引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール

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第四章〜戦士の村

6、

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「よーしよしよし、一旦落ち着け俺!」

 スーハ―スーハ―深呼吸するガジマルド。熊のようにウロチョロして、全然落ち着けてねえし。
 そういう俺も自分の頬に手を当てて「え? えええ?」と少女のように赤らめてみる。そこ「キモイ」とか言うなよ、俺の娘。

「え、俺に惚れた? 16歳の娘さんが俺に惚れちゃった?」
「うるせえ。幻聴になにマジになってやがる」

 現実を見たくない父親がここに。
 だが現実を突き付ける娘がここに。

「もお! 二人とも現実を直視してよ! 惚れたの! 私、レオンのことを好きになったの! ねえまだ独身なんでしょ? 私を奥さんにして!」
「ぎゃーーーーー! アリー、もっと自分を大事にしろおおお!!!!」

 俺の腕に抱きついて盛大に告る自分の娘に、ついにガジマルドは悲鳴をあげてぶっ倒れた。お前、魔王討伐の旅の途中でも、そんな叫び声上げたことなかったよな。どんだけ娘ラブなんだ。

 ドーンとぶっ倒れたガジマルドの顔側にしゃがみ込んで覗き見れば、見事に気絶してやんの。

「失礼なやつめ。自分の娘が俺に惚れることは、失神するほどショックなんかい」

 ヤレヤレ、と溜め息をついたその時だった。

「これはこれは……なんともまあ……かつての英雄が見る影もないねえ」

 女の声が頭上から降り注いだ。
 瞬間、ゾワリと寒気が走る。それが何かを俺は知っている。
 それは紛れもない敵意。相手を害しようとする者が放つ気配だ。

「誰だ!」

 見上げた空に、そいつは浮いていた。
 そう、浮いているのだ。普通の人間ではありえない。魔法を極めし者……ハリミほどの上位魔法使いにでもならなければ扱えない、浮遊魔法。
 それを難なく扱える者。そんな存在が何者であるかなんて、俺はよく知っているんだ。
 人間とは異なり、浮遊魔法を簡単に扱う者。

「……魔族、だと……?」
「隙が全く無かったのに、突然結界にほころびが出来たと思ったら。あれほど強固な結界であったというのに……まさか勇者が来てそんな事態になるとは、皮肉な話さね」

 言って、女魔族は笑う。
 ただしその笑みは、エリンとは全く異なる類のもの。冷たく、口元は笑っていても目は笑っていない。
 その目は獲物を狙う、獰猛な獣のような目をしていた。

「ずっと魔王様の仇討の機会をうかがっていたが……待つもんだねえ。まさか戦士と勇者、両方の娘が現れるとは」

 その言葉にハッとなった。
 狙いは俺やガジマルドではない。
 今この場で魔族が狙っているのは……!

「シャティア! 俺のそばに……!!」

 そばに来い!
 背後にいたはずの娘を振り返り、けれど俺は言葉を失い悔やむ。
 一瞬とは言え、油断した自分を心から責める事態となった。

「ぱ、パパ……」

 震えるシャティアの喉元には、鋭い爪。ゴツゴツとした醜い体を持つ魔物が、いつの間にかシャティアを羽交い絞めにしている。

「きゃあ!!」
「アリー!?」

 一度油断すれば続く。
 更に上がるのはアリーの悲鳴だった。こちらは大きなオークのような魔物が彼女を捉えていた。

「二人を放せ!」

 躊躇なく剣を抜き放ち、チラリと足元を見る。そこでは未だ目を覚ますことなく、ガジマルドが失神している。

「くそ! すっかりなまっちまってるじゃないか!」

 かつての奴なら、こんな殺気ビンビンの中であれば、一瞬で目を覚ましたものだ。
 やはり俺もガジマルドもブランクが長すぎた。
 すっかり平和ボケしてしまっている。

 睨む俺を前にして、魔族は際どい距離を保つ。ギリギリ俺の剣が届かない距離をとっている。
 その背後には、魔物に捉えられたシャティアとアリーの姿があった。

「二人を返せ!」
「返して欲しくば我が居城まで来られよ。ただし期限は設けるよ。一週間だ。一週間以内に我が元へ来なければ、二人の命はないものと思え」
「お前の城なんぞ行くか!」

 言って俺は剣を振るう。その風圧だけで魔族を切り裂く威力だ。
 だがそれは見えない壁に阻まれる。

「な!?」
「結界が得意なのは人間だけとお思い? 我らとてそれらを扱える者は少なからずいるさ」

 コロコロと笑う様子に、それが結界であることを悟る。
 結界がないと油断したが、結界があると分かれば手加減はしない。シャティアとアリーを巻き込むことを恐れて力加減を抑えたが、結界相手ならばその必要もなかろう。
 姿勢を低くして、手足に力を入れる。
 エタルシアとハリミの援護がなくとも、この程度の魔族ならば俺一人で──

 それこそが油断。
 平和ボケの象徴、大きな油断だった。

 構える俺の一瞬の隙をついたのは、誰あろう魔族。そして大量の魔物だった。

「きゃあ!? どっからこんな魔物が!?」
「ササラ!」

 村人に襲い掛かる魔物の群れ。それが陽動だと……囮だと分かっていても、見捨てるわけにはいかない。
 隙あらば人間を殺そうと思っている奴らの集まりであれば、放置するわけにはいかないのだ。

 少なくとも今すぐ殺される心配のない娘二人。
 対して、今すぐにでも殺されるかもしれない村人たち。

 選択時間は一瞬だ。

(今救うべきは……村人!)

「くっそおおおお!!!!」

 苛立ちに叫び声をあげながら、俺は村人を襲う魔物を倒すべく走りだすのだった。
 背後で女魔族の笑い声が聞こえる。そしてそれは直ぐに消えた。かき消えた。

 シャティアとアリー。
 二人の気配と共に、綺麗サッパリ消えたのである。
 
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