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老夫婦
4、
しおりを挟むスタッフに詰め寄ってるうちに、事情が大体見えてきた。
よく知らんが、なんとなく覚えてる若い女性三人組。女子大生らしいその三人が、食堂で首つり自殺をしたというのだ。
遺書も何もなく、理由は分からない。だが結果として、せっかくの旅行にケチがついた。それが俺にとっては重要だった。怒りが胸を占める。
不意に食堂から悲鳴が響いた。見れば、女が悲鳴を上げて倒れている。男が慌ててそれを抱き上げていた。どうやら好奇心で中を覗いたのだろう、ショックで倒れたというところか。首吊り死体がどんな様かも知らないのだろうか。これだから今時の若い奴は、と俺は鼻で笑った。
警察が来るまで待機と言われたが、こんな山奥どれだけ時間がかかるんだ。どうでもいいから飯を用意しろ!そうスタッフに言ってやろうとしたら、また騒がしくなってきた。
「電話が繋がらない!」
「土砂崩れで車が通れなくなってるぞ!」
一体これはなにごとだ。まさに踏んだり蹴ったりではないか。慌てふためくスタッフの首根っこを捕まえて説明させるも、向こうも状況がよく分かっていないようで要領をえない。
そこにようやく全員が揃ったのか、渡部が顔を出した。全員がピタリと口を閉じ、渡部に注目する。
視界の片隅に、先ほど悲鳴を上げて倒れた女が、青い顔をしながら男に寄り添うように立ってるのが見えた。
「皆様、もう話はお聞きかと思いますが……昨夜、食堂で自殺をされた方がいます。朝起きてきたスタッフが発見致しました。すぐに警察をと思ったのですが……なぜか電話が繋がりません。携帯も同じくです」
そこでざわめきが一度。
「それゆえ車でふもとまで向かおうとしたのですが……土砂崩れが起き、道が塞がっていて通れなくなっています」
その言葉でざわめきが更に大きくなった。「帰れないじゃない!」「どうするんだよ!」と抗議の声が上がる。
「土砂崩れに関しては、通いのスタッフが直ぐに気付くと思いますので、対応はすぐさま為されると思います。道が通じれば、警察への連絡も行えますので……しばらくご遺体はあのまま置いておくしかありません」
遺体を置いておく。
その言葉に皆が顔を青くした。「い、嫌よ。死体と一緒のとこで生活するなんて」と言ったのは誰か分からないが、それには激しく同意だ。
他の者も一様にそう思ったのだろう。ウンウンと頷いている。それに対して渡部も頷いた。
「仰る通り、この館での生活は出来ません。よって、別の館に移動したいと思います。この本館を挟むように二つの館がありまして、元々お好きな所にお泊りいただく予定でした。それゆえ設備は整っております。ただ、バラバラにというのは宜しくないと思いますので、一つにまとまりたいと思います。というわけで、桐生家当主の奥方用であった、薔薇館に移動したいと思います。皆様お手数ですが、お荷物を持って移動をお願い致します」
その言葉を皮切りに、バタバタと皆が動き始めた。
「現場保存のために鍵を閉めますので、お忘れ物のないようお願い致します」
渡部の声が、部屋に入ろうとした俺の耳に届いた。
言われなくとも。誰がこんな館に忘れ物などしようか。
絶対に戻りたくないと思いながら、俺は荷物をまとめ始めるのだった。
「まったく、お前が選ぶとロクな事が起きないな」
同じく荷物をまとめている妻を見ることなく、俺はブツブツ言いながら荷物をまとめる。
「そんな……まさか自殺があるなんて、私にも分かりませんよ」
「こんな何もない山奥でのツアーだなんて、何かあってもおかしくないだろうが。おとなしく温泉旅館とかにすれば良かったんだ」
「ごめんなさい」
「お前に任せたのが間違いだった。いいか、これからは俺が決める。お前はいつだって間違えるんだから、何も決めるな。いいな?」
「……はい」
「あ~あ、最悪だ」
本当にろくでもないな。帰ったら、絶対ツアー会社に文句言ってやる。慰謝料もらわにゃやってられん。
怒り収まらぬ俺は乱暴に荷物を詰め、部屋を後にするのだった。
「あ、あなた待って!大きな荷物を持つの手伝ってください!」
妻の言葉を無視して、俺は出た。ふん、これは罰だ。俺に迷惑かけた妻が悪いんだからな。
ズンズンと歩き、俺は早々に館を後にするのだった。後ろを追いかけてくる気配はない。
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