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しおりを挟むデッシュが去った。父が去った。
残るは一人。
たった一人。
私はその一人に視線を移した。
その人物は、連れられて行く父を見ることもなく、ずっと床で膝を抱えて座りこんでいたのだ。お色直し全てが純白のドレス──見るからに高級なドレスだったそれは、裾が黒く汚れて残念な事になっている。
ハリシアはそれを気にすることもなく。
ただガジガジと親指の爪をかじっているのだ。
いい加減、心が病んでしまったのかもしれない。
いや、姉はいつも病んでいた。病んでいたからこそ、あれだけの奔放な行動が出来たのだろう。
私はそんな姉の眼前に立ち、告げた。
「お姉様。お姉様もお父様と同じで、過酷な牢屋生活が待っております」
大丈夫、貴女はまだ若い。
きっとそんな直ぐには死なないでしょう。
自慢だった美貌がボロボロになってゆく様を見れないのは残念だけど、一人寂しく牢屋生活を送ってください。
「さあ、お姉様」
私は最後の一人である姉の腕を掴んで、その身を立たせた。意外にも姉は抵抗もせずに簡単に立ち上がったのだ。
が、足元がおぼつかないのか、よろけて私にもたれかかるようになる。
「お姉様?大丈夫ですか?」
まあ大丈夫じゃないでしょうけど。分かってて聞く私は底意地悪いのかも。
そんな私の耳元に届くのは、ブツブツと何事かを呟く姉の小さな声だった。何を言ってるのだろうと耳を近づけると。
「嘘よ嘘よ嘘よ、こんなのは嘘よ。私は侯爵令嬢よ、これまでもこれからもずっとずっと贅沢三昧、楽しく生きるのよ、そのはずだったのよ」
まだそんなこと言ってるのか。
聞くだけ無駄だったと思えるくらいに下らないことを言い続ける姉に呆れながら、その腕を引いた。
「お姉様、現実を直視してくださいね?ほら、お迎えが来ましたよ」
その言葉と同時。
再び複数の騎士が現れた。ハリシアを連れて行く、死神にも等しき存在だ。
彼らを虚ろな目で見つめるハリシア。
「嘘よ」
「お姉様、嘘ではありませんよ」
否定の言葉に否定の言葉を投げる。
そんな私に、姉は虚ろな目を今度は私に向けるのだった。
「お姉様?」
「お前が──」
抑揚のない声。
俯き、私の腕をグッと掴んで来た姉の表情はうかがい知れない。
だが、その声の響きに不穏な気配を感じて後ずさりかけた瞬間。
ガッと腕を掴まれた!
「お姉様!?」
先ほどデッシュに掴まれた場所だ。デッシュも姉も力いっぱい掴んでくれるから、さすがに痛い!
たまらず叫ぶ私の耳に、笑い声が届いた。
「くっくっく……やってくれる、妹のくせにホント、やってくれるわ……」
それは姉の声。ハリシアの、低く、くぐもった笑い声……
「お姉さ……」
「ひゃはははは!最高よ、最高の妹をもったわ!ほんと最高よお前!お前が当主!侯爵家当主!!」
気がふれたとしか思えなかった。
狂ったように甲高い笑い声を上げる姉。
もう人がほとんど居なくなってしまった会場中に響き渡る笑い声は、狂気に満ちていた。
狂ったのかしら……
少し怖くなって眉宇を潜める。その時見えたのだ。
ギラリと光る狂気の目が、私には見えた。
「──!!」
「お前が……ば……」
「なに──」
ブツブツと呟きながら、ギョロリと目玉が動く。その不気味さに声を失った瞬間──
「お前が死ねば、侯爵家は私のものよ!!!!!!」
「お姉様!?」
「バルバラ!!」
誰が誰の叫びか分からない。だが。
「死ねえ!!」
「やめろ!!」
叫んだのは同時。
皆が同時に叫んで動いた。
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