櫻花荘に吹く風~103号室の恋~

柚子季杏

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櫻花荘に吹く風~103号室の恋~ (14)

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 女性とのキスも、春海よりはずっと多く経験しているだろうと思う。それ以上の関係も持った経験はある。けれどその時に交わしたどんなキスよりも、春海とのくちづけは甘く由野の胸を満たしていった。

 春海の口腔内へと挿し入れた舌先で、歯列を確かめるようになぞり、奥まった場所へと逃げる舌を絡め取る。舌の付け根から尖端までを味わいながら往復し、味わい残しの無いほど丹念に、柔らかな粘膜を擽った。
「――っふ、ぁ……んっ」
「ッ――」
 舌先が上顎を滑ると、春海から鼻に抜けたような、甘えた声が零れた。途端に由野の全身を見知った感覚が走り去る。痺れるような疼きが、腰の中心へと熱を持って集まってくる。
(ヤバイ……これ以上やったら、止まれなくなる……)
 磁石が貼り合わされたかのように離れる事を拒む唇を、由野は懸命に引き剥がした。

 互いの唾液に塗れて濡れそぼる春海の唇は腫れぼったく熱を孕み、赤く色付いている。部屋の照明の下、濡れた唇がてかてかと光って、幼い表情とは裏腹の艶っぽさを醸し出していた。
 その唇を名残惜しげにペロリと舐め上げ、由野は春海へと優しく微笑みを投げ掛けた。
「ごめん……ちょっと、夢中になり過ぎた」
 鼻で呼吸をする事にすら慣れていないらしい春海の肩が、上下に揺れ動く。
 「頑張る」 の宣言通り、春海は由野に着いてこようと必死なのだろうと思えば、胸の内には益々愛おしさが込み上げて来て。由野は肩で息をする春海の身体を、ぎゅっと力を込めて抱き締め直した。
 鼻先を春海の髪へと埋めてひとつ息を吐き出した由野の頬へと、春海のしなやかな指先がつと伸ばされた。
「……春ちゃん?」
 驚いて顔を上げた由野の両頬を、春海の両手の平が優しく包み込む。
「由野さ――髭が、無い……」
「あ、ああ。さっき風呂に行った時、剃ったんだけど……変かな?」
「ううん。髭無いのも、似合いますね」
「そう? 良かった」
 春海の言葉に微笑みながら、柔らかな唇を軽く啄ばんだ由野の顔を、その腕の中に納まったままの春海が見つめて寄越す。
 とろんとした眼差しが熱を帯びて潤みを増し、上気した頬は桜色に染まっていた。

「由野さん……好き」
「っ、は、春ちゃん?」
 ポツリと呟いた春海が、離れた唇を追い駆けてくる。
 ふわりと重なり合った唇は、やっぱり甘くて。幼子のようなそのキスに昂る鼓動を感じた由野は、慌てて春海の身体を押しやった。
「由野さん?」
 不満気に唇を尖らす春海の顔を直視する事が出来ず、由野は微妙に視線を逸らしたままぎこちなく笑みを浮かべた。
「駄目だよ春ちゃん…そんな事されたら、我慢出来なくなっちゃうだろ?」
「我慢って、何で? ボク、上手じゃないから、駄目?」
「違うよっ、そうじゃなくて! そうじゃなくて……」
 寧ろその逆である。
 拙いキスも、震える華奢な身体も、普段とは違った春海の艶かしい表情も、全てに煽られている自分を感じるからこそ、由野はなけなしの理性を働かせているというのに。
 潤んだ瞳で縋るように由野を見つめたまま、春海は両頬を包んでいた手の平を滑らして、由野のシャツをキュッと握り締めた。
「ボク、由野さんがしたいなら、良いって言いました。由野さんがしたいって思ってくれるなら、ボクもしてみたい……」
「春ちゃん――」
 泣き出す直前の子供のように顔を歪めた春海が、由野の胸に顔を埋めた。
「由野さんが、好きだから」
 スリッと頬をすり寄せられる感触に、由野の喉がこくりと小さく動く。愛しいと想いを寄せる相手に縋り付かれ言葉で煽られ、それでも尚理性を保てるほど、自分が出来た人間ではないと悟った瞬間だった。
「春ちゃん」
「んっ、ん、んぅ」
 縋り付く春海の頤を持ち上げた由野が、春海の艶やかな唇へと自分のそれを寄せる。
 表面を擦り合せるような軽いくちづけを数度繰り返し、下唇を食む。
 先ほどのキスで学習したのか、春海が自ら唇を薄く開く動きを感じて隙間から舌を挿し入れると、先程よりも荒々しい、性的な意味合いをたっぷりと籠めたくちづけを交わした。
 由野の動きに応えようとぎこちなく動く春海の舌を絡め取り、自身の口腔内へと引き入れる。春海の舌先を甘噛みし、吸い上げては再び戻し入れ、唾液ごと啜り立てるように激しく口腔を蹂躙していく。
「――ふ、ぁ、っあ、んっん」
 由野のシャツを握り締める春海の手が微かに震え、鼻から抜ける甘い吐息に、彼が快楽を感じている事を知る。
 もぞもぞと膝をすり合わせる動きを見れば、春海の中心も恐らくは兆しを見せているのだろう。
「は、ぁ……」
「春ちゃん、本当に、良いんだね?」
「ん、由野さ……」
 座布団代わりに敷いていた布団へと、春海の身体をゆっくり押し倒しながら、最後の理性をフルに働かせ、由野は問い掛けた。
 その答えに返って来たのは、キスの余韻で幾分呂律が回らなくなった春海の、甘く自分を呼ぶ声と、由野へと向かって伸ばされた両の腕だった。

