【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール

文字の大きさ
60 / 68
里奈と美菜と貴翔と隆哉

館の見る夢(14)

しおりを挟む
 
 気付けば部屋は闇が支配していた。目をこらしても、陽の光が一切入らぬこの部屋では、照明がなければ何も見る事ができない。
 ただ覚えていた配置のおかげで、立ち上がって照明をつけることは出来る。
 椅子で座りながら眠ってしまったのかと、体にけだるさを感じながら立ち上がる。体がふらついた。フラフラとおぼつかない足取りで、どうにか壁に辿り着き、照明をつけた。
 パチンという音と共に照らされる室内。その眩しさに目を細め、それからグルリと室内を見回して──なんら変化のないことを確認する。
 またフラフラしながら、椅子に戻り、体重全体をかけるようにドサリと座り込んで、ハアと溜息をついて天井を見上げた。
 疲労を感じて眉間に指を当てる。目を閉じ、グッと力を込め、ややあって指を離し。天井から顔を正面に向き直す。
 そこには変わらず里奈が横たわっていた。上質な寝具にくるまれ、里奈は眠り続ける。

「里奈……」

 そっと声をかける。反応が無いのはいつものこと。
 もう里奈が目を覚まさなくなってどれだけの日数が過ぎただろうか。
 食事もとらず薬も飲まない。まるで死んでるかのように。
(なんて恐ろしいことを考えるんだ──)
 最悪なことを考えてしまう自分を叱咤して、首を振る。そんなわけないと自分に言い聞かせる。
 里奈が死ぬはずない。里奈はただ眠り続けてるだけなのだ。そしていつか目を覚まし、僕の名前を呼んでくれる。微笑みを向けてくれる。
 きっとそのはずだ、そうでなければいけない。
 まるで呪文のように繰り返し自分に言い聞かせ、その手をそっと握った。もう細くカサカサになってしまった、その手を。それでも愛しく感じるその手をとって、口づけて囁く。

「愛してるよ、里奈」と。

「愛してる、愛してるよ里奈。僕にはキミだけだ、キミこそが僕の全て。大切にするからね、これまでのようにこれからもずっと、ずっとこの部屋で……」

 不意に聞こえた気がした。

(私もあなたを愛してるわ)

 驚いて顔を上げる。そこには目を閉じたままの里奈。
 だが僕は確かに聞いた、ハッキリと聞いたのだ。里奈の声を、ようやく僕の想いに応えてくれる声を。

「本当に?」僕は問いかける。
「本当よ」里奈が答える。

 目を開くことはない、唇が動くことはない。そんなことは問題ではなかった。
 ようやく里奈は僕の想いに応えてくれたのだ。僕を愛してくれる人が、ようやく現れたのだ。

「あ、ああ……ありがとう。ありがとう、里奈……」

 もうとうに枯れたと思っていた涙が、その瞬間溢れ出した。溢れて頬を伝い落ちる。握ったままの里奈の手に。その瞬間、彼女の手が僕の手を握ってくれた気がした。
 ああ、もうすぐ彼女は目を覚ますんだ。そして目覚めて僕の目を見て言うんだ。
 愛してると。僕を愛してると、彼女は言って抱きしめてくれるだろう。
 そうとも、僕らはそうすべき運命なんだ。
 一人ぼっちのキミと僕。誰からも愛されることのない、けれど互いに愛し合う僕らはこれからずっと一緒なんだ。
 ずっと、ずっと一緒に……

 安堵した瞬間、空腹を感じた。そう言えば、里奈もそうだが僕ももう何日もロクに食べていなかった気がする。
 外に出て自分の館に戻れば、いつも口うるさい使用人達が無理矢理何かを食べさせようとした。空腹でもない僕に食べさせようとすることに苛立ちを感じた。それどころか医者に診せようともした。僕に医者は必要ないのに。必要なのは、里奈に与える薬だけだというのに。

 どれもが邪魔でうざったく、面倒だった。当主の仕事など、遠縁の者でも呼んでやらせれば良いではないか。僕はまだ子供なんだ、仕事なんてしたくない年齢なんだ。それが無理なら執事長がやればいい。
 だから邪魔をするな、どうか邪魔をしないでくれ。
 そう思っていたから、久々の空腹感に驚いてしまった。
 だがこれから里奈と一生を共にするなら、食べないわけにはいかないと、力ない足をどうにか奮い立たせて僕は立ち上がった。
 そっと里奈の手を寝具の中に戻す。

「ちょっと待っててね。僕ら二人分の食事を用意させて戻るから」

 席を外すのは少しだけだから。外に出るのはほんの少しだから。
 すぐ戻るから、僕はすぐに戻るから。

 愛するキミの元へ、僕はすぐに戻るから。

 だから待ってておくれ。
 そう告げて、僕は地下部屋を後にした。
 自分の館に戻り使用人に声をかけようとしたけれど。
 意識を失って倒れたのは、その直後のこと。


* * *


 声がする、声が聞こえる。目を閉じたまま、開けるのも億劫だと眠り続けたままの僕に、声が聞こえる。


待っています待っています
私はあなたを待っています

冷たい部屋の中で
暗闇の中で一人ずっと

愛するあなたを待っているのです


 ああ、里奈が待っていてくれる。僕が戻るのを、僕を愛する里奈が、里奈を愛する僕を待っててくれる。
 早く戻らねばと思う。そう思うのに、体が言う事を聞いてくれない。

 愛しい里奈の声にかぶせて、誰かの声が聞こえる気がする。それは煩わしい使用人達の声の気がした。
 もう駄目だと声が聞こえる。
 なんとなく知ってる遠い縁者の声も聞こえる。
 大人の難しい話などどうでもいい。早く僕を起こしてくれ。
 僕は早く里奈のところに戻りたいんだ。それさえ出来れば、こんな家、誰にでもくれてやるから。
 だからどうか──

 早く
 
 僕を

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

処理中です...