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老夫婦
10、
しおりを挟む笑い声が聞こえた気がして、フッと目を開いた。
「起きた?」
横に座る隆哉が笑いかけて来て、私はムクリと頭を上げた。新しく移動した館の食堂で、みんな勢ぞろいしてる。なんだか部屋に戻るのも不安で、一カ所に固まってるんだ。
「私、寝てた?」
「少しね」
寝不足とはいえ、机に突っ伏して寝るなんて。それも大勢が集まる場所で。
恥ずかしい、とチラリと周囲に視線をやってホッとする。誰も私のことなんて気にしてないから。
皆が皆、不安そうにヒソヒソ小声で話し、繋がらない携帯に目をやって天を仰ぐ。
救助は来るのか来ないのか。来るとしてもいつになるのか。なんの情報も得られないことに、言い知れぬ不安を感じる。
目を覚ます前に聞こえた笑い声。それは少女のものであった気もするし、そうでなかった気もする。
脳裏に浮かんで消えた美しい少女の顔を思い出して、私はため息をついた。そっと立ち上がった私を隆哉が見てる。
「美菜?」
「ちょっとそこの肖像画、見てくる」
「肖像画を?どうして?」
「なんだか気分転換したくって。かといって屋敷内を散策なんて今更したいと思わないから。食堂出てすぐある肖像画くらいなら、大丈夫かなと」
「そっか。俺も一緒に行くよ」
「うん」
気分転換なんて嘘だ。本当は気になって仕方なかったから。
この館に入ってすぐ目に飛び込んで来た、巨大な肖像画。それに描かれた桐生家当主一家の美しさに、誰がも見とれていた。私も確かに一瞬見とれたけれど……それ以上に驚いて息をするのも忘れそうになった。
桐生家当主と奥さんは本当に美しい人達だった。肖像画は実物より良く描くって言うけど、それでもあまりに綺麗すぎた。肖像画であのレベルということは、実物は相当なものだろう。
だが何より気になったのは、彼らの間に立つ一人の少年。当主の息子。その美しい顔に、私は見覚えがあった。
実際に会ったわけではない。テレビとかで見たわけでもない。
うろ覚えだった。目覚めた瞬間、ほぼ忘れていた。
けれど肖像画を見た瞬間、バッと記憶が蘇ったのだ。夢の中の記憶が。そこに描かれた当主の息子は、紛れもなく夢の中に出てきた少年だった。
(全部キミの物だよ、リナ)
私を──夢のなかの私のことを、リナと呼んだ少年。タカ……とその後に続く文字は分からないが、隆哉にどことなく似ていた少年。それが描かれていた。
隆哉と一緒に食堂を出て、玄関ホール正面にある肖像画へと向かった。
階段の下から、踊り場の壁一面に飾られたその絵を見上げた。
何度見ても溜め息が出る。それほどに美しい一家だった。それほどに少年は美しかった。でも──その中にあの少女はいない。
リナと呼ばれたあの美しい少女は誰なのだろうか。少年に関わる者だとは分かるけれど。
──いや。
分かるって何が?私に何が分かるというの?
二人は私の夢の中に出てきた。少年は当主の息子として実在してることが分かった。
だからと言って、何が分かる?少年と少女の関係を、どうして私に分かると言うのか?
そういう意味では、あの三人も──自殺した女子大生三人のことも、私には何も分からない。ただあの瞬間、三人は揃って私を見た。死んでなお、意識の奥底から私を見た。あの目になんの意味があるのか分からない。私に何を訴えてるのかも分からない。
分からないのに……分かる。
何かが何かを私に訴えかけている、と。
何かが呼ぶ。私を呼ぶ。呼んでいる。
それが何かは分からないが、分かる。
混乱する頭の中で、整理できない思考のまま、私は肖像画から目を背け食堂に戻ろうとした。
「?行こう、隆哉」
だが隆哉が動かない。肖像画を見上げたまま、微動だにしない。繋がれた手を引いても、なんら反応が無かった。
ただ隆哉は見ている。肖像画を見て──目を見開き、ブルブル震えている。
「隆哉?どうし──」
どうしたのか、何をそんなに驚いてるのか。
何を、見てるのか。
その視線の先を確認すべく、私はまた肖像画に目を向けて……同じくブルブル体が震える。
「嘘だろ……」
隆哉が呟くのを聞いた瞬間。
私は悲鳴を上げて倒れ込んだ。隆哉の腕の中に、倒れ込んで意識を失った。
気絶する直前まで、それから目を離すことができないまま。
直前までなかった。肖像画にそんなものは全くなかった。
だが、一瞬目を離して戻した瞬間。
そこにそれは現れた。
肖像画の真ん中。家族の中心部に、
奥さんが行方不明になった坂井という初老の男性が、血を流して、磔にされていたのだ。
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