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里奈と美菜と貴翔と隆哉
9、
しおりを挟む鉄格子を握る手がズルリと落ちる。力なくした手から懐中電灯が落ちる。鈍い音を立てて転がり、それは室内を微かに照らした。
「な、にを、言ってる、の……?」
血の気が引く。倒れそうになるのをどうにかこらえ、私は聞いた。それに対し、首を傾げる隆哉。
「何を言ってると思うんだ?」
「何って……」
「俺は隆哉で里奈だ。分かるだろ?」
「分からないよ!」
ガシャンと拳を鉄格子に叩きつける。痛みも感じず叫ぶ。
「分からない!あなた何を言ってるの!?あなたが里奈!?じゃあ私はなんなのよ!ずっと里奈の夢を見てきた私は一体──」
「初めて夢を見たのはいつだ?」
怒鳴る私を気にすることなく、隆哉は不意に意味の分からない問いをかけてくる。いぶかし気に見る私に対し、彼はもう一度「いつだ?」と問うた。
いつ?最初の夢がいつですって?そんなの忘れるわけがない。
「確か、第一の館で初めて泊まった夜の……」
「違うだろ」
「え?」
否定に首を傾げる。違う?だって最初は──考えて、思い出した。
「あ、バスの中?」
「そう」
そうだ、最初の夢は行きのバスの中だった。
「その時、誰が横に居た?」
「え、そりゃ隆哉が……」
私の肩を枕にして……
「まさか──」
「そのまさか、さ。信じられると思うか?俺の夢を美菜も見るなんて。その次が宿泊初日。当然俺は美菜と一緒に眠った。その次は確か女子大生の首吊り現場で気絶した時だったか。その時は俺は起きてはいたが、美菜は俺の腕の中だったよな」
「そんな、そんな……」
「シンクロと言えばいいのかな?まあそんな感じで、俺の夢が美菜に伝わっていったんだな」
「でもその後はあなたが居なくても見たわ。隆哉が居なくても、里奈の過去夢を見たのよ!?」
「もうその時には道は出来てたんだよ。そばに居なくても、美菜は里奈の夢を──俺の夢を見てしまう状態になっていたんだ」
信じたくなかった。有り得ないと思った。ずっとずっと、里奈は自分の前世だと思っていたのに。もしかしたら、隆哉は貴翔かもしれないと思うことはあっても、里奈だなんて欠片も思わなかった。
「嘘よ」
だから私は首を横に振った。
嘘だ、そんなの嘘だ。信じない。私は「信じない」
首を振り、信じないと呟き続ける私を、隆哉は相変わらず無表情で、なんの感情も無い顔で見つめてくる。
「信じなくてもいいさ」
そう言う声はとても冷たい。「信じなくてもいい」隆哉は繰り返す。
「信じなくても同じこと。真実は変わらない。俺は里奈の生まれ変わりで、美菜は……」
「ねえざまあ……」
その時、気味の悪い声が隆哉の背後から聞こえた。ビクリと体を震わせて見れば、隆哉の背後にへばりついた里奈の横に、ミイラが──アユムが居たのだ。
だが霧崎や広谷さんと異なり、二人はけして隆哉を傷つけない。愛しいものであるかのように、優しくその頬を撫でる里奈。愛しくて仕方ないというように、骨が顕になった自身の頬を、隆哉の頬に押し付けるアユム。
そしてそんな二人を恐れることもなく、微動だにしない隆哉。
信じられない、信じたくない、これは夢だと眠ってしまいたい。
だが出来なかった、もう信じるしかないと現実だと受け入れるしか出来ない。
隆哉は、本当に──
「では、私はなんなの……?」
隆哉が里奈だった。霧崎はアユムだった。他の死んだ人たちも、この館の過去の住人になんらかの形で関わったとしたら。もしそうなら。
「私、は……?」
「変だと思わないかい?」
私の問いに、けれど隆哉は問いを重ねてきた。
「え?」
「里奈は俺に自分の過去を、前世の人生を見せてきた。それを美菜は見た」
「う、うん……」
隆哉が何を言いたいのか測りかねて、私は戸惑い頷く。
そんな私に首を傾げて、隆哉はもう一度「変だと思わない?」と問う。
「どうして美菜は、貴翔の過去を見たの?」
「え?だって里奈が……」
「里奈はあくまで自分の過去しか見せないよ。いくら霊であっても、自分の経験した事以外の事実を知るなんてこと、出来るわけないからね」
「え……」
「ねえ美菜」
ドクンドクンと心臓がうるさく鼓動する。その音がいっそ隆哉の声をかき消してくれたらいいのに。
そう願うのに、ことさら大きく隆哉の声が耳に響く。けして聞き逃さぬようにと。大きくハッキリと。
「キミは、貴翔だったんじゃないの?」
ドクン
心臓が大きく跳ねた。
そんな事は無いと叫ぶかのように。いや、願うかのように。
だが……
「そ、そんなはず……」
「ないの?どうして?キミ、貴翔の過去夢を見ただろう?それとも見てないの?」
見てない。そう言えば良かったのだろう。だが言えなかった、今の私は嘘を言えなかった。言えば助かるかもしれない、言って信じてもらえても助からないかもしれない。どのみち、今の私に否定する気力は無かった。
隠し扉を見つけた。白昼夢で私は貴翔の夢に導かれ、アユムの部屋へと辿り着いた。
でもどうして?あれが里奈が見せた夢だとしたら、里奈はアユムの部屋の位置を知ってるはず。
なのに里奈は私に『探して』と言った。それは知らないからだ、分からないからだ。アユムがどこに居るのか知らない里奈は、たとえ呪われた体となろうとも、見つけることが出来なかったのだ。弟に再会できなかったんだ。
弟に会わせてと里奈が叫んだ時、貴翔はそんな里奈を美しいと思った。地下に閉じ込めたこと、その背景にあったこと、貴翔の思考が流れ込んで来た。
だがそうではなかったのだ。
あれは確かに私の記憶。貴翔が私に伝えたのではない。
私は──思い出したのだ。
「私は……美菜」
「うん」
呆然と呟くように言えば、隆哉が頷く。
顔を上げて隆哉を見て。
私は言った。
「私は、貴翔」
ニコリと微笑む。
ニヤリと笑う。
ニチャアと口元をほころばせる。
隆哉が里奈がアユムが。
「「「うん」」」
頷いた。
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