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広谷一家
7、
しおりを挟む白昼夢に現れた貴翔。彼が進んだ道のりを思い出しながら、私は確かな足取りで前に進む。携帯の明かりだけというほぼ闇の中だが、見たばかりの道はまだ記憶に新しい。
そして現れた行き止まり、立ちはだかる壁を前にして、道を間違えなかった事を確信する。
迷うことなく私はしゃがみ込んで、壁の下の方を探る。携帯の明かりを当てながら見れば、それはすぐに見つかった。意図的に作られた小さな穴。そこに指を入れて軽く引く。
「お、重い……」
だがもう何年も使われてないそれは、簡単には動いてくれなかった。貴翔は軽く引いてたのに、今そこは意固地なまでに固い。指一歩では厳しいが、子供の指に合わせて作られた穴は小さく、大人の指を二本入れることは出来ない。指一本にかける負担に悲鳴を上げそうになったところで、ようやく動いてくれた。
ガゴンと変な音を立て、壁が動いたのだ。ギイ……と嫌な音が鳴る。だが扉となった壁は少し開いたところで止まってしまった。カビか錆か分からないが、古さゆえの建て付けの悪さか。そっと押せば、けれど扉はすんなり動いた。ギイイイイ……という、実に嫌な音を立ててだが。
(ホラーゲームなら、この向こうにゾンビでも立ってそうね)
自分で考えときながら嫌な事を考えてしまったと内心叱咤しつつ、私はそうっと扉の向こうに顔を覗かせる。小さな扉はしゃがまねば入ること叶わず、壁の下をゴソゴソしてた私は、結果として膝をついて四つん這いの状態だ。何かあった場合に、すぐに逃げれる体制じゃないな、なんてこれまた嫌な事を考えてしまう。
何かあってもらっては困るのだが……。
そして中を覗き込んだが──見えない。
当たり前だが中が明るいわけはない。夢の中では照明がついてたので問題なかったが、今は電気が通ってるのかすら怪しい状況。携帯のライトを正面に向けるも、そんなもので部屋全体が照らせるわけもない。
一瞬渋った後、手足に力を込めて前に進んだ。そして扉をくぐり、私は立ち上がった。パンパンと膝の汚れをはたいて、私は明かりと共に周囲を見渡す。が、そこに広がるのは無機質で味気ない壁ばかり。
俯いて大きく息を吸って吐く──カビ臭さにその行為を後悔して、私は顔を上げた。
見ないわけにはいかない、部屋の中央を。メインの場所を。
そうっと明かりを向ければ、そこには夢で見た通りの鉄格子があった。その奥にも何かあるのだろうが、携帯の明かりが届かない。
近付くしかないか……。
物凄く嫌だけど。
嫌だけど、動かないわけにはいかない。
人の気配は無い。里奈の気配も……今のところはない。そもそも彼女は弟を探せと言ってきたのだ。この場所を知らないのか、ここに弟はいないのか。どちらにせよ、すぐに何か恐いことが起こるわけではないだろう。──そう、願いたい。
里奈にはこれまで散々ビビらされた前科がある。気を抜けない状況で、私はゆっくり足を前に踏み出した。別にヒールでもないのに、スニーカーの音がやけに響く。それだけ閉ざされた空間ということか。
歩いて鉄格子が目と鼻の先にくるまで近付いた。明かりを照らして中を観察する。
そこは確かに夢の中で見た部屋だった。里奈の弟が出してと泣いていた部屋だった。記憶にある家具の数々。だがそれらは埃と蜘蛛の巣で酷い有様だ。ベッドなど、上に乗れば壊れてしまいそうで……
そこで私の体はギクリと震えて固まった。
ベッドに目を向けた瞬間、私は見てしまったのだ。
そこに誰かが横たわってるのを
誰かは分からないが、それはどうやら子供のようだった。幼い、小さい体。
「健太君?」
問いかけるも返事はない。眠っているのか気絶しているのか、それとも──健太君では、ないのか。
そもそも里奈の弟は、その後どうなったのだろうか?
里奈のその後もどうなったのだろう。
この館の持ち主であった桐生家は、戦後に落ちぶれ、後継者もなく消滅したとガイドの渡部は言っていた。最後の当主は貴翔なのだろうか。それとも子孫なのだろうか。貴翔がいた正確な年代が分からず、私は頭を悩ませた。
もし、貴翔が最後の当主だったとしたら、里奈との間に子供は出来なかったということか。里奈とそういう関係になったのかも分からないけど。貴翔は里奈は弟は、一体どうなってどのような終わりを迎えたのだろうか。
考えたが当然分かるわけもなく、私は頭を振った。
今は目の前にことに集中しよう。
もう一度私はベッドに明かりを向けた。だが──
「あ、あれ……?」
そこにあったはずの、横たわる誰かの姿が無くなっていたのだ。見間違いだろうか?
いや。
見間違いなんかじゃない。私は確かに見たのだ。
健太君かもしれないと思った。彼が目を覚まして起き上がったのかもしれないと思った。
そう、願った。
だが、室内はひたすら静かで、シンとただ静寂が広がっていて──そうしてなんの気配も感じない。もしあれが健太君だったならば、彼は音を立てて声を上げるはず。なのに物音一つしないなんて、有り得ない。
見間違い、それとも健太君だった。
その願いは、私の希望は
ガシャン!
音と共に裏切られる。
「ひい!?」
「ね……ざ、ま……」
姉様
それは確かにそう言った。姉を呼んだ。
皮と骨──いや、皮すらなく骨が一部顕になったミイラ化したそれ。
干からびてしまった、かつて人だったそれは、子供だったそれは、窪んだ瞳を私に向けて。
歯がほぼ抜けてしまった口をニチャアと開けて、私を見て笑った。
子供のミイラが、鉄格子の向こうで笑ったのだ。
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