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里奈と美菜と貴翔と隆哉
3、
しおりを挟む私は一体どうしてしまったのだろう。どうして走ってるんだろう。どうしてあの館にあの地下に戻ろうとしてるのだろう。
自分のやってる事が理解できないのに、それでも私は止まることが出来なかった。ただ分かってるのは嫌だということ、。あの地下通路が部屋が、誰かに知られるのが嫌だった。理由も何も分からないが、嫌だと思う自分がいるのだ。
──いや、そう思ってるのが本当に自分なのかは怪しいけれど。
第二の館に入る。まだ警察も何も誰もおらず、シンと静まりかえった館内。もうしばらくしたら、警察関係者がゾロゾロ入って来るのだろう。肖像画に磔となった坂井さんの遺体は回収されるだろう、その後に行方不明者の捜索も始まるだろう。
その結果、偶然隠し扉が発見されないとも限らない。その可能性は大いにあるだろう。
そうなったらどうなるのか。
里奈は健太は貴翔は……彼らはどうなるのか。
もう坂井さんの磔遺体など気にもせず、目もくれずに私は玄関ホール正面の階段を上る。そのまま隠し扉を開けた。
ギイ……と低い音を立て、拒むことなく扉は開く。
目の前に広がるのは暗闇。足元の階段を、霧崎が落とした懐中電灯で照らす。
ゴクリと喉が上下する。
「里奈……?」
小さく問いかけるも、何の反応も無い。
扉を大きく開いて勝手に閉まらないように注意し、私は階段に足をかけた。どんなに配慮しても響く足音を立てながら、ゆっくり階段を降りる。途中、私が霧崎に突き落とされた時に止まった踊り場を通った。
ゾクリとしたのは、そこに何も無かったから。
そこに落ちたはずの広谷さんの姿は、どこにも無かった。その代わり、何かが引きずられた痕が──血の跡が見て取れた。それが誰の血かなんて、考える必要もないだろう。
思わず目をそむけて、血を踏まないようにして階段を下り続ける。奇妙なことに、階段を下りきったその場所で血は途切れていたのだ。嫌な予感がして天井を見上げたが、何もない。そこに広谷さんの遺体がぶら下がってるのでは……なんて考えてしまうのは、ホラー映画の見過ぎだろうか。
ふう、と息を吐いてから、前を向いた。右を見ても左を見ても、相変わらずの石造りの通路が続き、懐中電灯の明かりが届かない先は暗闇が広がっている。
一歩前に足を踏み出す。どこへ向かうとか何も考えてない。そもそも我武者羅に走ってここに辿り着いたのだ、道の把握など全くできてない。だが今回は慎重に、壁に手を当てて進む。階段の場所を忘れないように、どこを曲がるか考えて進む事にした。それでも複雑で、覚えるのは困難を極めたが。
何をする、何をしようという考えはない。自分が何をしたいのかも分からないのだから。
(私は何をしてるんだろう──)
ふと冷静になる自分がいる。そして脳裏に浮かぶのは里奈の顔。
私の精神は、彼女に支配されつつあるのかもしれない。彼女の過去をあまりにも見過ぎた私は、彼女の意識と融合しかけてるのだろうか。
里奈の最後はこの地下にあった。外の世界から隔離された、暗くジメジメした、惨めな世界で終えた。正気を失った貴翔が、はたして里奈の遺体をちゃんと葬ったかは怪しい。弟のアユムはあんな状態だったのだから。
里奈はここに捕らえられ、出たいと思っていたわけではないのだろうか?弟を見つけてと言った彼女は、弟と共に、この捕らわれの世界から出たいと思わなかったのだろうか?
いや当然思ってるだろう。
では扉を開けた今、彼女は出るのだろうか?扉は開けたままにしてきた。そこから出る事によって、彼女達は成仏できるのではないだろうか?
そんな単純な話ではないのかもしれない。そんな単純な話なのかもしれない。
ただ私はこの場所を知られたくないとは思った。
もし里奈がそう思ってて、私の精神に影響を及ぼしてるのだとしたら、彼女は何がしたいのだろう。
出たいのか、出たくないのか。
答えを見出すことは私には出来ない。
そしてふと思いついた。
そうだ、里奈の部屋を探そうと。
どうして今の今まで思いつかなかったのか分からないという程に、その考えは妙案だと思えた。
目指す場所がハッキリした私は、強い眼差しで正面を見据えて明かりを照らした。
「どこにいるの、里奈──」
問いかけに答える声は無い。
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