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※流血表現注意※
どうしてハリシアがそんな物を持っていたのか。
理由を知る者がはたしてこの場に居るかどうか──
だが理由などどうでもよく、ただその事実が重要だった。
ハリシアの右手に握られる短刀。
どこに隠し持っていたのか──ヒラヒラの豪奢なドレスならば、隠し場所などいくらでもあったのだろう。隠された短剣が私に向けて突き出される。
「死ね、バルバラ!!」
しわがれた姉の声が響いた。
避けきれない!
そう思い、血走った眼の姉の目から己の目が離せなくなったまさにその瞬間!
ザンッ!!
舞い散る血しぶきが──朱が目の前を染めたのだった。
ドサッ、ドサリと複数の何かが落ちる音がして。
「ぎゃああああああああ!!」
次いで絶叫が響きわたるのだった。
頬に手を当てる。ぬるりとした感触。手を見れば、べっとりと血がついていた。
次いで床に目をやる。
そこにあったのは──
「ひいいい!腕が、私の腕がああ!!」
腕を失った痛みにのたうち回るハリシア。
そして少し離れた場所に落ちる、ハリシアの体から離れたそれ、だった。
視界の隅に剣を振って血を飛ばすオーバン様の姿が見て取れた。
彼が、短剣をもったハリシアの腕を迷わず切り落としたのだ。
「連れて行け」
冷たく言い放ったのは伯父様だった。
二人は何でもない事のように平然とした顔で、少し青い顔をした騎士たちに指示をするのだった。
「死なない程度に止血と治療を。死なない程度に、だぞ」
オーバン様の指示に頷いて、騎士たちはハリシアを連れて行った。みんな服が血で汚れるのに……なんだか申し訳ない。
会場にあったクロスで剣を拭き、オーバン様は剣を鞘に納めるのだった。
私は静かに彼を見る。
「ありがとうございました」
「いや。考えるより先に動いてしまったよ」
微笑むオーバン様に私も微笑みを返した。
伯父様がどこからか濡れタオルを差し出してくれた。ありがたくそれで顔を拭かせてもらう。
「伯父様も。ありがとうございました」
色々動いてくださって。
本当に、感謝しきれません。
言えば優しく微笑んでくださった。
「可愛い姪のためだ、なんてことない。それより大丈夫か?」
それはどういう意味だろうか。
父の事、姉の事、今しがた起きた惨事のこと。
どれのことか──全てのことか。
分からないまま私は首を振った。
「大丈夫です」
嘘偽りなく、そう私は答えて微笑む。
思う事は色々あるけれど。
それでも終わったのだ。
全て終わった。
計画通りに──全て。
「お姉様はどうなるでしょうね」
その問いに、伯父様は軽く肩をすくめた。
「リラの件だけなら永久に投獄程度だっただろうが、妹を──平民が侯爵に危害を加えようとしたのだ。助かる道はないだろうな」
それはつまり、道は一つということなのだろう。
「死罪、ですか」
「そうだ。お前が望んだ通りな」
そう言ってニヤリと笑う伯父様に……私もニヤリと笑いを返すのだった。
「さて、何の事やら?」
「こんな玩具で貴女を殺せると本気で思ってたんでしょうかねえ」
とぼける私に、同じくニヤニヤしながらオーバン様が近づいてきた。その手には短剣が……ハリシアが私を殺そうとした時の短剣が握られていたのだ。
その切っ先を指でツンとするオーバン様。
刀身はいとも簡単に柄の中に引っ込むのだった。
クイックイッと何度も出し入れするオーバン様に、私は微笑みとぼけた声で返す。
「あらまあ本当ですわね。あの人は一体何を考えていたのでしょうねえ」
その玩具を見つけたのは偶然だった。
けれど見た目は本物そっくりなそれを見た瞬間、面白いと思った。
だから用意したのだ。
あの姉が、それでも護身用にと身につけていた短剣とそっくりのデザインの物を特注した。
そして使用人を使って本物と玩具とを入れ替えさせたのだ。
何も知らないハリシア。
憐れなハリシア。
でも本当は賭けだったのよ?貴女が使うなんて確信は無かったし。
使わないなら使わないで、私の中の姉の印象が良くなるなんて事はなかったけれど。意外だったなと笑う程度のものだと思っていたのだけど。
けれど十中八九使うだろうと思っていた予想は、大当たりと言う結果になったのだ。
「お姉様はちょっと天然が入ってるのかもしれませんね」
この場に居る者全てが真実を知っている。
けれど全員知らないと、とぼけた顔をして、有象無象が集う貴族社会を生きる三人は。
互いに顔を見合わせて、静かに微笑むのだった。
どうしてハリシアがそんな物を持っていたのか。
理由を知る者がはたしてこの場に居るかどうか──
だが理由などどうでもよく、ただその事実が重要だった。
ハリシアの右手に握られる短刀。
どこに隠し持っていたのか──ヒラヒラの豪奢なドレスならば、隠し場所などいくらでもあったのだろう。隠された短剣が私に向けて突き出される。
「死ね、バルバラ!!」
しわがれた姉の声が響いた。
避けきれない!
