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里奈と美菜と貴翔と隆哉
8、
しおりを挟む目を開ければ、そこは第二の館、玄関ホールの肖像画の下。
「え?」
──ではなかった。
広がる暗闇。手の中の懐中電灯が、床を照らす。
震える手で懐中電灯を握り締め、鉛のように重く感じるそれを持ち上げて、私は周囲を照らした。
「どういう、こと……?」
それは私が予想した場所ではなかった。出口ではなかった。
そこは……
呆然とする私の足に、何かがコツンと当たり。震える手で足元を照らし、愕然とした。それは青い瞳のフランス人形だった。その頭部だった。それは確かに、夢の中で見て、つい先ほど見た──
慌てて周囲をもう一度照らす。
飾られたぬいぐるみに人形。ボロボロのレースカーテンが無残にぶら下がる、紫の天蓋付きベッド。寝台の上、その端は、先ほどまで何かが座っていたかのように凹んでいる。
ベッドのそばには椅子が倒れていた。かつて立派で少年が座っていたであろうその椅子は、今や脚が折れ、蜘蛛の巣まみれで見る影もない。
これは、この部屋は──
「里奈の部屋……」
紛れもなく、ここは里奈の部屋だった。それも、鉄格子の外ではなく、中。牢の中に私は立っているのだ。
夢だろうか。
そう思った。
夢であって欲しい。
そう願った。
目を閉じてもう一度開けば、現実に帰れる、きっと帰れる。そして隆哉と一緒に私は──
願いを込めて私は目を閉じた。
すると
「美菜」
声が聞こえたのだ。愛しい人の声が。
「隆哉?」
「うん、俺だよ」
良かった、あれはやっぱり夢だったのだ。今度は何を見せられるのか、里奈は何を見せようと思ったのか知らない。だがこれ以上、私は夢を見るつもりはなかった。見たくなかった。
だから現実に戻れたのだと、隆哉の声に安堵して目を開く。
だがそこは現実ではなかった。
状況は変わらない事に、私は言葉を失う。何度目を閉じても、開いても、私の居場所は変わらない。私はただ、里奈の部屋に立ち尽くしていたのだ。足元の人形の頭を蹴って、周囲を見渡した。
声がしたのだ、確かにその人は居るはずなのだ。
だからその名を呼ぶ。「隆哉!?」と。すると声はすぐに応えてくれた。
「美菜、俺はここにいるよ」
バッと声のした方に光を向けた。そしてそこに、求める人の姿を認め、私は安堵の笑みを浮かべて走り寄るのだった。
「隆哉!良かった、一体どうしてここに──」
手を伸ばす。あと少しで隆哉の体に手が触れる!けれどあと少しという距離で、ガシャンと嫌な音を立て、それは私の動きを封じるのだった。
「え!?」
何度も見てきた、冷たい感触に目を細めた、嫌な感触に苛立ちを感じた。
鉄格子が、私の動きを阻む。隆哉にそれ以上近付くなと、立ちふさがるのだ。
顔を上げれば、隆哉と目が合った。
「たか、や……?」
これは本当に隆哉だろうか。本物の隆哉だろうか。そう思うくらいに、その目は冷たかった。これまで向けられていた温かな眼差しとは似ても似つかぬ、氷のように冷たい瞳が私を見ていた。
問いかけても、隆哉はピクリとも動かない。
その時だった。
ズル……と音がして、何かが隆哉の背に張り付いてるのが見えたのは。
「隆哉!?」
驚き名を呼んでも、隆哉は反応しない。
背から見え隠れするのは子供の手。真っ白な手は、嫌でも記憶にあったそれと重なる。
霧崎が犠牲になり、広谷さんも犠牲になった。かれらの命を──いえ、きっとこれまでこの館で死んだ人たち全ての命を奪った、その元凶である手が、隆哉の背にあるのだ。
「隆哉、逃げて!その背にあるものから早く!」
隆哉の反応は無い。
「お願いよ隆哉、正気を失ってる場合じゃないの!殺されちゃう、あなた殺されちゃうわ!里奈があなたを殺して──」「私がなあに?」
鉄格子をガシャガシャ揺らしながら叫ぶ。放心している隆哉に必死に呼びかけたその時。
里奈の声が聞こえた。隆哉の背から?いや違う。今、聞こえたのは、その声が聞こえたのは……!
「隆哉……?」
「私がなあに?」
私の問いかけに、里奈はもう一度同じことを言った。
隆哉の口から、里奈の声で。
「私がなあに?」
言ったのだ。
里奈に意識を乗っ取られている!?
「隆哉!しっかりして隆哉!正気に戻って!」
「俺は俺だよ美菜」
私の呼びかけにようやく反応し、隆哉が返事してくれた。
「隆哉、良かった正気に……」
「俺は俺だよ美菜。俺は俺で」
そして
「俺は里奈だ」
隆哉は言った。
隆哉の背後から、顔が覗かせた。
私を無表情で見つめる隆哉。
隆哉の肩から顔を覗かせた里奈がニタリと笑った。
「私は隆哉よ」
「俺は里奈だ」
二人の声がハモる。
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