【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール

文字の大きさ
46 / 68
広谷一家

5、

しおりを挟む
 
 
「──っと、シー、黙れって!」
「むぐー!?」

 思い切り叫んだつもりだったが、口を塞がれて声はくぐもってしまった。
 慌てたように押さえつけてくる気配に、私は必死で身をよじって逃げた。突然現れた存在から、逃げるように身を離し、それが誰かを確認しようと振り向いた。そこには予想外の人物が──

「霧崎さん!?」
「だからうるさいっての、静かにしろよ」

 なんとそこには遅刻霧崎が立っていたのだ。苦々しい顔で頭をガシガシと掻き、大きな溜め息をついて私を見る。その目は苛立たし気な色をたたえていた。

「どうして霧崎さんがこんな時間にこんな場所にいるんですか!?」
「そりゃこっちの台詞だ。部屋の窓から外を眺めて酒飲んでたら、走ってくあんたが見えたんだよ」

 そう言って霧崎は第三の館を指さした。
 一人でツアーに参加した彼は、部屋でも一人で過ごしている。不安であるならスタッフが同室すると渡部さんが申し出てたが、彼はそれを迷わず断っていた。

「一人優雅に飲酒ですか、よろしいことで」

 嫌味っぽく言えば、気にすることなく肩をすくめる。

「こんな状況で飲まずに居られるかっての。そんなことよりお前だろ、何やってんだよ」

 いつから私は霧崎にお前と言われる関係になったのだろうか。ちょっとイラッとくるが、まあ私も内心お前を呼び捨てだけどなと考えることで、心の平穏を保つことにする。
 私は黙って第二の館を見上げた。中は明かりが全くついてないのか、暗くて窓から覗いても様子は分からない。

「ここ開けたらあのオッサンの磔死体があるだろうに、そんなの見たいのか」
「見たいわけないでしょ」
「じゃあなんで扉を開けようとしてたんだよ」
「……人が入ってくのが見えたから」

 一人ではないという安心感からか、霧崎の飄々とした口調のおかげか、恐怖心は幾分和らいでいた。だからと言って、まだ入る勇気は出ないけれど。
 扉を見つめてそう言えば、霧崎は「マジで?」と呟くように言って。
 おもむろに扉に手をかけた。

「え」

 驚く間もなく、霧崎は扉を開けてしまった。

「ちょ、ちょっと!」
「んだよ、誰かが入ってったんだろ?」
「う、うん」
「だったら絶対何かあるだろ。てか普通に鍵が開いてる時点で異常だ。追いかけるの一択じゃねえ?」
「そ、それはそうなんだけど……」
「おら、行くぞ」
「あああ、ちょっと待ってよ!」

 こういう時、こういう強引なタイプは頼りになると感心すべきなんだろうか、それとも無鉄砲と呆れるべきだろうか。
 答えを見出せぬうちに、霧崎は扉の向こうへ体を滑り込ませてしまった。慌てて追いかける。
 そうっと中を覗き見れば、外からは分からなかったが、ほのかに明かりがついていてホッとする。キョロキョロと周囲を見渡すも、恐くて正面だけは見れなかった。

「あ」

 不意に霧崎が声を上げる。

「な、なに!?」

 肖像画を見たくないので、正面を見据えて立つ霧崎の背に隠れる形で、霧崎の声に反応した。
 だが私の問いかけに霧崎は答えない。じれてもう一度「どうかしたの!?」と聞く。背後で静かに扉が閉まったが、それどころではない。たとえ相手がふざけた態度の多い人物であろうと、今私にとって唯一頼れる存在。それが霧崎。
 思わずその背中をギュッと握りしめた。
 霧崎は私を振り返ることなく、正面を指さした。そこは坂井さんが磔になってる場所じゃあ……

