【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール

文字の大きさ
2 / 68
プロローグ

1、

しおりを挟む
 
 
 足音が響く。
 狭い通路を、石畳を蹴って走る足音が。

「はあ、はあ、はあ!」

 呼吸音が響く。
 暗い通路内に、荒く苦し気な呼吸音が。

「くそ、なんなんだよあれは一体!?」

 声が響く。
 そのたびに白い息が吐き出され。
 寒い真冬にも関わらず汗を流して走る者の声が。

 暗くて狭い、石で作られたその通路を、様々な音が満たす。

 走る男はまだ若い。20代になるかどうかの青年。
 男は何も分からずに走っていた。
 一体どこをどう走っているのかも、この道がどこへ通じているのかも、何も分からずに。
 ただ我武者羅に走っていた。
 まるで何かから逃げるかのように──

「はっ……はあ、はあ!……え、行き止まり!?」

 大きく息を吐き出したところで男は立ち止まった。
 目の前に立ちはだかるは冷たい石の壁。その先に道は無い。左も同様。それから右を見たところで男は息を呑んだ。

「扉……?」

 ただの石壁しか無いと思われたそこには、小さな扉があった。
 どうすべきかの逡巡は一瞬。直後背後から近づく気配に気づいた男は、慌てて扉に手をかけた。
 扉は彼を拒むことなく、開かれる。

ギイイイ……

 まるでホラーゲームで聞くような嫌な音を立てて、扉はゆっくりと開いた。
 中は案の定、真っ暗。
 身をかがめねば入れないほど小さな扉の向こうは暗く、懐中電灯をうまく照らす事が出来ない。だが迷ってる暇は無いと、男は扉の向こうへ体を滑り込ませた。

バタン!

 驚くほど大きな音を立てて扉が閉まり、一瞬男は体を強張らせた。
 直後。

ドンッ!!
「ひ!?」

 何かが扉にぶつかる音がして、男は喉の奥で悲鳴を上げる。
 だが音はそれだけ。その後は何事も無かったかのように、静寂が横たわる。
 ややあって、男は息を吐いた。

「はあ……」

 吐く息は白い。
 流れる汗を、グイと袖で拭う。
 走って暑くなったが、季節は相変わらずの冬。そして暖房など期待できない場所では、直ぐに体が冷えてしまうだろう。
 急がねば、と男は扉から目を離し背後を振り返った。
 小さな懐中電灯だけ、という心もとない灯りを室内に向ける。

「なんだよここ……?」

 そこはとても奇妙な部屋だった。
 かなり大きな部屋だというのに、壁に窓は一つも存在せず。
 照らしだされた家具はどれだけの年月放置されていたのか、埃まみれで真っ白になっており、朽ちてボロボロになっている。

 だが奇妙なのはその点ではない。
 どれも古めかしいが、懐かしき日本を思い出させるだけのこと。
 異様なのは、部屋に設置されたそれだった。

「牢屋?なんでこんなとこに……」

 広い室内の中央にドンと設置されたそれ。部屋の大半を占めるのは、鉄格子のそれだった。
 スタスタと歩いて手を伸ばせば簡単に触れることのできるそれ。
 指で触れた鉄格子はヒヤリととても冷たい。まるで氷のように。

「これは……女性の部屋か?」

 暗い室内が懐中電灯の微かな明かりに照らされる。並べられる数々の家具。
 それらを目を細めて見ていた男は、小さく呟いた。
 よく見れば、埃まみれの人形が飾られている。扉が壊れたクローゼットからはみ出している服は、分かりにくいが女物のようだ。

 一体なぜ、このような暗く陰気な部屋に閉じ込めていたのか分からない。
 だがこの部屋の主は、それでもけして冷遇されていたわけではないことが、置かれた物の名残で分かる。
 どれも昔の日本であれば高級そうな家具ばかり。薄汚れた服も、素材は良いのではないだろうか。
 とはいえ、鉄格子越しに見てるだけでは詳細は分からない。入ろうにも出入口とおぼしきそれは、鍵がかかっていて開きそうになかった。
 試しに扉部分をガチャガチャ揺らしてみたが、無機質で冷たい音が人の出入りを拒むだけ。

