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女子大生三人組
7、
しおりを挟むフッと目を開けると、部屋の様子が見て取れた。カーテンの向こうから陽射しが差し込んでいるのが分かる。どうやら朝になったらしい。
今何時だろうと体を動かそうとして固まってしまった。いや、正確には動かせず固められているというか、なんというか……。
私は隆哉の腕の中にいたのだ。なにごと!?と焦って、そして次第に思い出した。
そうだ、昨夜色々あって、抱きしめてもらいながら寝たんだっけ。
初めての彼氏との旅行。その初日の晩。見事に何もなく、平穏な夜になってしまったんだっけ。
ホッとしたような残念なような……なんて事を考えてたら、不意に思い出した。昨夜のバスルームでの出来事を。
そうだ、夢か幻か分からないが、私は恐ろしい体験をしたのだ。恐怖に怯える私に手出しするほど最低な男ではない隆哉は、そのまま何も言わずに抱きしめてくれたんだっけ。
冷水を浴びせられたかのように一気に意識が覚醒する。脳裏を支配するのは真っ赤な血に染まった少女──
思い出して、ゾクリと体を震わせて、私は慌てて隆哉の胸に顔を埋めた。かすかに聞こえる鼓動と、寝息が私を安心させてくれる。
そのまま温もりにまかせて、ウトウトと二度寝しかけた直後。
ドンドンドンッ!!!!
不意に扉を叩く音がそれを阻む。
ガバリと体を起こせたのは、隆哉も同時に目が覚めたから。状況に照れる余裕もなく、隆哉は室内履きに足を突っ込み立ち上がった。
「美菜はそのまま」
私を守ってくれるかのように、手で私を制する隆哉。状況が状況でなければトゥンクしそうだわ。
だが現実は逃避を許してくれない。
ドンドンドンッ!!!!
「夏野様、如月様、起きておられますか!?」
再び扉を叩く音の直後、声がした。それは泊まり込みしてるスタッフの一人、メインガイドの渡部さんの声。
隆哉が扉に近付いて、ガチャリと開けた。
私も後ろについて覗き見れば、やはりそこには渡部さんが立っていた。
「おはようございます。どうされたんですか?」
「ああご無事でしたか、何よりです!」
その言葉に私と隆哉は顔を見合わせた。
無事でしたか、とは穏やかではない。何事かと二人して渡部さんを見れば、涼しい朝なのに汗をハンカチで拭いながら言った。
「その……問題が発生しまして。皆様玄関ホールにお集まりいただくようお願いしております。準備が出来ましたらお越しいただけますか?」
問題とはなんだろう?どうも尋常ではない様子に、私は不安になる。
脳裏をかすめたのは、血まみれの少女。
なぜそんなことを思い出したのか分からないが、私の体は知らず身震いするのであった。
* * *
一階玄関ホールに向かえば、もうほとんどの宿泊客が揃っていた。広谷さん一家に遅刻霧崎。スタッフの真殿さんもいる。
女子大生三人組は……まだみたいだな。きっと夜遅くまで話に花を咲かせていたのだろう。それに女子はメイクとか朝の準備に時間がかかるものね。……まあ私はスッピン平気族なので、時間かからないが。
何やら騒々しい様子に眉宇を潜める。「どういうことだ!」と叫んでるのは老夫婦のご主人か。いや、他の客も、少ないスタッフに詰め寄る様子が見て取れた。一体何があったのだろう。
知らず隆哉の服を掴んでいたら、その手をそっと握られた。その温もりにホッとする。
そうして私達が近づくのが見えたのだろう、遅刻霧崎が慌てて駆け寄って来た。思わず身構える。どうせ奴のことだ、『昨夜はおさかんだったか?』なんてこと言いかねないから。
だがその予想は外れた。
彼は切羽詰まった顔でやって来て「おい、大変だぞ!」と叫んだのだ。
「何があったんですか?」
「昨日一緒のグループだった、女子大生三人組。覚えてるか?」
昨日の今日で忘れるわけもなかろう。私と隆哉が頷いた直後、
「三人が死んでるんだよ!」
と、霧崎が叫んだ。
「え?死んでる?」
「そう、自殺!食堂で首吊って死んでるのを、起きてきたスタッフが見つけたんだよ!」
「そんな……一体どうして……」
「知らねえよ。でも三人一緒にってことは、何か理由があって死の旅路に来たんじゃねえの?」
隆哉と霧崎の会話を、私はただ呆然と聞いていた。
死んだ?あの三人が?特別仲良くしてもいないし、大した会話も交わさなかった。けれど確かに一緒に旅を共にした人達が。
昨日まで元気に笑って一緒に過ごした人達が。
死んでしまった。
その事実が、私の胸に重くのしかかる。
「あ、ちょっと、隆哉!?」
動けずにいる私を置いて、隆哉が足早に歩きだした。向かう先は──食堂。
何をする気なのか、その先に何があるのか分かって彼は向かっているのだろうか。今の霧崎の話を聞いてなお、そこに向かうと言うのか。
慌てて私は隆哉を追いかけた。その後ろを霧崎が付いてくる気配を感じるも、付いてくるなと言う余裕はない。
スタッフに止められてもおかしくないのだが、宿直スタッフは10人にも満たない数。大騒ぎしている客の対応に追われ、誰も隆哉の行動を注意しない。
そのまま隆哉は閉ざされた食堂の扉を開き──そのまま動きを止めた。
「ちょっと隆哉!勝手に……」
「見るな!」
勝手に入っちゃ駄目でしょ?隆哉に追いついた私の言葉を遮り、隆哉は振り返って私を抱きしめた。状況が状況だけにときめく余裕はない。
きっと隆哉は見せたくなかったのだろう。私に見せてはいけないと思ってとった行動なのだろう。
首吊り死体がどんなものかなんて、見た事なくてもなんとなく知識としてある。だから私だって見たくないと思っていた。見てはいけないと思っていた。
そのはずなのに。
抱きしめてくれた隆哉は、けれど私の視界を全て奪うことは出来なかった。
彼の体の横から、ほんの少し私の左目がそれを視界に入れる。
見てしまう。見てしまった。
高い天井からどうやったのか、ロープが三本垂れ下がり。その先の輪に首を通した三つの体。
揺れている。異臭を逃すためにか開け放たれた、窓から入る風に押されてそれらは揺れている。
三人の遺体が、揺れていた。
首を吊った状態で、揺れて、そして──
「──────!!!!」
直後、私が悲鳴を上げたのは、その光景にショックを受けたからではない。
初めて見る、首吊り自殺の異様な光景が、脳のキャパを超えたからではない。
だって見ていたのだ。
三人が見ていたのだ。
死んでるはずの三人。異様な状態で死んでる三人。誰が見ても事切れてる三人。
その三人の目が、揃って私を見ていた。
私と、目が、合ったのだ──
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