「誰かが居た気がする」
「え、どこどこ!?」

 驚いて慌てて霧崎の背中から顔を出す。直後に私はその行為を後悔することとなる。

「う……!」

 もろに遺体を見てしまった。気持ち悪くなりその場にしゃがみ込む私を、鼻で笑うのは霧崎だ。

「はは、一度見てんのに弱っちいなあ、お前」
「……よく平気ね」
「俺はフリーのライターだからな。芸能人のゴシップから殺人事件まで、なんでも金になりそうなら取材して記事にする。今回のツアー参加は、依頼があったからなんだけどな」
「殺人事件の取材って、死体を見ることなんてあるの?」
「まあ……色々あるんだわ」

 どんな色々だ。聞きたくもないので聞かないけど。
 私は正面を見ないように気を付けながら、口元を手で覆ったまま立ち上がった。

「それで、本当に誰かいたの?」
「ああ、えーっとなあ……一瞬だったが、肖像画の下に人影が見えた気がするんだ」
「え!?」
「でも一瞬で消えたんだよなあ。見間違いか?」

 見間違いか何か分からないが、そう見えたのなら確認すべきだろう。
 だが「確認したら?」とは言えない。そう言ったらおそらく霧崎のことだ、「気になるなら自分で見てくれば?」と言いかねない。そしてそう言われた場合、私は全力で首を横に振るだろう。だから確認を、とは言えなかった。
 ところが私が何も言わないでいると、霧崎はサッサと動き出すではないか。階段に足をかけて、肖像画の真下、階段の踊り場に向かおうとする。

「え、え、えええ……」

 ここまでいくとさすがに感心せざるを得ない。いくら死体を見た事があったとしても、異様な死に方してる人のそばに気にせず向かうなんて、常人にはマネ出来ない行動だ。
 私は肖像画の死体が視界に入らないよう、手で視界の上を隠して、とにかく霧崎だけを目で追った。
 肖像画の真下は白い壁があるだけだ。そこを霧崎はベタベタ触ったり、屈みこんだりして何かを探すようにしている様子が見えた。
 しばらくして……「お、あった」という声が。

「おーいあったぞ、ここに隠し扉の取っ手があるわ」

 そう言って、床をゴソゴソしてたかと思えば、直後、ガコンと音を立てて何も無いと思われた白い壁が動いた。そしてそれは扉となり開き、ポッカリとその向こうに空間が見て取れた。
 離れて見ていた私は、どうすべきか悩んで……けれど好奇心には勝てず、できるだけ床だけを見るように俯いて階段を上る。
 霧崎は私が辿り着くまで待っててくれた。扉となった白い壁を持ったまま、顎をしゃくって「見てみろよ」と私を促すのだった。
 離れてても分かるのだけど、中はどう見ても真っ暗だ。何を見るものでもないだろう。だが何かあるのかもしれないし、何かありそうな顔を霧崎はしてる……気がする。
 だから迷ったけど、思い切って扉の向こうを覗き見た。
 そこは……

「真っ暗だわ」
「だな」

 本当に真っ暗で何も見えないではないか。拍子抜けもいいとこだ。ただ、足元には下りの階段があるのが分かった。

「下に行けば、何か有るのかな?」
「かもな」
「それじゃあ戻って、明日隆哉達と一緒に……」

 いくらなんでもこんな夜中に、こんな未知の世界を探索は危険すぎるだろう。この隠し通路を渡部さん達が知ってるかも、確認しなければいけない。
 広谷さんの奥さんの行方は気になるが、とにかくここに今入るのは宜しくない。
 そう思って、戻ろうと暗闇から視線を外そうとしたその瞬間──

ドンッ

「え」

 衝撃を感じて思わず声が出た。
 私は目を見開き、よろけながら背後を振り返る。暗闇に落ちる感覚に、慌てて伸ばした自分の手の先に見えたのは──霧崎だった。
 飄々とした、ふざけた笑みを浮かべるでもなく、無表情でこちらを見る顔だった。
 霧崎が、伸ばした私の手を掴むことはしない。
 私を突き飛ばした手を引っ込めて、階段を転げ落ちていく私をなんの感情の色も持たずに見つめて。

 そしてゆっくりと扉は閉じられた。

 ガコンという無機質な音が響き渡り、直後広がるのは、暗闇と、静寂だけだった。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

処理中です...