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第一部
36、吸血鬼と人狼執事
しおりを挟む時は少し遡って、とある地にて──
「おおおお早い!さっすがゼルストア様、狼化した僕の全力疾走より早いなあ」
「……お前がもう少し軽ければ、もっと早く走れるんだがな」
「いやだ、そこは『お前はとても軽いな』とか優しく言ってくださいよ」
「落とすぞ、全力で落とすぞ!」
全力で落とすってなんですかぁぁ!
と、叫ぶ僕の声は凄まじい速さで移動し続ける。
いや~、さすがに早いなあ。馬車で3日はかかるところを一晩で──ていうか一晩かかってないや。まだ夜明け前だし。暗いし。吸血鬼ってチートだよなあ。
人狼の自分もかなり早く走れる自信があるが、絶対的に吸血鬼には敵わない。
過去に幾度となく吸血鬼に戦いを挑んでは、負けてきた人狼族。
いつしか諦めて配下となったのも当然と言えよう。
どう足掻いても勝てない存在。
それが吸血鬼だ。
とは言っても、そんなの遠い先祖の話で、僕はゼルストア様の祖父にあたる「あの方」に、死にかけてたとこを助けられたのが出会いだったわけだけど。
それからずっと仕えてたら、いつの間にか孫の公爵に仕えていた。
始祖やその息子──ゼルストア様のお父上に比べて、ゼルストア様はかなり人間くさい。
とは言え、人に無関心すぎるところは妙に吸血鬼くさいというか何と言うか。
人よりフワモフ達が大好きだ!と公言してた頃には頭痛が日常だったなあ。
そんな日も遠い昔のように感じる現在。
まさかゼルストア様が、愛する女性の為に全力疾走するとは!
誰も予想しなかったに違いない。
僕も当然予想してなかった。
ゼルストア様が生まれた瞬間からお側にいた身としては感慨深いものがあるなあ……。
などとしみじみしていたら、急に公爵が止まった。
「うわっと、急に止まらないでくださいよ!」
「次はどの方向だ!?」
指示した場所に到着したのだろう。さすが早い。
「えーっとどっちだっけ」
「早くしろ!落とされるのと落ちるのとどちらが良いか選びたいか!?」
「それどっちも落ちる事に変わりないでしょ!」
焦ってるのか、結構ひどいこと言ってくるなこの人。
「あ、あっちですね」
吸血鬼同様、人狼も夜目がきく。目的地の方角を見やって、指さした。
「だいぶ近づいてきましたね、かすかにフィーリアラ様の匂いがします」
「今すぐその鼻を切り落とせ!」
いやこっわいな!もう怖いわ!何言ってんのこの公爵!
フィーリアラ様大事すぎて、僕が匂い覚えてるのすら不快ってか!
ちょっとドン引きになり呆れる僕を、それでも公爵は担いだまま走り出した。
人狼が吸血鬼より勝ってる部分──それは鼻が利く事くらいだろう。
でもそろそろ、公爵にも感じるんじゃないかな。
それくらい、目的の別荘は近付いてきていたから。
「あ、見えた!」
「あそこか!」
荒野にポツンと佇む、少し大きめの──けれど王族が住むには小さい、白い屋敷。
こんなとこ不便じゃないの?と思わなくもない場所に、それは在った。
ポツンと在る一軒家に灯された明かり。
二階の一部屋が明るいのが見てとれた。
間違いなく、フィーリアラ様はあそこに居るだろう。
その時だった。
『あは……気付……か!』
『気…か……か!』
微かに聞こえる二人の会話。
これは間違いない、王太子とフィーリアラ様の……。
僕より耳が良い公爵には、きっとハッキリ会話が聞こえてることだろう。
走るスピードが増した気がする。
あ、なんか嫌な気配がする。
見えないけど……何だろう、フィーリアラ様がすんごい嫌がってる気配がするわあ。
『キスもまだ……』
あー、不穏なワード言ってるなあ。公爵から殺気感じる、ビシビシ痛い殺気が!
『い、いや……!』
あ、マジやべ。これヤベ。真剣にやっべ。
「フィー!」
公爵は叫ぶや否や。
ポイッ
「え?」
えええええ!
ポイって捨てられた!
肩に担いでた僕を、いとも簡単に投げ捨てたぁ!
ひ~ど~いぃ~~~!
なんて叫びは公爵の耳に届く事は無く、公爵は走り去って行った。
ゴミのように捨てられた僕の体は宙に舞い──そのまま地面に激突……はしないけどね。
かっこよくスタッと着地したさ!
見たか10点満点!
って誰も見てないのが悲しい!
公爵もう点にしか見えないし。もう別荘着くし!
仕方ないなあ、僕も走るかあ。
公爵がマジになってるなら自分はいいかとノンビリしてたら、その耳に届いてしまった。
『私が好きなのはゼル様だけなんだからぁぁ!!!!』
フィーリアラ様の叫びが。
壁におもっきし体当たりして、公爵が部屋に飛び込む音が。
そして僕のため息が。
全てがゆっくり、けれど実際は一瞬で。
僕の耳に届いたのだ。
「あ~……ゼンソン王子、大丈夫かなあ。王家って他に後継ぎ候補いたっけか」
そんな僕の呟きだけは、誰の耳にも届かなかったのだけれど。
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