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第一部
32、寝物語6~自分が変人であるという自覚はある
しおりを挟む「だから本当なんだってば! 獣がしゃべったの!」
「はいはい。夢を現実と思ってしまうほどリアルな夢を見たのね」
「だから違うんだってばー!」
どれだけ言っても信じてくれないリンダに、私の心は折れそうになる。
「そんなことより、治療した生徒の親が、あなたを躍起になって探してるわよ」
「妖精のしわざだとでも思ってくれないかなあ」
「そりゃ無理でしょ。あんな重症、治せるのは光魔法使い以外あり得ないって話だもの」
生徒が完治したという噂が流れた直後、リンダはすぐに私のしわざだと気づいた。隠すことは無意味と、問われるままに「そうだよ」と答えたのが数日前の話。
だが今、私にはそんな話はどうでもいいのだ。いや、治せたのは良かったけれど、感謝とかいらないし。
犯人(?)探しなんてしないでそっとしておいてくれと思う。
まあ私だと気付く者はいないだろうから、ここはスルー。
それよりも! と私はリンダに熱弁する。
「本当に見たんだって! 真っ黒な毛に真っ青な目の狼! それがしゃべったの、人間の言葉を!」
「そんな珍獣見たことないわ。魔物だとしても……言葉を話せる獣タイプの魔物なんて聞いたことない」
しかし実際に見てはいないリンダからすれば、私の話は『胡散臭い』としか言いようがないらしい。
うーん、なんと言えば信じてもらえるんだろう。
誰かとこの感動と驚きを分かち合いたい! と思うのだが、それはどうにも険しい道のりらしい。
「なんですの、どうしたんですの、私も話に混ぜなさい!」
「あ、ミンティアはいいです」
お呼びでない人は来るんだよなあ。
そそくさとその場を離れたら、「ちょっとおっ!?」と文句が飛んできたが今は無視だ。
家に帰っても……いや、どこであろうとこの数日、あの獣のことが頭から離れない。
あれは本当に魔物なのだろうか? 邪気もなにも感じなかったのに?
それにあの瞳……そして怪我。
「あの獣、なんか色々事情を抱えてそうだなあ……」
話せると分かっていたら、もっと色々お話したのに。
去り際にネタバラシするのはセコイと思う。
「はあ……また会えるといいなあ」
それはどういった感情なのか知らない。ただ、最初に会ったあのビビッと感じたあれが一体なんであったのか……それを私は知りたいと思う。
自室の窓辺で頬杖ついていたら、ノック音が響いたのは直後。
「メリッサ、今いいかい?」
「お父様? なにか?」
「うん、ちょっと相談なんだけどね……お見合いする気はないかな?」
「ないですさようなら」
「せめて五秒は考えてくれないかな?」
「……はい、五秒経ちました。この話は終わりですね、さようなら」
「父様にさようならはやめてぇ!」
なんなのだいきなり。
泣き真似とかやめて欲しいなあと、冷たい目を向けていたら、気まずそうに咳払いする父。男親って、娘への接し方が下手よねえ。
「実はだね。とある貴族様から、結婚の申し出があったんだ」
「……はい?」
「いやまあ、とりあえずは婚約なんだけど……結婚を前提にだね……」
「誰ですか、そのもの好きは」
「自分でもの好きって言っちゃうんだ」
そりゃそうでしょ。
こんななんの魅力もない土地を所有する子爵家。そこの令嬢である私。
特別美人でも妖艶な魅力をもつでもない私に求婚するなんて、どこの物好きだとしか言いようがないではないか。
「どんな理由があるにせよ、答えはノーです」
「どうして?」
「どうしてって……それは……」
聞かれると返答に困る。自分でも理由なんて分からないのだから。
ただ、なんとなく嫌だと思った。
「ひょっとして、誰か想い人でもできたかな?」
「そんなことは……」
ない。
そう否定すれば良いはずなのに、なぜかそれができなかった。
そして不意に脳裏をかすめる、あの青い瞳。
いやいや、待って、冷静になれ。
相手は獣だよ?
リンダやミンティアが、婚約者に会った時にビビッときたとは言ってたし、私はあのとき確かにビビッと感じた。
でも相手は獣だ!
獣に恋するなんて、ちょっと……いや、かなり変人ではないか?
ペット感覚?
う~ん、それも違う気がする。
「おや、あながち間違ってはいなかったかな?」
すぐに否定されると思ったのにと呟く父に、私は何も言えなくなってしまった。
だが「じゃあこの話は断ろうか?」と言われた瞬間、なんに対しての意地か反抗心かしらないが、「お見合いします!」と言ってしまった。
ああ軽率。
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