「他に扉は……」

 もし今入って来た小さな扉しか出入口が無いとしたら、絶望的だ。来た道を戻る勇気は男には無い。
 どうしたものかと明かりを部屋の隅々まで照らして散策する。
 そして気付いた。

「あれって……扉、だよな……?」

 鉄格子の奥、かすかに見えるそれに男は気付いた。
 それはやはり小さいが、扉だった。だがそれは鉄格子で囲まれた部屋の中にある。鉄格子の中に入れない以上、通る事は不可能に思われた。

「何かこじ開けるのに使えそうなのは……」

 古い作りの鍵だ。錆びまくったそれは、うまくすれば開くのではないだろうか。
 キョロキョロと見渡すも、鉄格子から外の部屋には何も落ちておらず、鉄格子内ですら道具になりそうな物は見当たらなかった。
 どうしたものかと考えあぐねていると。

「!?なんだ……頭が……」

 不意に思考が停止する。それは突然襲い来る──睡魔だった。
 こんなところで眠るわけには……
 そう考え終わらぬうちに、男は目を閉じた。

・・・・・・

カチ
コチ
カチ
コチ

 その音を耳にした男は目を開いた。
 ボウッとした頭で目だけを動かす。が、暗くて何も見えない。
 気だるい体をどうにか起こし、頭の中のモヤを振り払うかのように頭を振る。
 そして目をこらしたが、暗闇が横たわるだけ。
 ふと指に固い物が触れた。それは懐中電灯だった。
 安堵してスイッチを入れる。
 照らされた光景を目にして、男は言葉を失った。
 ゴクリと喉を上下する。乾いた口内のせいで、それはとても難儀した。

「な、んだよ、これ……」

 絞り出したかのような声。
 その目が捉えるのは、先ほど見ていた鉄格子内の光景だった。
 それは先ほどとなんら変わらない。
 変わったのは。
 変わってしまったのは、男の居場所。

「なんだよこれ!なんで、どうして……中に入ってるんだ!?」

 そう男は叫んだ。鉄格子の中から。
 鉄格子はその1本1本の間隔が、人など通る事が出来ない狭さ。そして唯一の出入り口には鍵がかけられ開かなかった。
 確かにそのはずなのに。
 念のため扉の鍵をガチャガチャ動かしてみた。だがそれは先ほどとなんら変わりなく、冷たい音が開錠を拒むのだ。

 開かない鍵、出入り不可能な牢のような部屋。なのに青年はその中に確かに立っている。
 困惑する頭のまま、キョロキョロと不安げな目が室内を見渡した時。

 男は気付いた。気付いてしまった。

「扉が……開いてる?」

 先ほど鉄格子の外から見ていた、奥の小さな扉。間違いなく閉ざされていたそこが、開いてその奥にポッカリと暗闇を映し出していたのである。

「な、んで……?どうし……」

 どうして?
 呟くような言葉は最後まで放たれることはない。
 それを聞いた瞬間、男の体が固まってしまったのだ。
 動くことはできる。だが動けない。
 その耳に届く音に、男は動けないでいた。

ヒタ ヒタ ヒタ

 それは確かに足音。それも素足の。
 いるはずがない。誰もこの場には。自分以外、居るはずもないのに。
 だが確実にそれは聞こえるのだ。

 男の背後から──

 ヒタヒタと足音が近づくにつれ、ガチガチと男の歯が鳴る音が大きくなる。

「ひ……」

 恐い、恐ろしい、見たくない、逃げたい、でも動けない。
 そもそもどこに逃げればいい?格子の扉は開かない。では奥の扉?
 そこははたして安全なのか?奥の扉の向こうが安全だなんて、一体誰が知るというのか?

 動けないまま足音だけがどんどん近付き。

ヒタ ヒタ……

 不意に音が止む。
 男は先ほどの汗とは全く異なるそれ……冷や汗が背中をつたうのを感じる。
 足音は男の真後ろで止まった事を感じ、嫌な汗がドッと流れ出るのを感じた。

 広がる静寂。何の気配も感じない部屋。

 意を決した男は、目だけを背後に向けるのだ。

 そして──

「────────!!!!」

 声にならない悲鳴が、その場を支配した。



 男の行方不明者届が出されるのは、それから数日後のこと──


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

処理中です...