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里奈と美菜と貴翔と隆哉
4、
しおりを挟む里奈の弟の部屋は分かってるので、そことは反対の位置にあるだろう。なんとなくそう思って歩く。
十字路に行き着いた時、右を見た。その遠い奥には、行き止まりの壁が見える。
ひょっとしたら、アユムの部屋のように、隠し扉があるかもしれない……そう思って、右の通路を行こうとした。だが不意に聞こえた音に、その足は止まる。
「……さん……」
音ではない、それは声だ。右の通路を選んで進む私の背後、つまり選ばなかった左の通路から声が聞こえるのだ。
「如月さん……」
その声は紛れもなく、私を知っている。そして私を呼んでいる。ゴクリと喉が鳴る。その声を知ってる気がした、知らないような気もした。けれどそれは確かに女性の声で……振り返るしかない、その選択しかないと私に思わせる声で。
ゆっくりと私は振り返った。ゆっくりと明かりを向けた。
その先に見えたのは──
「え、広谷さん!?」
なんと、そこに立っていたのは、広谷さんの奥さんだったのだ。
「良かった、無事だったんですね!案内しますから外に──」
まさか無事だとは思わず、私は慌てて駆け寄った。良かった、健太君が喜ぶ!両親を一気に失ってしまう彼の今後の事を考えると、心配でならなかったのだ。
里奈の部屋を探したいと思うが、それより広谷さんを外に出すのが先決だと、覚えてる道を案内しようと駆け寄って……異変に気付いたのは直後のこと。
「広谷さ……え?」
もう少しで彼女の元に辿り着く、微妙な距離まで近寄って、私は足を止めた。
何かが変なのだ。何がと聞かれても分からないが、何か……何が……
「え……」
そして気付いた。彼女の体が向こうを向いていることに。
顔はこちらを、私の方に──真っ直ぐ正面に向いている。だというのに、体は向こうを向いてる。
つまり首が180度後ろに回って──
「ひ!」
それを理解した瞬間、私は元来た道を慌てて引き返した。
「待って、如月さん……私を置いてかないでえ……」
「ひい!」
そんな私を背後から追いかける気配がする!
ペタペタと、嫌な音を立てて……振り返って見て、直ぐに私はその行為を後悔する。
顔をこちらに向けたまま、体は向こうを向いたまま──後ろ走りで広谷さんは追いかけてきたのだ。後ろ走りなんてそんな早く走れるものではないはずなのに、異様な速さで彼女は駆けてくる。
「待ってえ……待ってえ……」
力なく後ろに伸ばされる手、私に伸ばされる手。
「ひい、ひいい……!」
広谷さんの目は完全に死んでいた。光を宿さぬ目が私を向いていた。口から頭から血を流し、口元だけ笑みを浮かべている。その手に捕まったらどうなるのか。
考える余裕もなく、必死で足を動かす。
その先は、先ほど見た行き止まりの壁。もしそこに何もなかったら?考えるような隠し扉が無かったら!?
そうであった場合の事を考えると恐ろしくて走れなくなりそうで、何も考えずにひた走り。
「はあ!──どこ!?どこにあるの!?」
壁に手を当て、必死で探った。アユムの部屋と同じような構造であるなら、おそらくこの辺に──
「如月さあん……」
「どこよ、どこにあるのよ!?」
広谷さんの声はどんどん近付いている。あと少し、もう少しでその手が私に届く。
「どこに──あった!」
それはアユムの時とは少し違う場所だったが、同じように人工的に作られた穴だった。そこに指を突っ込んで、思い切り引く。一瞬固く動かないように思えたそれは、必死で力を込める私の意思を汲むかのように、ガコンと音を立てて動いたのだ。
開く扉は、やはり小さい。
「如月さあん!」
「いやあっ!!」
手が届くのと、私が扉をくぐるのはほんの一瞬の差。だがその一瞬の間に、私は体を滑り込ませて、閉めた!
扉が閉まると同時、ドンッとぶつかる音。広谷さんが体当たりしてきたのだろう。
「はっ、はっ、はあっ……!!」
体力を考えず必死に走った結果、息が切れて喉が痛くて苦しい。
そのまま動けず扉を見つめる。だがその後、扉はウンともスンとも音を立てることは無かった。
「はあ……」
ようやく息をついて、その場に寝そべる。
「はあ……このまま寝てしまいたい」
床が汚れてるとかどうでもいい。夜中に眠れず起きていた私は、結局そのまま一睡もせずに今を迎えてる。色々あって疲れも眠気も忘れていたが、ここにきて限界がきそうだ。
寝てはいけない、そうは分かっていても、私は睡魔に抗えず目を閉じてしまう。
途端に始まるのは、最後の館の夢──
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