「っ……春ちゃん、好きだ」
「んぁ、あっ、ふ」
 濡れて光る唇を数度啄ばんだ由野は、そのまま唇をずらして首筋へと這わせて行く。時折軽く吸い上げ、歯先でなぞり上げれば、その僅かな刺激に春海の身体がぴくりと揺れる。
 耳朶を口に含んだ由野が熱い吐息を付けば、赤く染まった耳角が熱を持つ。
 恥ずかしそうに身を捩る春海が可愛くて、もっと色んな表情を見せて欲しくて。
「ひっ、ャ…何? ぁ、あっ」
「感じる?」
 Tシャツの中へと忍び込ませた手の平を胸に滑らした由野が、指先に感じた小さな突起を弾いた。刺激に小さく身を震わす春海の様子を見やりながら、由野はその小さな突起を摘み上げ、押し潰し、爪先で擽り続ける。
「春ちゃん、感じたら素直に声出してね……僕も、同性を相手にするのは初めてだから…でも君にも、ちゃんと気持ち良くなって欲しいんだ」
「由野、さ……ぁっ、はぁ」
 耳元へ囁きを落としながら、由野が春海の纏っていたTシャツを脱がせた。明かりが点いたままの室内に、ほんのりと色付いた春海の上半身が露になって、それだけでズンと重い熱が、由野の中心へと集まり始める。

「は、あっあっ、んぁ――ャ、あ」
 首筋から鎖骨へと辿り着いた由野の唇が、その場所へと小さな赤い印を刻む。
 満足気にその痕を見遣ると、唇を下へと滑らせて、春海の左の乳首を捉えた。赤子が吸い付くように、その小さな尖りを唇で挟み込み、吸い上げ、舌先に絡め取る。
 右の尖りは指で捏ね回しながら、口に含んだ左に柔らかく噛みつけば、まるで「もっと」と誘いを掛けるかのように春海が背を撓ませて胸を反り返らせた。
 左右の小さな尖りを、由野が唇と指を使い交互に攻め立てる。
 唾液に塗れた飾りがぷっくりと存在を主張し始めた頃には、春海の口は閉じる事を忘れたまま、甘い美声だけを由野へと届けていた。

 心の中でぼやきが零れるほどに、由野に組み敷かれた春海が艶かしく身体をくねらせる。
(どこにこんな色気を隠してたんだか――)
 由野を見つめる潤んだ瞳。目元には赤い朱が差し、薄く開いた唇は互いの唾液に濡れ光ったまま、春海が由野の名を繰り返し呼び続ける。
 いつも見ていた無邪気な顔とは違う、匂い立つような姿態に、僅かに残っていた理性すらも奪われてしまいそうになる。
「ひぁっ、や、由野…さ――あ、んぅ」
「だってここ、凄くきつそうだよ……もうちょっと、腰上げて。そう、良い子」
 先ほどから身体の揺れに合わせて由野の太腿に擦れていた春海の中心は、コットンパンツの生地越しにも分かる程にその形を変え、布地を窮屈そうに押し上げていた。



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