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櫻花荘に吹く風~201号室の夢~ (30)
しおりを挟むそれでも、ぎゅうぎゅうと締め付けられる息苦しさから解放されたことでようやくひと息ついた僕の前で、未だ信じられないらしい良くんの瞳が揺れ動いていた。
「だって、だってさ、まーくん分かってる? 俺の言ってる好きって、その……キスとか、それ以上も含んだ、恋人としての好き、なんだよ?」
「あはは、分かってるよ。幾ら僕でも、そこまで鈍く無いよ? そりゃあ最初の頃は、信じられなかったけど……さっき言ってくれた言葉は、ちゃんと届いたから」
「まーくん――」
「多分もう、僕はずっと前から、良くんの事が好きだったんだと思う。だけど、僕の想いは伝えちゃいけないって思ってたから……応えるのが遅くなってごめん」
「っ……やべ……すげえ、嬉しい」
僕の言葉が、やっと良くんの心へと届いた。
先ほどまでの息が止まりそうな強さではなく、今度は優しい、包み込むような抱擁。僕の肩口に顔を埋める良くんに倣って、僕もまた彼の首筋の匂いを吸い込むように、その肩口へと頬を寄せた。
「良くんは、本当に僕で良いの?」
「まーくん?」
ポツリと呟いた言葉に顔を起こそうとした良くんの頭を、両腕で掻き抱く事でその場に押し留まらせる。
「僕には、良くんの子供を産んであげる事も出来ないし、普通の家庭の幸せを、君に教えてあげる事も出来ない。女の人とだったら叶えられるような事が、僕じゃ叶えて上げられない……だからね、すごく悩んだんだ。気持ちを伝えても良いのかって、ものすごく悩んだ」
「俺はっ! 俺は、まーくんだから好きになった……こんな風に想える相手が出来るなんて、自分で自分に驚いてるんだ。だから、そんな悲しい事言うなよ。俺にはまーくんがいてくれれば、それで良いんだ」
「良くん……うん……そうだね、僕もそうだよ」
観月さんに傲慢だと言われた事が、不意に頭を過ぎった。
確かに傲慢な考えだったのだと、今ならはっきりと理解できる。
こんなにも僕を想ってくれる彼の想いを、僕の勝手な思い込みだけで切り捨てようとしていたなんて、自分はどれだけ馬鹿な事を考えていたのかと。
「まーくん……キス、していい?」
「ぁ――」
僕の両腕の束縛から逃げ出した良くんの顔が、僕へと近付いてくる。
答えようと開きかけた唇へと、ふわりと触れた柔らかな感触。
僕らが出会ったあの日、僕を導いてくれた桜の花弁のような、優しく力強い……温かな触れ合いだった。
開け放った窓、網戸越しに吹き込んで来る風が、火照った身体を鎮めてくれる。
「どうしよう……緊張して来た……」
中庭での告白大会が終わり、何となく良い雰囲気になって……とくれば、やっぱりそういう流れになるわけで。
『俺、まーくんの事抱きたい――駄目、かな?』
『だ……っ、それ、は……あの……』
『まーくんがまだ早いって言うなら我慢する、って言っても、そんなに長くは待てそうも無いけど』
言葉を濁して伝えたのでは、彼相手には伝わらないという事は分かっていたから。
断られる覚悟で、敢えてストレートに欲望をぶつけた。
正面からじっと見つめたまーくんの瞳は、動揺の色が濃く表れていて、こりゃあ今夜は無理だなと諦めかけた時だった。
『僕は、その……そういう経験、殆ど無いから、良くんがリードしてくれる?』
鼻血が出るかと思った。マジで。
おどおどと俺に視線を合わせたまーくんの目元も頬も、月明かりの下でも分かるくらい赤くなっていて。
そんな答えが返ってくるなんて、誰が想像出来るんだっていう話。
『えっ…ま、まーくん意味分かってんだよな? 良いの? 本当に? セックスだよ?』
『ぅ、ん――だって……また改めてなんて言ったら、絶対僕は尻込みしちゃうと思うからさ』
震える声で告げてくれるまーくんの声に、ここで据え膳を堪えられるような、大人な男にはなれっこなかった。
まーくんもちゃんと、そういう意味で俺を見てくれているんだと分かって、それで我慢が出来たなら、俺は大事な男性のシンボルを何処かに捨てて来たんじゃないかと思っただろう。
