇者が倒してくれた。……もうこれは運命だね」
勇者。
死者だからか理由は分からないが、アッシュは俺の正体を知っている。一瞬驚いた顔で俺を見るカズアに、俺は軽く肩をすくめるのみ。
「ありがとう、勇者様。僕らのカタキを討ってくれて」
礼の言葉に、無言で頷く俺。微笑みを浮かべてから、アッシュはカズアを見た。
「ありがとう、カズア。ずっと僕らを守ってくれて」
「だから俺は……!」
不意に、フッと子供なカズアが消える。一人佇むアッシュを、カズアは見つめる。
「守ってくれたよ。ずっと守ってくれた。おかげで僕らは幸せだった」
「……そうか」
「うん。カズア、どうかキミも幸せになってくれ」
「なっていい、のか?」
「当たり前だろう?」
笑うアッシュ、泣き笑いを浮かべるカズア。徐々にアッシュの体が薄くなってくる。もう成仏の時は近いのだろう。心残りはないということか。
「……ありがとう、アッシュ」
謝罪の言葉ではない。泣きながら礼を告げるカズアに、アッシュが満面の笑みを浮かべた。
「空の上から、家族でキミを見守っているよ」
言葉と同時。
その姿は風にかき消されるかのように、消えた。
まるで最初から何も無かったかのように。
「アッシュ……!」
カズアの叫びが木霊する。
俺の手を握るシャティアの小さな手に、ギュッと力が込められるのを感じた。
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