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第一部
12、真夏に帰ってくるってさ
しおりを挟む「暑い」
「メリッサ様、先程もおっしゃってましたよ。今日何回目ですかそれ」
「だって暑いんだもの! 文句は太陽に言ってちょうだい!」
「まったく、ちょっと暑い日が続いただけで情けないですねえ。公爵夫人として、ピシッと服を着こなせないんですか?」
ジトリとミラが睨む先には、外に出て人に見せるなんてできない、ましてや旦那様が見たら鼻血を出してぶっ倒れそう……な、薄着の私がいる。右手には扇。足は冷たい水で冷やしている。だがまだ暑い。
「この暑さで、まともに服を着たら確実に溶けるわ。私がスライムになってもいいの?」
「情けないですねえ」
「そういうのは、ちゃんとしたメイド服を着てから言ってちょうだい」
ジト目をお返しとばかりに向けた先では、これまた殿方には見せられないくらいに薄着をしているミラ。メイドがそれでいいんかい。
「どうせ私はメリッサ様としか関わりませんから」
「旦那様が突然部屋に来たらどうするのよ」
「大丈夫です、旦那様にはメリッサ様しか見えてませんから。私を見ること無く、メリッサ様を見て鼻血出してぶっ倒れて終わりです」
「終わらせないで」
それでいいのか、我がメイドよ。
「アラスも来るわよ?」
「子供に見られても困りません」
子供……なのかなあ?
アラスは先日めでたく16歳になった。私からすれば、もうすっかり大人なのだけれど。
というか、元から大人びているので、彼を子供と表現するのには違和感しかない。
「いやあ、眼福もんだなあ」
不意に声がかかった。
灼熱の真夏日が続いていて、へたっているのは私達だけではない。
子供のほうがこの暑さは危険、と屋根付きプールで遊んでいたはずのアーサーからの声に、私もミラもそちらを見た。
そこにはおしゃぶりはずしたアーサーが、プールの縁に肘をついてニヤニヤ笑っている。
「綺麗なお嬢さんがたのセクシー姿とか、子供になってよか……へぶうっ!」
「ミラぁぁぁっ!?」
飛んだあ!
今まさにジュースに入れようとしていた氷が、アーサー向かって飛んだ!
「待って、暴力反対! 子供に氷を投げちゃダメ!」
「あれは子供の皮をかぶった変態です!」
「そうだけどそうじゃないからあ!」
慌てて止めるも、ミラは再び氷を手に振りかぶっている。暑さでうちのメイド、おかしくなってない!?
「ちょっとアーサー、謝りなさい! そしておしゃぶり付けて!」
「い、嫌だ、俺は心は永遠の18歳……見たいものは見たい……」
それ年寄が言うセリフ! 1歳にもなってない子供が言うやつ違う!
あああ、また氷が可愛いアーサーに飛んじゃう!
焦る私の目の前で、しかし意外にも振り上げた手を下ろすミラがいた。
「ミラ?」
「まあいいです。もうすぐラウルド様がお戻りになりますから」
そう言って、ミラは氷をギュッと握った。溶けてボタボタ落ちてるのが、なんか意味深で恐いんですけど。
「しつけは実の父親におまかせしましょうかねえ」
そう言ってニヤリと笑うミラは、実に恐かった。背後ではサッとおしゃぶりを口にするアーサーがいるのであった。
深々とため息をついて、私は青空を見上げた。
そうか、そう言えばそろそろなのね。
ラウルド様から手紙が来たのは一週間前。
そこには『やっと休暇がもらえる!』とあり、息子に会いに一度帰ると嬉々として書かれてあったのだ。
「ラウルド様、アーサーを見て驚くでしょうねえ」
それは成長に関してか、魔法が使えるようになったことに関してか、はたまた前世の彼の人格についてか。
全部だろうなと内心思って、私は苦笑するしかない。
カランと音を立ててグラスの氷が溶けて揺れた。
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