そう思い、血走った眼の姉の目から己の目が離せなくなったまさにその瞬間!
ザンッ!!
舞い散る血しぶきが──朱が目の前を染めたのだった。
ドサッ、ドサリと複数の何かが落ちる音がして。
「ぎゃああああああああ!!」
次いで絶叫が響きわたるのだった。
頬に手を当てる。ぬるりとした感触。手を見れば、べっとりと血がついていた。
次いで床に目をやる。
そこにあったのは──
「ひいいい!腕が、私の腕がああ!!」
腕を失った痛みにのたうち回るハリシア。
そして少し離れた場所に落ちる、ハリシアの体から離れたそれ、だった。
視界の隅に剣を振って血を飛ばすオーバン様の姿が見て取れた。
彼が、短剣をもったハリシアの腕を迷わず切り落としたのだ。
「連れて行け」
冷たく言い放ったのは伯父様だった。
二人は何でもない事のように平然とした顔で、少し青い顔をした騎士たちに指示をするのだった。
「死なない程度に止血と治療を。死なない程度に、だぞ」
オーバン様の指示に頷いて、騎士たちはハリシアを連れて行った。みんな服が血で汚れるのに……なんだか申し訳ない。
会場にあったクロスで剣を拭き、オーバン様は剣を鞘に納めるのだった。
私は静かに彼を見る。
「ありがとうございました」
「いや。考えるより先に動いてしまったよ」
微笑むオーバン様に私も微笑みを返した。
伯父様がどこからか濡れタオルを差し出してくれた。ありがたくそれで顔を拭かせてもらう。
「伯父様も。ありがとうございました」
色々動いてくださって。
本当に、感謝しきれません。
言えば優しく微笑んでくださった。
「可愛い姪のためだ、なんてことない。それより大丈夫か?」
それはどういう意味だろうか。
父の事、姉の事、今しがた起きた惨事のこと。
どれのことか──全てのことか。
分からないまま私は首を振った。
「大丈夫です」
嘘偽りなく、そう私は答えて微笑む。
思う事は色々あるけれど。
それでも終わったのだ。
全て終わった。
計画通りに──全て。
「お姉様はどうなるでしょうね」
その問いに、伯父様は軽く肩をすくめた。
「リラの件だけなら永久に投獄程度だっただろうが、妹を──平民が侯爵に危害を加えようとしたのだ。助かる道はないだろうな」
それはつまり、道は一つということなのだろう。
「死罪、ですか」
「そうだ。お前が望んだ通りな」
そう言ってニヤリと笑う伯父様に……私もニヤリと笑いを返すのだった。
「さて、何の事やら?」
「こんな玩具で貴女を殺せると本気で思ってたんでしょうかねえ」
とぼける私に、同じくニヤニヤしながらオーバン様が近づいてきた。その手には短剣が……ハリシアが私を殺そうとした時の短剣が握られていたのだ。
その切っ先を指でツンとするオーバン様。
刀身はいとも簡単に柄の中に引っ込むのだった。
クイックイッと何度も出し入れするオーバン様に、私は微笑みとぼけた声で返す。
「あらまあ本当ですわね。あの人は一体何を考えていたのでしょうねえ」
その玩具を見つけたのは偶然だった。
けれど見た目は本物そっくりなそれを見た瞬間、面白いと思った。
だから用意したのだ。
あの姉が、それでも護身用にと身につけていた短剣とそっくりのデザインの物を特注した。
そして使用人を使って本物と玩具とを入れ替えさせたのだ。
何も知らないハリシア。
憐れなハリシア。
でも本当は賭けだったのよ?貴女が使うなんて確信は無かったし。
使わないなら使わないで、私の中の姉の印象が良くなるなんて事はなかったけれど。意外だったなと笑う程度のものだと思っていたのだけど。
けれど十中八九使うだろうと思っていた予想は、大当たりと言う結果になったのだ。
「お姉様はちょっと天然が入ってるのかもしれませんね」
この場に居る者全てが真実を知っている。
けれど全員知らないと、とぼけた顔をして、有象無象が集う貴族社会を生きる三人は。
互いに顔を見合わせて、静かに微笑むのだった。
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