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プロローグ
2、
しおりを挟む「洋館観光宿泊ツアー?何それ」
暑い。非常に暑い。
初春だというのに夏のような暑さにだらけていたら、冷えた缶ジュースが目の前に差し出された。
それを受け取り一気飲み。
した後の問い。
冷たい物を飲んでも引かない汗に顔をしかめて見つめる先には、汗も流さず涼しい顔で微笑む隆哉(たかや)。私の人生初の彼氏。
「なんかさ、日本の古い洋館を見て泊まるツアーだってさ」
「そのまんまね」
「そのまんまだな」
しぶとく缶を逆さにして上向いた口で受け止めようとするも、悲しいかな一滴も落ちてこない。
学費だけでヒーヒー言ってる親に小遣いアップなど願えるわけもなく、さりとてバイトを多く入れれるほど暇ではない大学生活。
節約すべく、ここはやはり家から冷やしたお茶を持ってくるべきだろうか。
「でも美菜はそういうの、好きだろ?」
好きだろ?と言われたところで顔を上げる。
私──如月美菜は、確かに年季の入った洋館が好きだ。
なぜと言われても理由なんてない。ただ、そいういった古い建物を目にすると、『昔はここに人が住んでたのか~』とか『どんな生活を送っていたんだろう?』なんて考えるのが好きなのだ。ただし洋館に限る。時代劇に出て来るお城とかには興味ない。同じく洋風のお城も。これはマニアなら分かるだろうけど、これじゃなきゃ駄目ってやつなのだ。
いわゆる廃屋マニアの洋館版ってとこかな?
そんな私の趣味をよく理解してる夏野隆哉。名前の通り、夏が似合う男である。正確には名前じゃなく苗字だけど。
「さすが隆哉。私の好みをよく分かってるね」
「そりゃ付き合って半年もすればな」
「そっか。告白されて半年になるのかあ」
「……あんまり思い出すな」
頬を赤く染めてムスッと唇を尖らせる隆哉に抱きついて、私は声を上げて笑った。
ああ、夏が待ち遠しいなあ。
──などと思っていた自分が恨めしい。
本格的な夏を迎える頃。梅雨真っ盛りな中、私はパソコンを前に机に突っ伏していた。
「レポートが終わらない!」
「まあ文学部なんて、レポートの多さはピカイチだからなあ」
「ピカイチの意味って知ってる?花札の20点になる光物札がね……」
「んな雑学いらねえよ」
「なんでよ。文学部なら知っておけ」
「俺は日本史じゃないんでね」
「世界とか私には広すぎるわ」
「グローバルに生きろ」
「嫌じゃ」
書けども書けども進まぬレポート。まだパソコン打ちがOKの授業だからいいけれど、これが手書き限定のになると地獄である。経営学部とか絶対ないのに、文学部は未だに手書きレポート推奨してる教授いるのよねえ。時代の波に乗ってくださいよ。
とにかくだ。
大学というのは授業に出てテストの点数をクリアすれば単位がもらえる、という授業ばかりではないのだ。レポート提出が必須なんて物があるのが大学。そしてそれが特に多いのが文学部。
楽しい楽しい夏休みを迎えるには、このレポート地獄をクリアしなければいけないわけだ。
「どんな死にゲーよこれ」
「死なないだろ、別に」
「死にそうよー。頭痛いよー。アイス食べたーい。夏よ来いー」
「うわ、うざいの来た」
これ以上モニタを見つめていたくなくて脱線しまくる私に、付き合ってくれる隆哉は優しい。
が、私と違って彼は話しながらも手は止めないのである。
会話しつつ器用にキーボードを打つとか、凄くない?
「俺はちゃんと単位とって夏休み迎えたいんだよ」
「私もよ」
「あと」
「あと?」
「単位バッチリ取って、気持ちよく旅行に行きたい」
「!」
そう言ってニヤリと笑う隆哉の顔に、私はガバリと顔を上げた。
そうだった!
「今、これを頑張れば……」
「ご褒美が待ってるぞ」
「旅行?」
「そ。俺と一緒に洋館観光宿泊ツアー」
「一週間?」
「そう。一週間」
「わお」
「やる気出たか?」
「出た出た、出ましたとも!」
これでやる気が出ないやつなんて居ないでしょ?
一気に現実が見えてきた私は、ヒーヒー言いながらもどうにかこうにかレポートを終わらせて。
テストもクリアして無事に単位ゲットとなったのである。
もしこれで単位を落としてたら、彼氏と旅行なんて親に許してもらえなかっただろうなあ。危ない危ない!
そしていよいよ夏が来る。夏休みが来る。
私と隆哉の初めての旅行!ドッキドキのお泊り!
緊張と期待と色々な感情をごちゃ混ぜにして、私の夏が始まる。
恐怖の夏が始まる────
10
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