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老夫婦

11、

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 一目見て死んでると分かった。もうその人は息をしてないと、頭から流れる血が固まってるのを理解し、思った。
 女子大生三人が自殺した。
 初老の婦人が行方不明になった。
 どれも不可解で、事件性があるのかどうか分からなかった。
 だが今回のは嫌でも分かる。
 坂井という老人は、殺された。そしてその遺体は異様な状態で発見された。

 私は見てたんだ、確かに見てたんだ。直前まで、肖像画を見ていた。なのに一瞬目を離した隙に、どうしてそこに現れるの?老人の遺体が、どうして磔になってるの?
 見逃した?見落とした?そんなわけない。

 気を失うその瞬間、私は聞いた。ハッキリと聞いた。
 少女の笑い声が、聞こえたのだ──



* * *



 目を開けば、そこは見覚えのある部屋だった。自分の部屋ではない。けれど自分の部屋なのだ。
 これはあの夢だ。リナという少女になって訪れた部屋だ。
 ということは、自分はまたリナになったのだろうか。思って自分の手を見て──けれどそうではない事に驚いた。
 それは見覚えのある、嫌というほど知っている自分の手だった。美菜の手、だった。
 体を起こせば、やはり沈みそうなベッドはリナの物だ。天蓋から垂れるレースカーテンを開けば、そこに広がるのはやっぱり見覚えのある室内。飾られた多国籍な人形が、一斉に私を見た気がした。もちろん、気がした、だけのことでそんなはずないけれど。

 立ち上がる。素足に感じる絨毯の感触は、夢とは思えない。
 どこか曖昧さを感じた夢とは異なり、その部屋はあまりにリアルだった。

(夢じゃない?)

 そんなはずはないのに……私はさっきまで隆哉と一緒にいたんだ。坂井という老人の遺体を見て、ショックを受けた。倒れた。隆哉の腕に抱かれるのを感じた。つまり、実際にはこんな場所に居るはずない。
 だからこれは夢なんだ。
 自分に言い聞かせるも、その生々しさが嫌で周囲を見渡した。前の時と同じで、やっぱりこの部屋は暗い。どうして窓が無いのだろう。ただ無機質に広くて大きな壁に目をやり、ほのかに灯された明かりに目を細めた。

「目が覚めた?」
「!?」

 その声を聞いた瞬間、心臓が飛び出るかと思った。ガタンと側にあった椅子を蹴り飛ばし、痛む足を気にする余裕もなく振り返って背後を見る。
 そこに、彼女は居た。以前の夢のように少年がいるのかも、とチラと思って直ぐに否定したのは間違いではなかった。声が違ったのだ。それは少年のそれではなかったのだ。そこに居たのは──少女だった。

「リナ……?」
「うん。里奈、だよ」

 やはりこれは夢なんだなと、それを聞いて確信に変わる。だって勝手に脳裏に浮かんだんだもの。彼女の名前が、漢字がなんであるかを、不意に頭が理解したのだもの。そんなこと、現実でありえるはずもない。

「あなたは、なんなの?」

 夢の中なのに、頭は妙に冴えている。だからか、私は問いかけることが出来た。夢の中なのに、夢の状況に疑問を感じてしまう。
 里奈は夢に出てきた。その後、現実でバスルームに現れた。いや、あれも実は夢だったのかもしれない。
 なんであれ、彼女は自分の前にやたらとその存在をアピールしてきた。
 元々私は霊感ゼロだ。さまよう霊を成仏させることなんて、当然できやしない。だというのに、どうして彼女は私にその存在を誇示してくるのだろうか。ここにいるよと、言ってくるんだろうか。
 あんな血まみれの自分を見せて──私を怖がらせて、何をしたいのだろうか。

「あなたは、なんなの?」
「ふざけないで」

 私の言葉をオウム返ししてくる里奈を睨むと、クスクスと笑う。それはとても無邪気で、少女らしさを感じさせ……異様な空気は感じられなかった。

「別にふざけてるわけじゃないよ。ねえ、あなたはなんなの?」
「私は私……如月美菜よ」
「そう。私は時任(ときとう)里奈」

 時任……それはつまり、桐生家と関係ないことを示唆している。では一体彼女はなんなのか?疑問はなんら解決せず、頭の中でこんがらがった糸はほぐれそうにない。

「一体あなたは……」
「あの男には気を付けてね」

 質問しようとしたら遮られ、おかしな事を言ってくる。

「あの男?」

 首を傾げれば、里奈は頷いた。

「うん」
「誰のこと?」
「あなたの大事な人」

 大事な人。親兄弟でないとすれば、思い当たるのは一人しかいない。彼しかいない。

「隆哉の、こと……?」

 私の言葉に無言で微笑む里奈。正解だとその表情が告げている。だが私はますます首を傾げてしまう。
 隆哉に気を付けろ?どうしてそんなことを言うのだろう?

「彼の何に気を付けろと?」
「彼は危険。あなたを害する者」
「隆哉が?」
「そうだよ」
「……危険なのは、あなたでしょ?」

 分からないが確信がある。
 女子大生三人に坂井という男性の死、そして坂井夫人の行方不明。これらにはきっと、里奈が関与している。どうやって、どうしてなんて分からない。そもそもこの世に存在してるかも分からない相手に、リアルを求めても意味がない。

 少女は笑う。里奈は無邪気にクスクス笑う。笑って言う。

「違うよ違う、私はあなた、あなたは私、私は私に危害を加えるつもりはない」
「何を、言ってるの……」

 まるで言葉遊びだ。要領を得ない里奈の言葉に、私はだんだん苛立ちを感じ始める。
 それを理解したのか、笑うのをやめ、スッと目を細めて里奈は言った。

「弟を、探して」
「え?」
「私の大切な、弟。大嫌いな世界で、たった一つの私の救い。私の愛する弟を探してよ」
「弟って、どこに……あ!」

 探せと言われたところで、どうやって?どこにいるの?
 質問は、けれど里奈は許さない。
 途端にグニャリと視界が回り、その場に立っていられなくなった。

「ちょっと!」
「弟を、探して」

 呼び声虚しく、里奈はそう言い残して消えた。部屋も消えた。
 残されたのは、真っ暗な世界。

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