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女子大生三人組
館の見る夢(4)
しおりを挟む「何をしてるんだ」
そう言って入って来たのは、執事長。使用人をまとめ、館内の業務を円滑に進めるべく指示を出す者。
マナー講師の婦人と同じく初老にさしかかった男性だ。鼻の下に生やされた髭を撫でながら、その人は私達の居る部屋に入って来た。
頬を押さえて床にうずくまる私と、振り下ろした手をそのままに私を睨む老婦人。それだけで状況は呑み込めたのだろう。執事長はハア、とため息をついて私の腕を引いた。
「また失敗して婦人を怒らせたのか。まったく、しようのない娘だ」
老婦人の行いを咎めるどころか私を責め、見下した目で見てくる執事長。その目は氷のように冷たい。本当にこの人が、使用人達に慕われてるのだろうか。メイド達はやけに褒めていたが。
「食事マナーくらい私達使用人でも出来る程度だぞ。一応お前も令嬢だろうが。ほら見てやるからやってみろ」
お前
やってみろ
およそ貴族令嬢に対する言葉遣いではない。一応当主の客人として、座する者への扱いではない。
所詮彼らにとっても、私は人でなく『物』ということか。
そんなこと、今更な話なのかもしれないが、内心ため息をついて私は椅子に座った。ぶたれた頬がまだ熱い。冷やすことも許されず、私はフォークに手を伸ばした。
瞬間。
ザクリと音を立てて、私の左手そばにナイフが突き立てられる。
「────!」
声にならない悲鳴が上がる。突然の事に体を硬直させていると、ややあってナイフは抜かれた。それを手にするのは執事長。
目を上げれば、凍てつくような冷たい瞳と目があった。
「……このようにナイフはとても危険だからな。粗相のないように」
「はい……」
異論も反論も異議も抗議も私には許されない。ただ、私は黙って言われた事に頷くだけ。まるで人形のように。
チラリと目を横に向ければ、棚に飾られた数々の人形が視界に入った。それらは無機質に微笑みを浮かべ、私を嘲笑う。
人形すらも私を見下すのね。考えた瞬間、喉に圧迫感を感じた。
「が──!?」
「よそ見するとは感心せんな。そのような余裕がどこにある?」
執事長が私の喉を掴んでいるのだ。痛く苦しいが全く息が出来ないわけではない、実に絶妙な力加減で。
痛みと苦しみに顔をしかめる私。視界の隅に、笑いを抑えることなくニヤついている老婦人が映った。目の端に涙が浮かんだところで、喉は解放された。
「──かは!はあ、はあ……!!」
「手を休めるな、続けろ」
「……はい」
メイドも老婦人も執事長も、誰も彼もが私を見下し、屑でも見るかのような蔑んだ目を向ける。
当主を崇拝する使用人達にとって、当主の寵愛を受ける私ほど邪魔な存在はいないのだろう。
使用人達を信頼する当主に、私の声は届かない。どれほど寵愛されていようと、所詮私は物なのだ。それ以上の価値などなく、玩具の意見など聞き入れられることはない。
おそらく喉は赤くなっているだろう。その結果を予想できない程、執事長は愚かではない。
ということは──
「ああそうそう。旦那様はしばらく遠方にお出かけになられるので戻らない。お戻りになるのは数週間後かな」
「まあそうですのね」
執事長と老婦人の会話が耳に届く。
ああはやりな。
納得した私は、続く言葉を予想する。そして……
「この娘の食事はしばらく一日一回の粥で良かろう。贅沢は不要だ。料理長には既に伝えてある」
「では入浴も必要ありませんわね」
「旦那様がお戻りになる前日で良いだろう。それまでは……そうだな、明かりも勿体ないから消しておくか」
「そうですわねえ。ふふ、楽しいですわね、お嬢様。綺麗な貴女がどんどん薄汚れていく様、また見せていただきますわ」
「いっそ汚いお前を旦那様に見せてやりたいものだ。流石にそれは出来ないが。口惜しいな」
とんでもない事を二人は言うが、やはり予想通りすぎて私は泣きたくなった。
いつもそうだ、当主が留守にすると、こうやって使用人達の行為は酷くなる。
その中で最も恐ろしいのが、一見温和に見える目の前の執事長だ。
俯いて唇を噛みしめていると、フッと影がかかる。顔を上げれば、歪んだ笑みを私に向ける執事長が立っていた。
「さて、そういうことだ。マナーの勉強が終わったら折檻の時間だ。お前は本当に駄目な奴だからな、少し痛い目を見せんと更生せん。なに安心しろ、旦那様がお戻りになる前には痣が消えるよう手加減してやるからな」
ポンポンと、固そうな木の棒を手で叩きながら、執事長はそう言って残酷な宣言をする。
私の胸が、絶望に染まる。
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