『行こう……まーくんの部屋でいい? 俺の部屋だと、みっちゃん帰って来たら、ちょっとヤバいし』
じっとしてなどいられなくて、まーくんの腕を引っ張るように立ち上がり、玄関へと向かう。その時、先に玄関扉を潜った俺に、恥ずかしそうに顔を伏せた彼が、小さな願いを口にした。
『あのっ、あのさ……僕、舞台終わってそのままだから……その、お風呂に入って来ても、いいかな?』
『俺は全然気にしないけど――』
『っ、駄目! 絶対駄目!』
半分以上本気の言葉は、呆気無く却下された。それどころか本気で嫌がっている素振りに、一刻も早くと焦る気持ちは、さすがに押し込めるしかなくて。
『分かった……じゃあ、ここの中も、綺麗にして来てね。出来なきゃ俺がしてあげるけど……どうする?』
『な……りょ、良くんっ!』
形のいいお尻をサワリと撫でて笑って見せた俺に、まーくんは項まで真っ赤に染めて恨めしそうな視線を投げて寄越す。
玄関先に俺を残してさっさと風呂場へ向かう彼の背に、先に部屋で待ってて良いかと問い掛ければ、弧の字を描いて俺の手へと落ちて来た小さな銀色の鍵。
恥ずかしいのか、そのままくるりと背を返したまーくんは、早足に風呂場へと逃げて行った。
『俺も、もっ回シャワー浴びておこう!』
恥ずかしさは伝染するらしい。それ以上に期待も高まった。
まーくんの帰りを待っていた間に汗を掻いたような気がして、俺も急いで二階のシャワールームに入る。まーくんの匂いなら全然気にならないけど、自分が臭いと思われるのは駄目だ。
熱い湯を頭から浴びながら、その先を期待して既に形を変えようとしている中心に、まだ早いと言い聞かせたのだった。
そして今、こうしてまーくんの戻りを待ちながら、そよぐ風が入り込んでくる部屋の中で一人、二人で買いに出かけたアレコレを眺める。
入居した日に比べれば、多少の生活感は出たものの、決して贅沢とはいえないまーくんの部屋。中古品ばかりが並ぶ部屋の中は、綺麗に整理整頓されていて、居心地が好い。
テレビも無い静かな部屋で、中庭の桜の枝葉が風に揺れる音だけが聞こえてくる。
ぼんやりとしながらも、頭の中ではこの先の手順を確認する。
男を抱くなんて、まーくんに惚れなきゃ一生考える事すらなかっただろう初めての行為に、俺もやっぱり緊張はするわけで。
「どうしよう……もっとちゃんと、大輔に聞いとけば良かったかな」
思ったところで後の祭りだ。
それでも大輔からは、いつか使える日が来ると良いなと、ローションとコンドームをプレゼントされた。本人的にはからかい半分の激励のつもりだったのだろうけれど、俺としてみたら大感謝だ。
ゴムくらいは過去の経験でも使った事はあったけれど、ローションなんてものは使った事が無かったし、男同士でのセックスの仕方なんて知らなかったから。
大輔からは大体の手順も教えてもらってはいたけれど、実際にその時が来ると、教わった通りに出来るかも自信が無い。
それでも取り敢えず、さっき自分の部屋に駆け込んで取って来たそれらの必需品を、勝手に敷いた布団の隅に隠し入れる。
インターバルを置いたからといって、大人しく引き下がれるほど枯れちゃいない。待ち侘びたチャンスを逃がす事なんて出来るはずが無い。それどころか、待っている間に緊張と期待で大事な場所が膨らんでいく始末だ。
一通りの準備を整えた後は、まーくんが戻って来るのを待つ事しか出来なくて。
「にしても……遅いな」
俺がからかったせいで、怖気付いてしまったのだろうか。
それとも本当に、隅々まで洗い上げているのだろうか。
後者は後者で、その様子が見れないことが勿体無いような気もするけれど、前者だったら目も当てられない。
「うぅー」
呻きながら敷いた布団へとダイブした俺の耳に、階段を上ってくる足音が聞こえた。ホッとしたのもつかの間、意識した途端に心臓が大きな音を立てた。
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