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老夫婦
5、
しおりを挟むズンズン歩いて、エントランスから外に出れば、既に何人か居た。だがスタッフ含めまだほとんど揃ってはいなかった。
やれやれ、作業がノロイ奴は出世できないぞ。俺のように何事も素早く的確にだなあ。
なんて思っているうちに、次々と外に出てきた。その中に妻は居ない。まったく、あいつもノロマで愚図でどうしようもない奴だ。
いっそ離婚してしまった方がいいのでは?
そんな事を考えていたら、渡部も出てきた。
「皆様お揃いでしょうか?」
「いえ、まだ来てない人が何人か居ます」
「そうですか。それでは先におられる方から案内しましょう。スタッフは、お客様全員が出てくるまでここで待機してくれ」
「はい」
やり取りの後、渡部が歩き出した。
同じ敷地内にあるというのに、徒歩だと随分遠い隣の館。車とは言わずとも自転車くらい使いたい距離だ。
そもそも同じ家族なのに、どうして館を分ける必要があるのだろう?無駄なことこの上ない。
まあどうせ仲が悪かったのだろう。金持ち特有の、愛のない家庭というやつだな。偏見だって?そんなことないさ、だって俺も金はあるが愛のない家族だからな。
その時。
隣の館に向かって歩いていた俺は、ふと気になって振り返った。
別に妻が気になったわけではない。ただ、自殺者がいる食堂はどこだったかなと、何気なく気になって振り返っただけのこと。
だが俺は直ぐに後悔する。
「ひ──!?」
ドサリと荷物を落とす。そんな俺の様子を誰も気に留めることはない。だが俺はその場で微動だに出来なかった。
食堂とおぼしきその場所は、窓にカーテンがかけられて中が見えなくなっていた。
だがそのカーテンの前、窓の後ろ。そこに少女が立っていたのだ。
髪の長い少女。それはとても美しく──けれど、異様さを放っていた。なぜって彼女は真っ赤だったから。
全身血まみれの美少女。
それが窓の前に立ち、こっちを見ていたのだ。正確には、俺を見ていた。
見て、俺と目が合って。
少女は笑った。ニッコリと。ニイッと。その口は耳まで裂け、口の中まで真っ赤で……異様な、異様すぎる光景。
だが館そばに立っているスタッフは気付かない。
難しい顔で会話してるようだが、時折不安そうに食堂の方に目を向ける様子が見て取れた。だがその顔に驚愕の色はない
振り返って渡部や他の者を見たが、誰も気付かず歩いている。
(誰も、見えてないのか?)
もう一度食堂の窓に目をやって──俺は今度こそ、立って居られなくてその場に崩れ落ちた。
手を、振っていた。
血に濡れた美少女が壮絶な笑みを浮かべて。
俺に、手を振っていたのだ。
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